けっこうあっけないものなのね、と思いつつ、EMS(国際郵便)で離婚協議書にサインをもらい、10月30日の誕生日に合わせ、土曜日の夜中に提出する予定でいます。ですので、これをみなさまが読んでらっしゃるときには、Single Againなのです。
多くのケースは、離婚のほうが結婚の何倍ものエネルギーを要する、と世間ではよく言いますし、私もカウンセリングでよく言うのです。が、今回は特別なんじゃないか?と思うのですが、離婚よりも結婚のほうがエネルギーが必要だったようです。離婚には、半年以上かけた上、ほぼ別居婚が13年もあったので、なだらかに修了したという気持ちです。いろいろなことも学び、この社会システムを卒業した気持ちなので、終了ではなく、修了といった気持ちなのです。元配偶者が大人だったこともあり、数回足を運んでくれて、母も徐々に心が固まり、私と気まずくなることもなく、とてもよい滑走路を風向きのよい感じで着陸できた感じです。機体も古いけど悪いものでもないみたいだし、なかなかすっきりした気持ちです。私の中での古いシステムへの抵抗感にようやくケリがつき、試行錯誤の上で自由に戻れた、という森の探検や旅から戻る感じでしょうか?
そうは思っていても提出時に泣くことはあるのだろうか?と、今3日後を控えて想像をしているのですが、私はお役所が苦手で、法務局も市役所も税務署も緊張のまま終わるのです(笑)。母が入院中なので、誰かにつきあってもらう?というのを検討中。いっしょに中まで行ってもらうのではなく、背中を見ていてもらいたい、というのかな・・・。なので、平常時間ではなく、届け出の受付時間外に行こうと考えています。24時間体制なのですよ。
ただ、けじめがついて、これまで私が掛けてきた徒労の数々が今後はなくなる、というのが、最もうれしいことで、親友であることは変わらないし、私が私らしくこのままを貫くことも変わらないので、悲しいことではなくお祝いごとであると考えています。今後も彼へのサポートは続きますし、いっしょにやった会社の「役員借り入れ」の分は返済しますし、どんな生き様をするのか最期まで見せていただく予定です。とはいえ、私のほうが先に死ぬ予定ですけども(笑)。
しかも私はすでにとっても前向きで、USに戻るための算段やら、新しいビジネスやら、今後も英語を学ぶのに効率がよい方法について、すでに着手済みで、人々に囲まれ、本当に心労のようなものは、ほぼナシで過ごしてきています。母の入院も何のそので、うれしく楽しい日々です。これがますます加速するように、ワクワクしながら明日を待つ身が、どれだけうれしいことなのか?と、かみしめているのでした。
もし涙が出るとするのであれば、自由になれたヨロコビといったところでしょうか?これを書き記しておくことは意味があると思えたので、書いています。記録ですね。
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