英語講師だけではなく、教える立ち位置にいる人間すべてに言えることだとは思うんですが、上司であれ、親であれ、先輩であれ、とにかく誰かにやり方を教えるときに、「これも1つのやり方」だとか、「長年王道とされてきた」などという枕詞、きちんとつけられますか?
私は英語だけではなく、教える立場にいる人間はすべてそうでないと!と信じています。自分のやり方は万民に通用するとは限らないということを知っていないと行けないと思うんですよね。
たぶん、その文化や国で、長きに渡り当然となってきて、常識になったことはあるんだろうと思うのですが、それはやはり外では通じないかもしれないし、新しい何かが主流になったり、生活の中に入ったりしたら効率が悪くなることも大いにあると思うわけです。
英語の学び方なんて日本では相当放置していて、未だに読み書き偏重でイヤになっちゃいますが、それも「自分の(派閥や学派の)やり方が最も正しいと思い込んできた教える側の人々の傲慢」であると見做せませんか?
社会科学を学んできて私個人が感じるのですが、自然科学の絶対値のように語る人々(教える側で)が多すぎる!私が幼かった頃から、格段と劇的に変化しているわけではなく、50年も過ぎようとしているのに、人々のマインドはさして変わっていないし、むしろ、便利を追求しすぎて、「面倒くさい」「努力したくない」も増えたのとごっちゃになって、論理がしっかり1本通る、自然科学的な根拠がある物事も無視することが増えたんじゃないかなぁとも。
たとえば、モップは便利だし、それが電動化したらむちゃくちゃうれしい(^^♪ 時間は掛からないし、自分が手で汗を掻きながらがんばるよりきれいになりそげ。でも、それを使っていいのは、雑巾がけ→モップ掛けができて、雑巾やモップを洗えて絞れる人だけなんじゃないかとも思うんですよね。
なので、英語が話せないのに教えているとか、発音を矯正しようと努力もしないで、Repeat after me!などと音読を促進しているとか、まったく意味が分からないでいます。謎すぎますよね?
だから、自分のやり方とも言えない、単に継承してきたものをそのまま次世代に渡すことになるかもしれない事に、危惧はないわけです。不思議です。しかもそれをもう「自分のやり方」くらいに思っている人は多い・・・。(^_^;)
たとえば、スポ根と呼ばれる『巨人の星』や『あしたのジョー』など、好きですよ。でも、誰かに強制しちゃーダメですよねぇ。でもそれに近い、暗唱・復唱などを推奨しつつ、暗記をモットーとしている英語スクール知ってます。ちょっと、ホラーストーリーとすら思います・・・。(^^;)
私個人は、いろいろなサイトを見て研究は続けております。特に A.I. や動画の動向やら気になりますもんね。本当にその方法で脳の開発に貢献していて、定着度が高いのか?メンタルにいいのか、などなど、どうしても調べたくなります。
なので、私も日々生徒さんの反応から学んでいる最中ですし、自分の英語力が落ちることがないように心がけています>日本語力も、だね(笑)。
なので、ちょっとずつではありますが、私のオリジナルテキストも、やり方も進歩しております。自分のやり方ではありますが、ありとあらゆる知識の寄せ集めでしかなく、それを自分の手柄だとは思っていません。こういう組み合わせ、なので、レシピみたいなものですよね。
他にも必ず正しいやり方がある。部分的にでも真似たいものがある。そう信じながら教えております。あなたの先生や上司や親御さんはどうですか?





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