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大人になるのはむずかしい・・・

大人になってからすでにものすごい歳月が経ちますが(笑)、それでも時間の経過について、感情を一切加味せずに捉えていることは少ないことが、本当に不思議で不思議でたまりません!

英語基礎コースの心理レッスンの中に「時間管理」という項目があります。心理的にいろいろ説明していきます。ただ、コレを教える側の立場に立っているにも拘わらず、毎日自分の時間についてもものすごい葛藤がない日などは1日たりともなく、やるべきことがたんまりあったり、やりたいことがたんまりあったり、やれずに終わってしまったことをもう一度整理したり、まぁ、びっくりしまくっています。(・・;)

我が家に来た猫たちは、ようやく1年の誕生日を迎えようとしています(5月4日)。なんとすくすく育ったことよ!と、写真をたまに観ながら感無量に浸ります。あんなに小さくて頼りなげでふわふわしていた子たちが、いたずらをし、私を慰め癒してくれて、確実な鼓動を聴かせてくれて、飛び跳ねる姿を見せてくれて、好奇心の源を枯れることなく刺激してくれて、自分たちも学んでいることが、奇跡すぎます。

この間、私には何があったのか?と考えると、本当にいろいろなことがあったのです。コロナ禍もあったし、経営不振に喘ぎ、借り入れや補助金・助成金の申請で一喜一憂し、そんな中、母が急逝しました。あんなに長生きをすると信じていた母がたったの83歳で亡くなってしまうとは、大いなるどんでん返しの裏切りでした。その落ち込みはひどいものでしたが、上記のように猫たちにうんと慰められました。ありがとう(^^♪

そして、その心模様が走馬燈のように流れていく中、芯の芯のところの自分は、やっぱり頼りない子どもなのです。記憶がある最初の2歳前後くらいから(もしかすると記憶を写真などを見て、母の会話などで改竄しているかもしれず・・・)ずっと私は子どもらしい子どもで、クルクルと動き、心まで動き、本当に楽しく日々を憂いなく育ってきたものです。嫌いな食べ物にタックルしたり、うまくできないことを一生懸命に飽きることなく繰り返しトライしてみたり、汗を掻き、疲れ眠り、その繰り返しをしてきた自分を、まだまだ今も観るわけです、自分の中に。

冷静に観られるようになったなぁと思うこともありますが、やっぱり5歳や8歳や12歳のときのように、途方に暮れることも多い。どうしてこんなにうまく行かないのか?と嘆くこともやっぱり多いのです。最も大きな挫折は、母の介護→逝去ですね、ここイチバンのものは。もちろん、コロナ禍での経営面も常に憂える原因ではありますが、ここのところはこれを吹っ切るのにかなりなエネルギーを使っています。このグルグルが終わるまで、深く考えていかねばならず、気にならないほどにするまでは、もう少し時間が掛かりそうです。

子どものように純粋である部分を持ち続けることで、ヤワに傷つくことも多いですが、それでもいつでも「強くなるチャンス」は歴然とソコにあるので、ポジティブではあります。

ただ、コレがとってもむずかしい・・・。

本当に悲しいくらいむずかしい・・・。

これから大人になる子どもたちに週に何度かレッスンをしていますが、私のクローンを作るわけではなく(もちろんそんなことはできないし・・・笑)、彼らの持っているよさや環境を考えながら、精査した上で、彼らが望むような大人になってもらいたく、それでも大人というのはむずかしい。

大人って?

大人と子どもの違い

大人哲学

さぁ、みなさんは自分が大人であると、胸を張って言えますか?

むずかしいよねぇ・・・。

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