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親が子を想う気持、子が親を想う気持

大昔、落合恵子さんが『スプーン一杯のしあわせ』という著書でいい表現をしていました。うろ覚えなので不正確かもしれませんがご容赦ください。

私のほしい幸せとあなたがくれる幸せは、小指の先ほどずれている

親子の気持なんてぇのも、こんなことの連続なのかもしれません。このズレをどのように捉えるか?で、どんどん差が開いていくのでしょうね。

ないものとしてごまかす あるものとして受け止める  
 -のみ +       差異を埋める努力をする ― 個人の自由として放置
心のざわつきを増やす 縮まる or 広がる 縮まる or 広がる
ズレが小指ほどではなく、大きくなる        成果は個体差

成果は個体差

 あなたはどれを選んできたでしょうか?私は、父とも母とも、その差をあるものとして受け止めて、差異を埋める努力をした部分もあり、個人の自由として放置した部分もあり、でしたが、その試行錯誤は今も母と続いています。78歳になった母に無理強いするほどの差異を埋める活動は、かわいそう!とされることもありますが、認知症にならないように、寝たきりになったりしないように、だとか、もしもなってしまったときに本人が哀れにならぬように、という部分に関しては、多くの場合賛同をいただいております。

私が28歳のときに54歳で死んでしまった父に対しても同じでした。最後に至る時点では、いい関係性で、多くの部分が合致していることに、自分でもびっくりしたほどです。

親としては、まだできないことや見えていないものが多い子どもに、先回りをしていろいろなことを教えたいところなのでしょうが、実際は、本人しか歩めぬ道筋(みちすじ)というのがあります。重々わかっていても、方向性だけ間違っていなければ、あとは本人に任せたほうがいいことがたくさんあるのですが、「よかれと思って」という親心で、どうしても過干渉になってしまいがちです。その反面、どうしても押さえておかねばならぬツボ、というのをカバーしていないことも多いのですが、そこについては、インフラが整ってきた日本の環境や、文化変遷がかなり速いスピードで着々と進んだ環境では、気付かずにいることもあります。

いわゆるジェネレーションギャップというのが、親子のあいだでは多く衝突原因になるのですが、「ヒトとして」のところをしっかり押さえて、その後、「人として」に移行し、その後、文化や環境、その他をくっつけていく感じで、王道を歩めることになります。

けれども、建前的な「社会に迷惑をかけない」などを重んじると、カバーしきれていない「形式的」なものに、動作ができても、心や知識や理解がおいついていない場合も数多く発生してしまいます。この気持がついていかないことは、かなりな悲劇を生みます。最終的には、当事者である本人が、心の中で泣くというような・・・。気づかなければそのまま死んでゆくのですが (・・;)

私には子どもがいないので、このズレについて悩む必要はないのですが、友人や配偶者に関しては、このズレについて、毎日少なからず驚くこともたまにあります。ここをどのように扱うか?が、心のこもった言動なのだろうと、英語のレッスンをしているときにも肝に銘じているのでした。みなさんはいかがですか?

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