コラム

文化ごと学ぶ英語

1つ前の「狩猟民族 vs. 農耕民族」の説明の発展をしてみます。英語は狩猟民族寄りで、日本語は農耕民族の最たる言語です。それがゆえに、日常生活の中で話している日本語をそのまま訳して英語にしても、なかなか理解を得られない場面が多いのですが、多くの英語を教える側のニンゲンがそれらの違いに着目していないことが多いです。相変わらず、こんな場面ではこう表現するんだよ、というくらいで終わっており、なぜなのか?という全般に共通する法則性を示しているわけではありません。

この「法則性」を手に入れれば、実は訳しても自然になるのか?なるとは思います。ただ、訳す作業は、スピードが遅くなるため、Precious One English Schoolで推奨しているのは、英語は英語で、日本語は日本語で理解、というスタンスで、たとえ道案内や挨拶や食事であっても、日常がまったく同じに見えていないこともある、ということから、やはりこの法則性を理解し、実感し、体感に落とすまでを、ラクな道のりで歩いていただきたいと考えています。

法則性に則って訳す、というのをずっと続けていると、やはり日本語が中心になり、日本文化が「是」で、その亜系:サブシステムが英語という概念になってしまうのは怖いです。なぜ、日本語のほうが上になるのか?という冷静な理論を展開できるヒトはいないと思うんですよね・・・。

ここまで極端ではなくとも、日本語・母語が「基本形」「原形」とする教える側の立ち位置がほとんどです。

Precious One English Schoolはそれも違うと考えています。英語を「基本形」「原形」とする考え方・感じ方・世界の観方なども手に入れれば、二刀流になるじゃないか!という発想のほうが、英語を自然に使える早道になります。言語はそれぞれの人々にとって同列・並列に並んでいて、たまたま生まれた場所によって「基本形」「原形」が違うので、2つ以上のそれを得ればいい、ということです。

その2つの共通点はもちろんあるものの、違いに着目していかねば、そもそも表現したいもの・優先して表現するものが違うことに気づけません。生きるためにどのような歴史を持ってきて、その中でどのように生き延びてきたのか?を見て、文化言語学や文化心理学や文化社会学などがあり、それらの入口を覗いて、基本のキを押さえることにより、言語習得そのものがラクになります。

日本人としてずっと過ごしているみなさまは、世界の中で日本や日本語、日本文化がどのくらい他との差異があるのか、意識したことはあるでしょうか?それらを当然のもの・スタンダードとして世界を見ていませんか?そうしているうちは、やはり、英語習得は遅くなります。

なぜこんな言い回しが必要なのか?なぜこの文法に定着したのか?なぜこの語にはこのような意味があるのか?などなど、さまざまな「なぜ」には、けっこうな確率で理由があります。謎なままのものも確かにありますが、法則性がわかってくると、想像しやすくなります。

対訳したものを暗記したり、そういうものなのだ、と都度咀嚼するよりは、この法則性を学んだほうがずっと、学習時間も少なくなりますし、文化そのものを他のものと区別化していた自分から、一体感を得られている自分に気づけるようになっていきます。そうなると、言語表現も自然になります。この流れを何度か体験することにより、座学ナシでも言語が操れるようになれば上等!というのを目指してみたら、いつのまにか世界も広がり、いろいろな文化のいいところ獲りができていることに気づけて、自分の世界観も変わってきていることに気づけます。

英語を話せるようになることで、人生も変わる、ということですね。文化ごと学ぶためには、日本の文化に合わせろ!置き換える!ということを止めて、新しい考え方を受け容れる準備をしてみてください。一理ある、解る気がする、が増えていくことによって、もっと毎日が楽しくなること請け合いです。

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