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無意識だから・・・その2

09/18/2006 00:00:00

 

最近むかっ腹が立っていることに、全国での飲酒運転による死傷事故があります。アメリカに比べてものすごい交通が発達しているにも拘わらず、どうしてなにゆえ、飲んで運転せねばならぬのでしょうか?私が帰国する前に、福岡で子どもの生命を3人も奪う悲惨な事故があったようで、追いかけて読んでみたのですが、その後、毎日ニュースになるほどに事故は減っているどころか露呈しています。

疑り深い私は、「公務員による」という報道のアングルは別にしても、飲酒運転による死傷事故は、ここ最近増えたわけではなく、緩やかなカーブでずっと増えてきたのではないかと思うのです。が、それまでそれについて、社会問題としてしっかり捉えてきていなかっただけ、ということなのではないかと。実際に、交通遺児関連の団体はいくつもあります。

http://www.kotsuiji.or.jp/

http://www.kotsuiji.com/

http://www.actas.org/

http://www.ashinaga.org/volunteer1.htm

この最後の足長育英会は、1967年創立で、もう40年も活動を続けているわけです。

交通事故の中で、「意識的に事故を起こそうとする率」はたいへん少ないでしょう。ヒットマンや怨みを晴らすためや殺人行為が意図的なものです。たいていの場合、おそらく9割以上が「無意識・悪気がなく」なんですよね。でも、コレは結果論ではネガティブな結果です。

子どものケンカや大人同士の会話の中の仲裁役のなだめ方に、「悪気があったわけじゃないんだから」「わからなかったんだから」というのをよく聞きます。悪気がないからいいわけなのか?というのは私が今でも考えていることです。狭量に結果だけを問いつめようとは考えないです。そんなに単細胞ではないつもりです。ですから、死刑執行やその他社会問題についても、二元論のどちらかを極端な形で応援し支持することはありません。

出てしまったのでここで殺人についての解釈にさらに触れますが、裁量での材料に、「計画性があったか」;つまり意図的であったか、というのが入ります。刑務所に入ったり、自分の生命が秤に掛けられたりすることなので、材料としては無駄なものではないでしょうが、第三者たちを盲目にしてしまう大きな基準にもなってしまいます。意図的ではなくとも、大勢の人を巻き込み大量殺人をしてしまうケースも多々あります。悪気がなければ、計画性がなければ、本当にいいのかどうか?これは私がなかなか結論を出せないでいることなのです。

「悪気があったわけじゃないんだから」あるいは「わからなかったんだから」と寛容な態度を取り続けることで、社会の全体的な雰囲気が緩いままで放置されることは、私にとってはあまりいいことのようには思えません。飲酒運転にしろ、いじめにしろ、重なる高利貸しからの借金にしろ(その金利がつけこむように高いことにしろ)、政治家が公約を守らないことにしろ、どんなことにも「悪気があったわけじゃないんだから」あるいは「わからなかったんだから」の類の言い訳はできてしまうわけです。その限度についてケースバイケースという柔軟な態度を取ることは、寛容で正当な人間を培っていくには大切なことですが、何でもかんでも、というのは困る。

飲んで運転していいことが危険で、自分以外の人間の生命や健康に関わる重大事に発展する確率があるというのは、法律で決められているほどのことですから、わかっていてほしいと思います。結果として死傷事故になってしまったから悪いのか?飲酒し、酩酊したり酒気帯びになるにも段階がありますが、アルコールが入った時点で、運動能力に関わる判断力が落ちることは誰でも知っているはずです。なので、ここで「悪気があったわけじゃない」という言い訳に、疑問の影を投げたいわけです。アルコールを実際に消費する以前の時間が必ずあります。どんな酔っ払いにもあります。アルコールを途中で飲むようなことになってしまったら、一晩停めてもいい駐車場の支払いをする覚悟があるのか、誰かからの誘いや予定、誘惑を断じて家に帰るのか、そこでの決断は「意識的」であってほしいわけです。

「人間なんだから間違いは誰にでもある」について、自分にかかる迷惑と他人にかかる迷惑。さらには、その迷惑の重さについて考える時間や機会は、持っているはずなのです。なので、「飲酒したあとは無意識行為」かもしれませんが、実際のところ「意識できる時間を無為に過ごした結果」になるわけです。

アメリカでは代行はありません。犯罪が増えてしまうネガティブな要素がそもそも多いので、誰も始める勇気がありません。私としてはcan be done(成せること)と思っているのですが・・・。アメリカでも年間1万5千人以上が飲酒&ドラッグ運転(DUI; Driving Under Influence)で亡くなり、4万以上の方々が重軽傷を負う被害者になっています。驚くべき数字は、その事故処理や裁判などに掛かる費用は、全米で51ビリオン(6000億円円)にも上ることです。地方集権制度色が強い交通管轄では、州によりいろいろな対策が敷かれていますが、毎年卒業パーティーやクリスマスなど、季節になると決まって死者も負傷者もあります。ゼロということは、私はカリフォルニアに18年半居て見たことがありません。

生命に関する、健康に関する他人の権利を瞬間にして奪えてしまうことについて、意識があるうちにしっかり考えずに、「悪気はあったわけじゃないんだから」「わからなかったんだから」は通用しないです。さらにその人たちを愛している人々の人生を瞬時にして変えてしまうわけです。

他にも、人との約束を簡単に破ったり、挨拶もしっかりできなかったり、他人を利用したりすることも、「悪気がなかったんだからしょうがないことなのか?」と思うのです。私は常に善人でいようと心がけ、たくさんのところでバカな目に遭っています。Upper(気分が高くさせる)としては、「自分は他人を騙したり約束を破ったりしないこと」で、天国の階段が見えるところまで到達でき、階段を一気に登れるかもしれないというところなのですが、Downer(がっかりさせる)としては、「いつも同じ目に遭ってしまう態度をなかなか変えられず、利用される側に廻る危険が多いこと」なわけです。そんなわけで、PTSDも時間がかかってしまったのですが、そのPTSDを利用し、さらに私を利用した人がいたということも信じがたいことです。彼にも悪気があったわけではないのでしょうが、悪気がないからと言って済まされることではありません。糾弾しなければ、と思っているところですが、仕事が忙しいので少し億劫に思っているところです。せっかくのいい気分を崩したくない、というささやかな抵抗です。

無意識の連続を放置し充分に考えないことで、好き嫌いやその場だけの思いつきでの判断で、たくさんの人の心を傷つけ、人の価値観を大きく捻じ曲げ、最悪のケースでは生命や健康に危険を及ぼすことがあるわけです。それについて、やはり私は「無意識行為なんだから寛大に大目に見てあげよう」などとはとても言えないでいます。

 

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