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未来のために何ができるか?

今日もレッスンをしていていろいろ考え込んでしまいましたね・・・。日本の現状と英語教育の実態が、どの程度進んでいくのか?という不安に対して、私にイッタイ何ができるのか?

私はたとえ健康ではなくとも生きながら得る可能性のある時間はかなり少ない。健康だったら未来のために何かできるかもしれないですが、日野原重明先生レベルで働けるなどというおこがましいことは思わないですし、日本に残って貢献したいとも実は思っておりません。

おばあさんになったときに、日本でひとりで老いていくことを想像しにくいので、ある程度のお金があれば、このラインは保障してもらえる、という確約型のアメリカで、ひとりで侘びて寂びて枯れて死んでいきたいと思うのです。通販が届くところであれば、できるだけ自然の中で。

子どもも作らず、育てず、未来のために何かできることがあるのか?を考えたときに、個人主義のほうがラクだと思う私は、「今自分がやるべきことを淡々とこなす」「今の自分の一回りか二回りできることを増やす」「時間を無駄にせず、自分で処理できないことはやらない」など、いろいろなことをしてきたつもりなんですが、誰かのためになってきたか?というと、かなり希薄だ・・・。

教える仕事1本にしてからこっち、たくさんの生徒さんを受け容れ、教えてきたつもりでいたのですが、本当にその場だけになってしまう場合もあったり、数年忘れてしまわれたり、その後の様子がわからないことも多々あって、実感としては、目の前で劇的に変わっていくことだけで満足せねば、というのを自分に躾けております。ただ、これがずっと続いていけばいいな、というのは、期待せず祈りながら。

が、もう少しシステムを作ったり、工数を努力しなくてもOKな形にしたり、すぐに成果が出る部分を強化したりすれば、もっといろいろな人のためになるんじゃないか?などとも考えなくはないのです。

英語だけではなく、日本のガラパゴス症候群のひどさといったらない・・・。

ガラパゴス化:(ガラパゴス諸島の生物進化のように)周囲とは懸け離れた、独自の進化をすること。特に、IT技術やインフラ、サービスなどが国際規格とは違う方向で発達すること。日本の携帯電話など、高度で多機能であるが特殊化されていて世界市場では売りにくいものについていう。「ガラパゴス化する日本の製造業界」

もちろんこの進化の仕方がダメだと言っているわけではなく、周囲のことを知識として知り、共存共栄していく道を探るべきだと思うんですよ。ヒトとしての意識の持ち方や、貧富の差についても温度がある人同士のやりとりとか、行政が模索した方がいい道はたくさんあります。日本は日本独自の進化をしてきたことに誇りを持っていいですが、そうじゃないことを受け容れ認める寛大さも持たないと、世界レベルでいくと遅れを取ると思うのです。

たとえば、Richになってペット産業界が年間いくら売り上げているか想像がつきますか?が、わんちゃんやネコちゃんたちに対する接し方はどうでしょう?なんだか伴ってはおらず・・・。

アメリカのことをさんざんバカにしてきた部分、飽食は止めたほうがいい、などとしてきたはずだったのに、見事にそれをなぞっていることについても、さほどブレーキは掛かっていないと思うのです。廃棄処分になっている食品はイッタイどのくらいあるのか、ちゃんと調べたことがあるでしょうか?それによって、自分の行いを改めている人はイッタイどの程度いるんでしょうか?

本当の意味での倖せに向かっている人と、他の人たちと競って基準点を参考にして暮らしている人の割合は?

こうしたことも考えて、心理レッスンを英語スクールの基礎コースに入れたつもりでいたのに、あまり変わらないのかなぁ・・・・、とまだまだ未来のためにできる余地について考えております。

ナマミの自分が届く範囲はとても狭いですが、カリキュラムやプログラムは残せると思うので、もうちょいがんばってみようと、決意を新たにするけふこのごろです。

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