実は、私がコレに最初に出遭ったのは、『別冊少女フレンド』か『別冊少女マーガレット』を、小学校のときのお友だちに借りたときです。里中満智子女史の『アリエスの乙女たち』という古いシリーズが昭和40年代にあり、そこで出てきたんですね。
ヒトは白いハンカチのように生まれてきたのか。あるいは、黒いハンカチなのか。あるいは、白に汚れがそもそもついているのか?
というような例え話だったと思います。ド貧乏で育った私は、「黒いハンカチ説止めてくれーぇぇぇぇ!」と祈るような気持ちでしたね・・・。
そのとき、母に尋ねてみたら、「真っ白に生まれる人もいるけど、やっぱり汚れがついて生まれてくる人もたくさんいるわよねぇ・・・」と言われたときに、やっぱり目の前は真っ暗になり、「世の中やっぱり不公平なんだ・・・」と、強くムチで打たれた気持ちには落ち込みましたね。
ということは…、ワタクシの母は、性善説:性悪説の割合としては、真ん中の薄汚れ系のほうが多いと感じていたのでしょうね。真ん中があるとして、3:5:2とか?あるいはもっとドラマチックに差があったのかもしれません。先ほど訊いてみたら、「そんな話したっけ?」とカラッと言ってくれて、忘れてた(笑)。
私はどんな気持ちで育ったか?というと、そんな母に育てられても、やっぱり性悪の人々も、もともと悪く生まれたのではない!と信じていましたね。そして未だに死刑反対論者です。Bad Seedsを持って生まれた人がゼロとは言いません。特例はあるでしょう。けれども、それは稀だと信じたいです。
そして月日は流れ、University of California Berkeley校にて、心理学を学び、なんと!心理学の主流は、性善説vs. 性悪説というものではなかった!というもの。
Freudが性悪説一辺倒でフレームワークとなる学説を作り上げたので、結果論として120年ほどかけて、直されてしまっています。(・・;)
なぜならば、ヒトは Blank slateで生まれてくるわけではなく、遺伝子の中にさまざまなものを包括して生まれてきて、それが「咲くか咲かないか」ということがDNAの発見&研究によりわかってきたからです。
そして、心理学をやる人は、
生物学
動物生態学
植物学
有機化学
人類学
宗教学
社会学
などをPrerequisites(本過程を取る前に教養課程でカバー)しなければならないのですが、その中でこの性善説・性悪説は違うぞ、ということに気づけます。
昨今の心理学では、「性弱説」としています。なぜならば、他の生命体より、ヒトは生育期間が長く、弱く生まれてきていて、成熟するまでに時間がかかるとされているためです。成熟の定義もさまざまで、「ただ単に社会の中で生き延びるだけ」から、「秀逸に自分の才能を使い切る」までと多岐に渡ります。
そうした意味では、残念!性善説・性悪説は、もうかなり古い考え方です。
弱いままでとどまることなく、強くなるために、もっともっと自分の弱さを見つめていってくださいませ。<(_ _)>
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