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嗚呼!長生きしそげ

2020年現在誕生日が過ぎて57歳になったのですが、白髪がまだ前頭葉に2本しかない・・・。しかもおもしろすぎて抜いてしまっているのですが(1か月に1回かそれよりレアな頻度で)、いつになったら他にもわんさかできるんだろう?髪の毛は女性ホルモンなので、母方遺伝が強いんですが、我が家の母は49歳ですでに白髪が出ていて、54歳まで白髪染めをせずに5年奮闘していたので、私は60歳過ぎても白髪染めは要らないのだろうか?

そして睡眠時間も6時間では到底足りず、昼寝をしている始末で、7時間半連続して眠れることがあれば、至福の時間としており、睡眠時間が短くなる心配もさほどなく、今の刻み睡眠が健康貯金をどの程度蝕んでいるのかで、少し寿命が短くなるといいな、くらいなことを考えています←罰当たりすぎるね・・・。

そんなに長生きしたくない理由は、やはり私が独身で子どもがいないことだろうと多くの方々が予測すると思うんですが、実際は、10代の頃からさほど長生きしたいとは思わないで来ました。それがまだ消えていない感じです。織田信長は「人生五十年」と舞いましたし、与謝野晶子は『乱れ髪』で乙女の恋の儚さを表現していたし、ジャンヌ・ダルクもフランス市民のために命を賭して19歳で死に、ヘアモデルでお金をいただいていた先でよく見かけていた夏目雅子も白血病で早逝し、James Deanと同じようにボクサーの大場政男も亡くなって、渡米する前に尾崎豊も亡くなったりしていて、私はさほど長生きについて大いなるテーマを見いだせないままで過ごしています。

とはいえ、短い人生だから気の毒とか、悲しいとか、長寿だったら倖せが増えるなどと思っているわけでもなく、生命はその個々人に与えられた生き方と、汲み汲みと続いたDNAや進化のなせる業だと考えていて、無理をしてでも、などと思ったことは一度もないです。

ただ、私の恐怖心の第一位は、認知症になり、自分で自分のことが認識できないのに生き続けること。しかもその期間が長くなってしまうこと。

現在、母が認知症が進みつつあり、食べたものはおろか、鍵や財布の置き場所もわからず、リモコンも使えない状態になってきており、料理やガスを使うなどもってのほか状態です。どうしても、寝たきりにはなってほしくないので、本日も朝の5:50に散歩を推進し、後ろからついて行きました。1時間かかりましたので、私は途中自転車で停まり、本を読んだりしながら時間を潰します。これがいつまで続くのか、うんざりする気持ちよりは、長く続いてほしいと願うばかりです。

父は54歳で原発の胃がんが転移した状態で亡くなったのですが、患ったのはわずか1か月半ほどでした。ゆえに、認知症のカケラもないまま、父は私の中で生き続けています。

私がいなければ、母はどうなってしまうのだろう?と、今これほどに強く思うのだから、私のようなワガママ放題の未熟なニンゲンが認知症になったら、他人様にいかほどのご迷惑を掛けてしまうのか、恐ろしいことこの上ないです。想像を絶するレベルだとしか考えられず・・・。

そうした意味で、「終わりよければすべてよし」にならないことを、本当に恐ろしく思っているのでした。ゆえに、あまりに長生きしないほうが身のためだし、社会のためだろうと、つくづく考えているわけです。

認知症にはならないようにして暮らしていくと、なぜか老化も遅くなる・・・。理屈ではありますが、この矛盾に抗いたいが抗えないところがつらい・・・。

これを書いている現在(2020年9月29日)、俳優さんがもう4名も自殺したあとです。社会は震撼し、SNSでは暗い雰囲気もあり、首相が変わったことよりも大きな影響を受けているかのように見えます。あと2日でさまざまなものが値上がりすることも、みんなかすかに忘れているようです。

そして罰当たりな私は、認知症にならないまま、さほどの長生きを求めず、どうにかして終焉を迎えたいと、望みながら生きていくことは続くんだろうな、と反省しつつも、やはり止められないままです。

その前に、お金貯めないと!(笑)

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