コラム

教科書の音読、書き写しは大事?

小学生のときには大切なことだと思います。ある子はそれを幼稚園時代に終わってしまうのでしょうね。大人になってからそれらをやる意義は、おそらくプロになるときの「基本に戻る」という意識が高いチェックをして、基本をしっかり揺るぎないものにするときだけですね。英語であれ、理科や社会であれ、音読や書き写しは、対象物が問題なのではなく、「行為の精度・洗練度・習得度」が問題なだけで、その内容が高度であれ、中度であれ、初歩であれ、ポイントではありません。

 

音読の大切さのポイントは:

1.そこにある文字をしっかり認識し、その通りに読めるかどうかの確認

2.句読点・間・段落の変わり目・台詞の感情や様子・声のトーン・ストレスなどが、脳内でどのように活動しているかを「表象化」することにより、理解の効率がいいかどうか査定できるための確認行為

3.話すときに必要な全体的な筋肉・舌・喉・唇・ジェスチャーなどの活用があるかどうかの確認

 

のためにやるのであって、内容物がどんなに高度に変わろうとも、基本が入っていることが確認できれば、たまーにやってもきっと脳内でやっているのでうまく行くことでしょう。

 

大人がコレをやらねばならぬのは、↑ 上記の3つの基本ができていない!と自分で判断したとき、あるいはプロに観てもらってできていないと判断されたときです。

 

では、英語になったときに大切か?と言われると、これはごくごく初期だけなのです。話せるようになれば、体感に落ちるほどになれば、こんなのを続けることは時間の浪費です。(・・;)

 

お経や歌であれば、多くの方々に聴いていただくのですから、日々切磋琢磨が必要だと思います。が、初期の段階で、基本を網羅し、その精度をあげる意識化をすれば、脳内でそれが充分できるようになることでしょう。たまに、定期的にやってみて、落ちていたら基本に戻ればいいだけです。

 

書き写しも同じことです。

 

1.そこにある文字をしっかり観察・認識し、その通りに書けるかどうか確認

2.句読点・空間など基本をしっかり押さえたあと、自分なりのアレンジができているかどうかを確認

3.メール・手紙・論文・記事など、形式によっての書き方のバラエティの基本ができているかどうかの確認

 

これでおしまいです。これらが日本語でできていれば、英語もこの基本を入れ込むことはかなり簡単になりますよね。その後、書くことが減り、タイプになってしまった!という方は、たまにペン字・鉛筆・毛筆など、定期的に確認してみればいいことです。

 

対象物がものすごぉく高度なものが本当にあるのか?うーん、ダウトです!仏典の書き写しであったとしても、それが毛筆だったとしても、まずは基本ですよ。

 

書いているときの姿勢や道具など、基本を網羅したあと、自分にアレンジすることができれば、数年もやる必要はなく、「楽しみのためにやる(^^♪」を日常にするならばいいですが、修行のようにやることはまったくおススメしません。

 

それは英語であっても同じことです。基本ができているかどうか、ワタクシはレッスン中に観察させていただいております。自然な中でやっているので、批評・査定されている気分にはなっていないと思うのですが・・・。

 

時間はもっと楽しいことに使っていただきたい。苦行を勉強とすることは、できるだけ止めていただきたい、というのがPrecious One English Schoolの強い願いです。