雨、好きです。理由を聞いてもらっていいですか
雨が好きになったのは、アマガエルのせいだと思っている。まずはそれ。
子どものころ、雨上がりにアマガエルを捕まえるのが好きだった。あの小さな吸盤が指に触れる感触が、なんとも言えなくて好きだった。握手を何度もした。たぶん100回以上はしたと思う。あの感触と一緒に、雨の匂いと音が記憶に刷り込まれた。それからずっと、雨が好きだ。好きすぎて、神代植物公園の池から、おたまじゃくしの卵をものすごくたくさん盗んできて、自分の家で孵るところを見届けて、またものすごくたくさんの数のオタマジャクシがカエルになったら戻しに行くの(笑)。そこで、誰も死なせない!とかいう正義心があったのも不思議・・・。(・_・;)
さらに、近所の里いも畑。里いもの葉っぱが大きくて、子どもには傘になる。振られたときにちぎられてしまったら、農家さんには非常にご迷惑をおかけしたよね・・・。(・_・;) でもあの傘を差すのがものすごく好きだった。
さらに、雨が降り始めたら、近所のわんちゃんたちがちゃんと犬小屋に入って濡れていないかっていうチェックをしていたのよね。ガードマンみたいな(笑)。なぜかというと、ビキニ環礁で核実験が行われていて、その風が太平洋を渡りに渡って、雨に濡れると危ない!と言われていたからなのだ。だから雨が好きなのに、雨の害をチェックしていた日々もあったんだよねぇ・・・。
雨が好きな人には、いくつか共通する傾向があると言われている。内省的で、一人の時間を好み、想像力が豊かで、感覚に敏感なタイプが多いらしい。反対に雨が苦手な人は、行動が制限されることへのストレスが大きく、気圧の変化に体が敏感なタイプが多い傾向がある。
Silicon Valleyに住んでいたころ、Californiaは地中海性気候で、雨は基本的に冬だけ降る。でもその雨の降り方が、日本とは全然違う。湿度が低いから、雨が降っても空気がべたつかない。晴れた日が続いたあとに降る最初の雨は、乾ききったアスファルトと土が混ざった独特の匂いがして、それが好きだった。
ペトリコール(Petrichor)という言葉がある。ギリシャ語由来で、1964年にオーストラリアの科学者が命名した。雨が乾いた地面に落ちるときの匂いのことだ。この言葉を知ったとき、「これが私の原点だ」とわかった。ずっと感じていたものに、急に名前がついた瞬間の「これだ!」感:心理学を学んでいたころに何度も経験したあの感覚だ。「やだー、これに名前があったんだー!」」っていう安堵しちゃう気持ち。うれしくて一度会ったものに、ものすごい輪郭ができる瞬間。
私が子どもの頃、夕立のたびにこの匂いを嗅いでいたがゆえに、夕立を今も待ちわびているところがあるのだなぁと、ちょっと感傷的な気分になる。
雨季が明けると、空の青さが別次元になる。California Blueと呼ばれる、突き抜けるような青だ。雨があるから、あの青がある。でもねぇ、あれが次の雨季までずっと続くわけで、天気予報士は要らないくらいのお天気なのよ。(・。・; 100Fを超える日はごく少なく、年間でたぶん3-10日以内くらい。だからエアコンも必要ないしね・・・。
人間も疲れない気候なので、戻りたいと思う気持ちは強いんだろうなぁと思う。でももう日本では夕立を待てない、アスファルトだらけ、っていうのがわかってしまったので、Perichorを体験しに、またもや地中海性気候に行きたいのかなぁとも思うしね。しかも何度も体験できる保証があるっていいよね。
雨の想い出は山ほどあって、いいものばかりで悪いものはほぼない。たぶんそれは私が内向的なのに、ひとり勝手・ひとり都合でポジティブだからなんだろうなぁと(笑)。






