01/01/2007 にアップした文章です。
どうも通じない想いがあるのは当たり前だと思っているところが、きっと各人にあるのでしょう(想いの丈、とは、想っていることすべて、ということです)。私もそのうちのひとりで、ありのままの想い、ナマの吐露を言葉や行動で100%伝えられることなど、ありえないと考えています。が、しかし、私の高飛車な推論では、90%ほどの想いを伝えるのは、怠慢せねばクリアできるのではないかと予測しています。が、しかし、みなその「おそらく精一杯のギリギリライン」まで到達するように、とは、日々心がけてはいないように感じているところなのです。そりゃー、面倒くさいだろうけれども、私なども掃除ではそんなことを感じてしまい、端折りが多かったりするのだけれども、殊(こと)対人関係においては、怠慢は必ず自分に戻ってくること必死だと、痛感しているので、どうも手抜きができないでいます。
会っているときでも、視線を外していればジェスチャーや顔の表情などは見落としがちですし、雑音や匂いなどで、正確に読めないことも多々あります。そんなわけで、言葉を交わすという行為そのものが、相当な雑音に混じり、無駄を生み、どこが純粋な想いなのか、想いの丈はどこにあるのか、を探している、おもしろい、チャレンジングな、困難極めることなのかもしれません。特に、西さんのような、TVを見ていると他のことができない人にとっては、「ったく、もー、聴いてないんだから」と、腹を立てるよりは、TVから視線を外したときに話す癖がついてしまっている私は、けっこうちゃっかり屋なのかもしれないです。が、私はそのチャンスを逃さないことも知っており、どうしても「今言わねばならぬこと」と「あとでもちゃんと伝わればいいこと」とは分けています。しかも、伝えないでいると忘れるという人がいますが、私の場合は、どうも忘れない・・・。どうでもいいことは忘れても、あとから積み重なり問題になっていくようなことは忘れないのです。どうしてもムズムズして気持ち悪いままでいることができないのです。数日、お風呂に入らなくても平気だ、という人がいますが、私はダメなので、ちょうどあのような感じですか・・・。
というのも、死に別れたあとに、「言えなかったこと」というのを残したことがあるからで、それはまだ16歳のときだったのですが、小娘だったのに生意気にも強くつよく誓ったのです。「口に出してしまった後悔はあとから償うことはできるが、口に出さなかったことで後悔しても始まらない」という理屈をこねて、想いの丈は後悔しない境界線までは言うように心がけてきたのです。中学のときの同級生の自殺事件を知ったのは、私がお茶に誘われて断った翌日のことでした。バイトがあったのです。思いつめていたことを、私に言ってくれなかった彼にも腹が立ったことは立ったのですが、私も同罪です。その後、私もPTSDを経験し、言えないことが多々あること、言えない状況に追い込まれることが多々あることも、肌で実感してきました。それでも、やはり、私は伝えないで生涯の謎を残すよりは、たとえ失敗な結果に終わったとしても、伝えたほうがいいことのほうが、ずっとずっと多いと信じているのです。相手を不愉快にしてしまうかもしれないそのリスクは、伝えなかった後悔よりもずっと低く、あとで、全身全霊を注いで償いができることだと思うようになったのです。聴いてくれなかったらそれまでの関係。そう思えるような人間関係も経てきました。どんなに学習しても、想いの丈はやはりギリギリ、出来うる限りのトライをしたほうがいいと、やはり今でも思っています。
でなければ、長いあいだ別居をしてきた西さんとも関係はどこかしらぎくしゃくしていたことでしょう。西さんとは、4ヶ月経っても毎月、別居が入りますが、今までよりずっと短いインターバルで会えるので、たいへんにうまく行っています。ちょっとした会わなかった報告さえすれば、昨日のような関係にすすーっと戻れる。コレ、最高にラクです。
