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誰がトップに立つかでこの世は変わるか?

09/19/2008にアップした文章です。

私が大好きなVince FlynnのMitch Rappシリーズの大統領が変わったことで、物語がどういう方向になるのかなぁ・・・と、とてもとても心配していたのです。シリーズは、全部で8冊。10月には9冊目が出ます。もちろん手に入るものはすべて読んでしまいました。大統領選の最中に1冊、その後の1冊、主人公と彼を取り巻く環境で、もちろん大統領近辺だから激しい、世界情勢を巻き込む、パワーを駆使する、というドラマはあるのですが、主人公のMitch Rappの考え方や行動規範などに変わりはありませんでした。私がMitch Rappを好きな理由のひとつは、自分に大いなる影響を与える「縄張り」についてのセンスもあるのだ、と改めて思ったのです。

 

日本では、自民党の総裁選のためのキャンペーンが、日本各地で、これまでにないほどの数で展開されていますが、ニュースは取上げているものの、人々の熱意はそれほど伝わってこない・・・。それは大統領選のようなものすごいキャンペーンを何度も見てきて、投票権もないのに参加した気になっていた日々のことを振り返ると、とても淋しいことだなぁと思うのです。これは、私の「縄張りセンス」なのでしょうか?私は、一体どこの縄張りの中のいかほどくらいの空間を保てているのか?と考えてみると、なんだか仮想空間であっても、ドキドキです(笑)。

 

私がMitch Rappシリーズから学んだことがあまりに大きかったので、高校生3年生の卒業および大学の入学を待って、まだまだ英語の勉強をしている女の子の読み物を、Mitch Rappシリーズにしてしまいました(笑)。彼女のAgreementをもちろん取ったあとです。彼女も、中央集権制度と地方分権制度の決定的な違いをあまり意識せずに、アメリカの政治を見ていたようで、連邦と州の違いを説明してから、CIAはどこに位置しているのかを説明し、ついでに、Terrorism 101 レッスンをしました。宗教の大雑把な区分けとその思想。および、歴史がイスラム教に与えてきた影響とそれに関わってきた諸国について。英語の講師なのにどうして?と言われても・・・(笑)。彼女は留学を目指しているのでいいのです。もっとスケールの大きな世界というのを、ぜひ知っておいてほしいと思うのです。彼女は読むのが遅いというのが悩みなのですが、自分で決めた目標は、リーズナブルに1日40ページ。2週間でペーパーバックが1冊終わる予定なので、Mitch Rappシリーズの8冊は、4ヶ月弱で終わることになります。年内に終わらないようであれば、旅行にも持参してもらうまでです(笑)。

 

さらに、Tom Clancyのような存在であり、Political Thrillerというジャンルが今はおもしろいのだ、ということを解説したあと、彼女は未知の世界を読み始めました。以前、大学の面接用に、『世界紛争地図』は読んだはずなのですが、表面をかすっただけのような知識しかない、と自分で断言していましたし。

 

ちなみに、彼女のTOEICは高校3年夏受験の時点で、750です。来年2月に卒業するまでには、900点を取ってもらおうと思っており、TOEFLも90-105のターゲットに到達してもらおうと思っています。昨日から、週3回で、グラマーの基礎から開始しました。抜けているところがすでにポロポロあり、よく750点取れたなぁ、苦労して取ったよなぁ、と感慨深いものがあります。

 

さて、このタイトルの答えですが、私はこの性格がゆえに、Noと答えたいのです。誰がトップに立っても、その人材がよほど偉大でない限り、この世が大きくよく変わることはないのだろうと。自分が正しいと思って続けてきたことが続けられないような事態になると困るので、Noと答えたいのでしょう。Thomas Jefferson級、Gandhi級の人がトップに立てば変わるのかもしれない・・・。が、日本での逸材は、私はまだ表面に出ているのを見ていない、とみなしています。そもそも、逸材は政治を選ばないのかもしれず・・・。戦乱の世であれば、政治を選んだかもしれませんが、世襲制がずっと続いていれば政治を選べたかもしれませんが、これだけ制限がなくなった世の中で、逸材は政治以外のものを選んでしまっているのかもしれません。がゆえに、野口英世や北里柴三郎が獲れなかった日本人ノーベル賞受賞者も、以来、10数人にも上ってきているのかもしれません(まぁ、ひとりだけ政治家はいますが・・・)。

 

西郷隆盛が言ったといわれる『焦土の中からしか新しい日本は生まれない』という考え方に、私はかなり同調しているところがあり、「屋台骨が行くところまで行かない限り、誰もシリアスにはならず、小さい変化の積み重ねしかもたらされない」と、どこかで諦めてしまっているようなところがあります。女性総理大臣が日本国に生まれるのは、いつのことなのか、考えるのも少し億劫です。黒人大統領がアメリカで生まれることも、実際は懐疑的なのです。

 

そうしたことがあれば、日本もアメリカも、他のどこの世界も変わっていくのかもしれず、それが未来にポジティブな影響をもたらすものになるかもしれません。実際は、誰がトップに立つのか、よりも、経済が安定し、ゆるやかに発展し、人々の生活にゆとりが生まれなければ、全体がよくなるとは思えず・・・。だからこそ、中途半端な状態で、Me! Me! と、個人主義を輸入したかのような利己主義が発達していくわけです。なので、せっかくの権威を持ったトップ層にいる人々も、実際は、権威を理想的に使うことも少なく、権力を行使したり、忙しさにかまけて手付かずな問題を次世代に山積で残したり、どんどん変化していくさまざまな分野の大きな図柄が見る能力も研ぎ澄まさず、結局は、「我が家」での行動とさして変わりないようなことだけして、終わってしまうのだろうと思うのです。

 

うーん、とはいえ、私はシニカルすぎるのかなぁ・・・。これほど政治に期待しないやつというのは、かなりな罰あたりなんだろうか?私は幼い頃に、社会党一本やりで支持していた父親がTVや新聞に向って罵声を飛ばしつつ暮らしているのを見てきており、どうも、きっとその影響で、政治にはやはり何も期待しないのかもしれません。とはいえ、春闘でデモ行進をしたり、技術を身につけてきた父が完全に諦めていたわけではないことも知っていますが、それでも私は父に輪をかけて他力を信じていないような節があります。

 

とりあえず、今日も考えたのですが、インドやパキスタンやラオスなどにはひとりでバックパッキングなんかには行かない。なぜならば、私は土地の人たちに期待をしていないし、自分にその能力がないということを知っているから。伝染病に対抗するような、水に慣れるような、犯罪に目がしっかり行き届くような、身体や能力など持っていないことを知っているので、他人様にご迷惑を掛けるだけになると思うので、行くのであれば、遠巻きに生活を見られるように、であれば行くという程度で、特に行こうとは思っていないのです。それよりも、今の日本の暮らしにゆとりを持たすことのほうが最優先で・・・。が、その折にも、誰がトップに立つかで、よりよく変わるなどという甘い期待は抱いておらず・・・。

 

非常に現実的で、夢がないのか・・・。Bush vs. Gore選のときには、胸にバッヂこそはつけなかったものの、当然、Gore氏がなると強く信じていたのに、あんな結果になり、しかも2期もやって、今度はこのような大統領選の展開になっており、日本に戻れば、総理は2人も続けて1年続かないという体たらく。信じろ!と言われたほうが、なんだか開いた口がふさがらなくなる感じなんだろうと思います。

 

誰がトップに立つかで変わる世の中であってほしいのですが、それにはあまりにこの世は複雑になりすぎたような気がします。どうでしょう?

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