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男らしさ女らしさの呪縛は今後はなくなっていくと思いますか?

呪縛:まじないをかけて動けなくすること。心理的な強制によって、人の自由を束縛すること。

この呪縛という意味をかなり真剣に受け止め、計測目盛を細かくして検証すれば、「はい、薄れていくとは思いますが、ゼロとなることはないと思います!」が答えですね。

なぜならば、ヒトの歴史はかなり残っているために、物事をゼロにするのはたいへんに難易度が高いのです。歴史として残り、記録として残り、感情を織り交ぜた記憶として残り、文字がある文化ではさらに残ってしまうので、たとえ一時期紛失したとしても、また掘り返されてしまうかもしれないですしね。

もしも、多様性をとことんエンジョイできるヒトと社会が形成されれば、男女差というのも「らしさ」を押し付けるスタンダードがどんどん薄れていくと思います。けれども、現状では、なくならないものだらけじゃないですか。

  • 国力を維持したい
  • どこよりも経済的に安定していたい
  • 政治的に力を持っていたい
  • 優れた製品・サービスを作りたい
  • 正しい人としての在り方を導きたい
  • かわいそうな人々を助けたい

などなど

どれもが個人の自由をある程度損害していくものであることは確かです。ただ、ヒトは社会動物として生まれて育ち、そのグループの中で生きていくしかないので、ひとりで離脱することはできません。死にます(笑)。なので、それらの価値観やスタンダードの勢力争いには曝されていくわけです。露出を低くすることはなく、それぞれの考え方や感じ方、製品や商品やサービスなど、「これがイチバンいいよ競争」はずっと続くのです。

その数の種類が多くなりすぎて、収拾がつかないほどになることが、本当の意味での「多様性」で、どれを選んでも尖って大きな力を持っているものが減っていけばいいわけです。

ところが、女と男という性は2種類しかないわけで、なかなか多様性そのものが難しい(笑)。もちろん、自然科学的・社会科学的に分けるという手もありますが、多くの人々はそんな七面倒くさいことを丹念にこまごま分けて、多様性を推し進めていく気力はない(笑)。

しかも、男らしさを追求できた男や、女らしさを追求で来た女は、ずっと自慢していくでしょうし、女らしさを追求した男や、男らしさを追求した女も、また新しいんだよ(^^♪とアピールすることは必至です。

草食男子とか、歴女とか、まぁ、ありとあらゆる方法で、尖ったり変化していく現象を取り上げていくがゆえに、その差を考えてしまうわけですよ。そして、真ん中に戻ろうとするサーモスタット的な安全な範囲、受け容れられやすい範囲の考え方に多くの人がなびくのかもしれず・・・。

私は化粧もしない、美容院も行かない、パンツばかりでスカートはほぼ履かない、靴はサンダル、など、非常に中性的に自分をプレゼンしていますが、ナマミの肉体は女性なので、ゼロ化というのはかなり難しいんじゃないかと、思っています。私ですらそうなのですから、お化粧が楽しかったり、きれいだと言われたいと承認欲求があったりすると、もっとたいへんなのでは?

呪縛をかけ続ける自分でいたいかどうかは、やはり選択肢だろうなーと思います。楽しければいいんだけど、何年か経っても楽しめたりプライドを持てればいいんだけど、そうじゃない限りは、やっぱり呪縛のままなのかなぁー。

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