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徒(いたずら)に過ぎる時間

08/02/2008 にアップした文章です。

 

忙しいこと=まともな社会人、というイメージがあるようですが、私はむしろ、徒に過ぎる時間を持っていることをおおっぴらにできる社会人、大人のほうをどうも信用する傾向があるようです。私自身が、ハイパーで、物事を速く処理できるものの、徒に過ぎる時間を持っていなければ、とてもとても夜眠りに就くまで保たず、どこかでやはり休憩をしており、それが自分の癒しになることがわかっているので、For the sake of breakのためにお休みをするという、ダラダラして見えるような無意義な時間というのは、あっていいように思うのです。その間、思考が完璧に止まっているわけでもないので、きっと人生の中では不思議なくらいいいことを思いついているのかもしれず・・・。

 

母はよく、「よくもそんなに長いあいだ、パソコンの前に座っていられるわね・・・」などと言うのですが、私は座っていられます。先ほども、セミの声がうるさいかも・・・と思ったので、素数ゼミのことをなぜか調べてしまいました。去年か一昨年の夏に調べたはずだったんですが、うろ覚えだったかもしれないと思い、なんとなくチェックしてしまったのです(笑)。

 

http://www.itmedia.co.jp/anchordesk/articles/0707/06/news042.html

 

こうして、産業カウンセラー講座のテープ興しに手もつけていないというのに、月曜日のミーティング用の資料も作らねばならぬというのに、私の時間は徒に過ぎてゆくのである(笑)。でも、素数のロマンについて思いを馳せてみると、なんだか宇宙が広がってくるようで、なんとなくセミの声が断絶されてきて不思議だった・・・。本日も我が家はエアコンをつけておらず、我慢していて、保冷剤を膝に置いたり、リンパに乗っけたりしているせいで、幻覚を見ているのか?(爆)

 

朝、メールを大量に処理したあと、今は生徒さんのブログでの英語を添削するのですが、数日おきにしているせいで、たまに5日分くらい貯まってしまうことがあります。そのあいだ、私にオンタイムで知らせたかったかもしれないなぁ・・・という事件も綴られており、ちょっと心苦しい。ただし、今のところはすべての添削が無料提供なので、それについては文句は誰も言ってこない。いずれ、これも有料化しないと、私の身が保たないという事実が生まれてくるようには思うのですが・・・。そのあと、ブログを最低1本は書くようにしているのですが、これだけで朝は3時間掛かってしまうのです。ちょっとしたオフィス勤めの方々と同じではないか?と。9時に始業してランチになってしまうわけですから・・・。

 

早起きできたときには、これは10時半には終わり、私は暴れん坊将軍を見るところなのですが、今日はなぜか高校野球代表校の番組と化していた・・・。鬼平犯科帳の無料動画のほうは、第1シリーズの8話までで終わっており、その後はしばらくアップされていないのです。

 

昨日は母が夜、ひとりで出かけてひとりで飲んで帰ってきて、足りなかったのでまたワインを買って飲んでいたので、ちょっと鬱陶しいくらい話していたのです。それについて、納豆きのこスパゲッティの昼食を食べながら話したのですが、私は昨日、生徒さんのひとりと長いあいだ、けっこう込入った話をしていたので、もう話したくはなかったのに、酔っ払いに寛大になれなかった・・・と率直に告げました。そして、母の無口なボーイフレンドは、母のおしゃべりについてこれているのかどうか尋ねたところ、「ここのところ、促さなくてもよく話すんだよ」と楽しそうに話していました。が、彼女自身、自分が「おしゃべり」だという認識がなく、ヤバイ、元も子もない・・・と思ったのであった。

 

徒に過ぎていく時間ではありますが、なんとなく意味あるでしょ?ということが言いたかった(爆)。

 

私は小さい頃、父の実家がある長野県の飯田市のハズレで、神主をやりつつも、りんご園を持っている叔父の農作業をよく手伝わされたのですが、手先だけ動かしているはずでも、やっぱり頭はいろいろなことを考えており、10時と午後3時に出るお茶が待ち遠しくて仕方がなかったことを思い出します。何てこたぁない話ばかりしか出ないんですが、しかも、ご馳走でもなく、お茶にお新香とか、私の嫌いな甘いものだったりして、特にそれ自体にヨロコビはないのですが、単純作業がいくら好きだといえども、その休憩には意味があったような気がするわけです。私は、東京で生まれ育ったのですが、その私が田舎の構造やしきたりや文化全般がわかるようになったのも、50%くらいはあの徒にのどかにぼんやりと過ぎてゆく、田舎の人々のお茶の時間にあるような気がしてならないのですねぇ・・・。

 

が、イマドキは「休みくらいはひとりでぼんやり過ごしたい」という人々が増えているに違いない・・・。昔の農作業の日本人のいいところは、作業中はひとりぼっちで作業しているのですが、休憩で団結できたようなところがあり・・・。ところが、知的作業・オフィス作業というのは、それだけで脳を使っているので、きっと休憩中は、空っぽになりたいということなんでしょうねぇ・・・。

 

昨日の私がそうで、いつもの母なら大丈夫だったのだけれども、酔っ払いに寛大になれるほどタフでゆとりのある1日を過ごしてはいなかったのです・・・。けっこう知的に込入った話をすると、疲れるものなのよ・・・。しかも相手にわかるように、これでもか!といろいろな喩えを考え出したり、順序を整理したり、相手の立場や見方を共感しようと必死になったりすると、けっこう疲れるらしい・・・。

 

が、基本的には1日9時間半ぶっ続けでレッスンをしても大丈夫なことは証明されているので、昨日の私はちと冷たかったなと思う・・・。

 

家でごはんを食べる時間に戻れない親がいて、その徒に過ぎる時間ののどかな会話というのは減っているに違いないです。そうしたカケラ情報には、あとから振り返ってみると、ものすごいヒントだらけだというのは、推理ドラマや小説やその他が証明しているわけで・・・←もちろん、実際に起きた事件なんかも証明していますが・・・。

 

贅沢に徒に過ぎる時間というのを大切にしてみて、ゆとりある、自浄作用を確立して、その中に愛する人が入れるような癒しを、なんとか作るっていうキャンペーンはしてみたほうがいいのかもしれない・・・。私は特に忙しいとは思っていないので、無意味なくらい会話をしているのですが(母がTVに話しかけたり、私に話しかけたり忙しい人なのよね・・・。ついでにネコもこのクソ暑いのに寄り添ってきて話しかけるしさ・・・)、レッスン中は話すことが商売なので、ひとりになる時間を探すのがたいへんなくらいです。

 

が、ちょっと今日思ったのは、どこかで農作業をやらせてくれないかなぁというもの(笑)。なんとなく、もう一度アレをやってみたくなった・・・。だけど、夏のあいだはイヤかもしれないです。

 

しかも、今日、徒な時間が過ぎて気づいた不快感は、私が常日頃、「水は1日2リットル以上飲んだほうがいい」といつも言っているのを信じなかった母が、みのもんたの昼の番組で取上げていたら、メモまで取って信じたという事実・・・。負けたよ・・・(汗)。

 

 

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