あなたにとって遊びとは?①——そもそも「遊び」って何だろう?

新シリーズは「遊び」についてです。これを展開していこうと考えているのは、みんな知ってるはずなんですよね。遊びだったらとことんやれる!体力と気力だけ続けばいくらでも♬っていう事実があるわけです。であれば、みんなが勉強だと思っていたことを、学び=遊びという状態に、多くの物事を一気に変形してしまうことは可能なのか?を模索していきたいですー。

あなたの中で「遊び」の定義とは何だろう??

辞書を引けばそれらしい答えは出てくる。でも自分の言葉で「遊びとは何か」をちゃんと説明できる人は、意外と少ない。仕事の反対?暇つぶし?子どものすること?——どれもなんか違う気がする。

心理学や生物学の世界では、遊びはずっと昔から真剣に研究されてきたテーマで、そしてひとつ、ほぼ共通している定義がある。「遊びとは、それ自体が目的である自発的な活動だ」というものだ。つまり、何かのためにやるのではなく、やること自体が楽しいからやる——それが遊びの本質だ。

面白いのは、遊びは人間だけのものじゃないという点だ。犬は飼い主がいなくても物を投げて追いかける。フリスビーなんかいつまで続けたいわけよ?と思うくらいだよね・・・。ニンゲンがいなくてもやることがたくさんあってすごい!カラスは雪の斜面を何度も滑り降りる。タコでさえ、餌でもない物体を繰り返し水流に乗せて遊ぶ様子が観察されている。エネルギーを消費するだけなのに、それでも生命体は遊ぶ。英語では organisms って呼ぶんだけど、私がこの単語が大好きです!

答えのひとつは「遊びは脳の練習場」ということ。子どもが鬼ごっこをするのは、追う・逃げる・判断するという能力を、安全な環境でリハーサルしているからだと考えられている。遊びは「本番じゃないけど本気」という、絶妙な状態を作り出す。なので、人生のたくさんの場面に関する模倣遊びはかなりたくさんあるよね。おままごとだけでもなくて、会社ごっことか、お店屋さんごっことか。リハーサルなんだよなぁって、つくづくすごい。

もうひとつ重要なのは、遊んでいるとき人間は「フロー状態」に入りやすいという点。フローとは、時間を忘れて何かに完全に没入している状態のことで、心理学者のMihaly Csikszentmihalyi:チクセントミハイが提唱した概念だ。「気づいたら何時間も経っていた」という体験は、誰にでもあるはずだ。あれがフロー。Positive Psychology 2020年代の心理学の学術主流のうちのひとつなんだけど、1970年代のMemory/learning:記憶と学び、にも関連していて、ちゃんとまとめられるだけの時間を生きているってうれしいなぁと思うけふこの頃。

つまり遊びは、サボることでも現実逃避でもない。生命体が本能的に選んできた、最も効率的な学習様式のひとつだってことは確定。遊びを「ただ楽しむもの」として終わらせず、意図的に設計すれば、学びに変えることができるんじゃないか?という大いなる疑問・仮説があるために、私などのようにナマケモノの親玉としてコスタリカに来ませんか?とスカウトが来てしまうくらいのナマケモノには、遊びであればいくらだってできる!というフックになるなぁって思っているのですよ。

ただ、賞罰方式の Incentive theory→Operant Conditioningではダメだろうなぁと。行動主義派が好きな方ごめんなさい。<(_ _)> でもね、損得勘定が行動を選択する中心になっちゃうのはダメなのよ。その後、餌がないと動かないニンゲンになっちゃうから、むしろ全体的に不利になるので。

なぜこのシリーズにしたかったのか?A.I.を使える人が仕事を制するみたいに言われているじゃないですか、昨今。私は、今のところA.I. に成果物はたんまりいただいているのに、それには感謝しているのに、やはり毎日数時間、Claudeと向き合うときには、ワクワクしかなくて、遊びの延長に似てるなぁとほとほと自分のナマケモノ加減に、かなりびっくりしているからなのです。

先にも書きましたが、今回デビューさせる英語検定、Test of Culture Switching Quotient:文化切り替え力テストも、A.I.いなければ実際、作るのは10倍近い時間が掛かっていたと思うんですよね。だから仕事寄りだろう?と問われることが多いんですが、私にとっては「遊び寄り」なんだよなぁ・・・。みなさんはどう思っているんだろう?あ、仕事に対しての態度はまた別にたくさんの軸があるから、これだけでは語れないけど・・・。(◎_◎;)

そして、小学生の頃、諏訪神社でやっていた缶ケリが連続的におもしろすぎたことや、その他、家の前で遊んでいたさまざまな遊びの名前を思い出して、「私はあれら!でできている」と思っています。あれらがなければ、私は何もできないままだったのかもしれないと・・・。このシリーズ、しばらく続けます。