私の好き嫌いはかなり激しく、両親は本当に困っていたと思うのですが、今、心理学部を出て、文化人類学などもやってみて、栄養学なんかもかじってみて思うのは、「え?特に好き嫌いが多いわけじゃないかも」「非常に合理的でむしろ理想的かも?」ということ。
私が決定的に嫌いなのは、甘いもの全般。小さい頃から板チョコをもらって、ありがたがることはありがたがるんだけど、全部食べ終わるのに1週間を要するという・・・(笑)。なんかね、雪山で遭難したヒトが食べるみたいに小さく折ってしか食べられなかった・・・。だから、大人になった今、英語に通ってきてくれている子どもたちがチョコレートを食べているのを見ると、「あー、この子(たち)は、私の生涯分をこの年齢でもう食べ終わって超えてるだろうなぁ」と想ったりする(笑)。
去年と今年は、私は生涯で最もチョコレートを食べています。なぜならば、子どもたちが競争して取り続けているものなどに興味を持ってしまい、どんな味なのか試してみたくなるから・・・。そして、食べてわりと「どうでもいいじゃん。特に感動はしない。覆されてチョコレート好きになるのはありえない」になるので、今後やめようかと思うんだけど、まぁ、またやっているという学習効果が出ていないエリアなのだった(笑)。これも、彼・彼女たちのことを理解したいという同調・共感から来ているのだ、ということを私は自分で気づいていなかったのですが、「嫌われないためにやっている」ほどの領域でもないしねぇ・・・。なので、きっぱりやめたいと思います!
あまり好きではないのは、調理法によらず、甘い野菜。典型的なのがさつまいもとカボチャ。50歳過ぎて、かなりジャガイモが自ら食べられるようになったのも、体重が増えた理由かなぁと思っています>だって、ごはんの代替えとしてジャガイモにすればいいのに、ごはんの量は変わらない(笑)。そもそも、炭水化物を1種類摂ったときには、他の炭水化物は摂りたくない派だったのに、なぜかジャガイモはカレーや肉じゃがに入っているので、油断していた!それまで食べていなかったしねぇ(笑)。フライドポテトも残すくらいだったのです。穀類として扱っていたので。
食卓に頻繁に上がるもので嫌いなものはもうなくなりましたが、幼稚園の頃は、とにかく調理法でもダメ!とか言う激わがままな子でした。ピーマンや人参よりも、ナスがダメだった・・・。(^_^;) ところが、アメリカでの米ナス(ものすごくでかいから1人用や2人用に調理しきれないくらいの量)で懲りたあと、日本に戻ってきて大好きになりました。今では麻婆茄子は、1か月に1回の一皿です。
揚げ物が嫌いでした。天ぷらは両親が思う「たいへんな贅沢品」だったんですが、私は食べなかったです。今も自分で揚げるものは鶏のから揚げだけですね。天ぷらはおそらく母が亡くなってから1回しかやってません。アジのフライやらとんかつなどは、揚げずに買うことが多くなりましたが、それでも私は月に1回も食べないくらいです。から揚げでいいじゃん、と、片栗粉で揚げるもの以外はものすごく意識からはみ出ています。天つゆで食べるとかがダメだったのと(たぶん貧乏人の揚げ物なので、衣が多すぎたんだと思われ・・・)、さらにソースが甘すぎてダメだったのです。大人になってから、広島に行ったときに食べた広島風お好み焼きで、ようやく食べることが可能になりました。あれは臨場感でしたが・・・。今でもソース焼きそばよりは、塩やきそばや中華の五目麺のようなものを好みます。
そうして我が家の規則性には慣れていくのですが、嫌いなんてことがいえる立場ではないことを理解していくのですが、やはり意地があってダメなときには、お茶漬けかふりかけ+お味噌汁で済ませていた夕食も100食くらいはあったように記憶しています。
でも、甘いもの以外相当制覇してきました。梅干し・トマトジュース・みょうがなど。今でもダメなものは、高価すぎて食卓に出ないものです(笑)。お鮨やさんとか、高級フレンチとかにしかないやつ。
甘いものはもう無理して食べないことにして正解、と思うようにしていきます。じゃないと子どもたちのお菓子が減るだけだし(笑)。





