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好きな人ができない

これは恋愛の意味での「好きな人」なのだそうです。私などは、けっこうこのほうがいいんじゃないかと思ったりもするのですが、それはやはりない物ねだりでしかないですよね。好きな人ができると瞬間的な「キチガイ状態」が続いてしまったり、普段はしない判断をしてしまうことが多くなるので、私としてはうっとうしい感じだったのです。今は、寂びて枯れていくプロセスにいるので、もう恋愛はないのかもなぁと思うことが多々ありますね・・・。

生命体としてそもそも考えてみたほうがいいのは、生まれながらにしてのDNA部分として、それぞれの個体は、「多め・普通・少なめ」に与えられているものがそもそもあると思うんですよ。

さらに、どのような育てられ方、生き方をしていくかで、その持ち得ているDNAが開花するかしないか、も差が出てくるわけです。

そうした意味では、どこで誰とどのように暮らしていくか?というのは、かなり重要なわけです。

私は芸能人や著名人に恋心を抱いたことがないので、疑似恋やホンモノの恋に近い気持ちを抱く人の気持ちが今ひとつわからないままでこの年齢を迎えています。ヒトではありますが、演技や歌、持ち得ている考え方などの、好きー嫌いから始まり、道徳観や美徳や世界観などに発展していき、その洗練度合などを見ていて、そのギャップであるマヌケさやおもしろさなどとのギャップを見たりしていますが、それが恋に似たものにならないのは、おそらく「距離感」の発達なのかなぁと思うのです。

他者との距離をどのように測るか?保ったり縮めたりするか?というのは、一重に「心地よさー心地の悪さ」の判断で、それを自分も表現したり、廻りのヒトや相手も表現していく中、徐々につけていく能力のひとつだと思うのです。

好きな人ができない可能性としては、

  1. 誰かとの距離は、常に遠いほうがいい
  2. 誰かとの距離は、愛情の種類で変わる→性愛を含むものは要らない
  3. 誰かとの距離は、相手が決定権を持っている状態が多く、かなり振り回されている
  4. 誰かとの距離は、自分が決定権を持っていないと気が済まない

という状態のいずれか、というのが多くて、距離感が縮まらない理由がわかっていないという可能性も高いです・・・。たとえば、3.4.の場合には、学習があまり進んでいない感じです。

  • の場合は、振り回されていることが圧倒的に多いので、恋愛などというともっとたいへん・・・と予測して腰が引けてしまうし、諦観状態になってしまう可能性も高いし、誰かのよいところは目に入らないくらい懲り懲り状態になっているかもしれないですものね。
  • の場合は、まぁ、わがままですよね(笑)。イーブン状態にはできないヒトいますけど・・・(笑)。

ただ、自分が確信的に1.のひとりでいいとは思っていないから、「好きな人ができない」と思っているんでしょうから、やっぱり学習は必要だと思います。

他者との距離を縮めて、相手の意外なところを見せてもらえるようになるとか・・・。ちょうどよい距離感を取れるようになるのは、ものすごくたいへんなことで、親子でも兄弟でも恋人でも難しいですから、生涯学習は続くんだろうと思うのです。でも、好きな人がいないと、一生懸命距離感を学ぶ機会そのものがないですから、さらにこのスキルはつかないままなのかも・・・。

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