アメリカに長く住んでいたときもそうだったのですが、何年も会わない友人は山ほどいます。未だに、中学の同級生などに出くわしても、おそらく同じ想いをするのでしょうが、途中18年半の渡米があったとしても、私の振る舞いや口調やその他は、そう大して変わっていないと思うのです。多少やんわり、しんなりした程度で、きつい、強い人間であることには大差はないはず。なので、ちょっとした経過報告があれば、元通りの関係をまた始めることができているのがありがたいことです。AOLのチャットで知り合った人々で、まだ続いているお友だちともそういう関係ですし、長いあいだ、会えなかったけなげにバイトを4つ掛け持ちしていた頃に知り合ったお友だちとも同じ、そういった関係です。続きを早くやろうよ、という。
が、しかし、Downfall(転落)のほうも大きいといえば大きい。私は、なんと言っても、子どもの頃に言い方がきついと母に嘆かれ、テープレコーダーに会話を録音されていたほど、癇の強い口の利き方をする子どもで、弟も私が怒鳴ると相当にビビッていたようです。何を、誰を模倣したのでしょうか?(笑)
もう17年以上いっしょにいる西さんにも、「どうしてそんなに怒って話すの?」とやんわり言われることがあるのですが、彼や母としては当然かもしれません。私は、彼の電気つけっぱなし放題について、いちいち言わないでいます。年末年始だったり、台湾から戻ってきたり、営業大作戦の会議があったり、税金のための書類を整備しているときなどの前後は、細かいことに頓着しないようにしています。でも、哀しいサガである私は、「見ない」ということができない。どうしても気づいてしまうのです。さらに、いいタイミングで言えたとしても、やんわり言っても繰り返す・・・。1日に電気をつけっぱなしにすること10回ともなると、やはり2回くらいは言うのです。4日もそれを続けられると、しまいにゃー、語調が強くなりますわな(笑)。
しかも、腰痛持ちの私が、会社を開いていない土日や年末に、ふとんを敷きっぱなしにして、腰を伸ばすためだと説明しなければわからない鈍感さ。寒さは腰痛に堪えるのよ・・・。それについて、「どうしてきくみはだらしないの?どうしてふとんを敷きっぱなしなの?」と、言われたらさすがに腹が立ちます。「椎間板2枚なくしてみてよね」と言いたくなっちゃうのよね、マザーテレサじゃないもんだから・・・(苦笑)。誰かに見られるわけでもなければ、私は腰痛軽減のためだったら、立っている母も使うし(よく背中と腰に乗ってもらっている)、着膨れても暖かくします。ふとんの上に寝っ転がって伸ばさないと、マンションのコンクリートの上にちょんと乗っかっているフローリングの冷たさが、じかに伝わるからなのです。
ああああ、なんだか書いていてたいへんにチンケでリアルな話をしているな、と思う(爆)。
けれども、威嚇的にならぬよう、怒った口調にならぬよう、いつもいつも気をつけながら、想いの丈を伝えようと思っているのです。今年、会社がウハウハ儲かりさえすれば、語調が多少荒かったり、強かったりするのも、見逃してもらえるかもしれませんが、そんなに世の中甘くないので、やはり年の初めにこのことについて反省をしておきます←読み返したときの自分のためのエッセイだろうが、と言われたら、はいその通りです(爆)。
多少ぎくしゃくしても、私は西さんや母や友人その他に対してイヤなことは、すすんで言うことにしています。なぜならば、彼らが「有言実行したい」と宣言してくれたことですし、相手の体調やご機嫌が平常よりも上であれば、必ず言うのです。言わないで見逃すのは失礼なことですから。
私が彼らに逆に指摘されることも多々あるのですが、いかんせん、口が立つので、非常にフェアではない。ここも想いの丈を彼らが言えるよう、全部言い切ってしまうまで、聞き役に徹しています。そのあと、言い訳ではない論理を述べるので、同じと言えば同じなんですが・・・(汗)。でも、言えない状況を作ることはしていないつもりです。流されて伝えられない想いが、あちこちを浮遊しているような気がするので、みなさんも、ゆとりをもってちょっと眺めてみませんか?
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