コラム

英語も日本語も世代によって変わりますが最近の表現を学ぶには?

 

英語も日本語も世代によって変わりますが最近の表現を学ぶには?


これについて気にするべきなのは、日本語で書かれた教材と、初心者用に伝統的な英語で書かれた教材ばかりを使って英語を学んだ生徒さんに限る、と個人的には思います。


たとえば、日本語で KIRIN と書いてあったとして、わからなくても流すことが多いのではないかと思うのです。この意味は、Kanojo/kareshi Inai Reki Ikiteiru Nensuu

という略なのですが、これを頻用するかどうか?ということなんじゃないかと思うんですね。


他にも、伝統的な日本語を使いたいのであれば、「的を得た答えだね」というのは間違っています。「的を射た答えだね」が正しい。でも意味が通じないことはないので、間違って使っている人が、現代の日本では半数以上います。


どの程度、言語や表現にビンカンなのか?誰とどんな世界で言語を交換して生きていくのか?を狭めれば、最近の表現も絞れます。


残念ながら、日本で書かれている多くの教材の主流は、未だBritish Englishだなぁと、Americanを使う私は感じます。だんだん変化してきているものの、まだBritishに出会うことも多い。オンライン英会話で一斉を風靡したサービスなどで、Philippino/naが使う英語も、母語であるタガログ語やイロハノ語に基づいた表現もありますし、African/South American/Europeanが慣れた母語に影響された英語の表現は、あちこちで見られます。


基本形をわかったあと、最近の表現を学ぶことは、楽しみも増えますし、臨場感も増しますし、何より理解しあえるという意味で、とっても貴重なことだと思うのですが、結論としては「キリがない!」のです(笑)。


日本で暮らしていて、「あ、私ったら流行語大賞すぐに使っちゃうタイプなんだ・・・」と自覚していれば、そうしたサイトにもきっとビンカンな行動を取れると思うんですが、私などは何かを説明するときに、相手の立場に立ってわかりやすくするのに有効だと思わない限り、自分の圏外の言葉をゲットすることはありません。


とはいえ、不思議だな、知らないな、理解していないな、と思った語は、うれしいことにすぐに調べるクセはすでに身についていますので、インプットは可能です。ただ、アウトプットするかどうか?というのは、自分の生きる場・相手・よくする内容や行動・タイミングにかかっていると思うのです。


そちらを日本語でしっかり整えていないと、英語でそれらを絞り込むことはたいへんに難しい。


英語を学び始めたときに、私は日本語で使わない Shit! (くそっ!)という言葉を連発することを、英語スクールの先生に非常に厳しく質問されました。「英語だからいいっていう問題ではなく、それはあなたの品性を問われることだと思わないか?」と。「日本語でのあなたと英語でのあなたに、私は大きなギャップを持ってもらいたくない」と、とても丁寧に説明してもらいました。


その後、理解や知性としての語彙以外のものを、インプットすることはあっても、アウトプットすることはない、と分けることはしてきたと思います。


日本語で自然にやっていることを、英語でも自然にやればよいわけで、きっとインプット用もアウトプット用も、見ている映画や読んでいる記事や小説、つきあう人々から得られるものが多いんじゃないでしょうか?


ギャングスラングやその他、たぶん要らないでしょう(笑)。最近の表現でも俗物的なものは使うかどうかわからないので、「知り合いや友人との会話のネタ」にすればいいだけのことのような気がします。


日本語と同じような行動範囲(英語ではMobilityと言います)にある語彙や表現でいい、とし、そうした環境の中から、自分にマッチした習慣を、ぜひとも身につけてくださいませ。