我が家の北斗・鈴音・夏梅は、雨がさほど嫌いではないらしい。いや、たぶんむしろ好きなんだろうと思う。雪はその時の気分で、寒すぎるとダメなんだけどね(笑)。ベランダに出て、雨が降るのをじっと眺めている。猫といえば水嫌いというイメージがあるが、個体差はかなり大きいようだ。

統計的に見ると、猫が水を嫌う傾向があるのは事実で、毛が濡れると体温調節が難しくなるからだと言われている。ただし、メインクーンやノルウェージャンフォレストキャット、ターキッシュバンなど、水を好む品種も複数存在する。我が家の猫たちは、もちろん雑種なんだけど、お水が好きな傾向にある側に位置してると思う。シャンプーするのがすごくラクです。この前の冬が終わったときのシャンプーも、誰も鳴かなかった・・・。

なのに、鳴きクセをつけているヒトがいるので、本当に腹立たしいのだった(笑)。

問題は、彼女たちが何を見ているのか、だ。濡れないところを選んで、洗濯機の上や天井ができている風にカバーがしてるベランダの手すりに前足をかけて、落ちてくる雨粒を目で追っている。その表情が、なんというか、哲学しているように見える。いや、たぶんしているんだろうなぁ、哲学・・・。(・_・;)

猫の視覚は、動くものに対して非常に敏感だ。雨粒は、猫の目から見ると無数の小さな動体が絶え間なく降ってくる状態だ。脳の狩猟系が、ゆるやかに刺激され続けている——そういう状態かもしれない。何かの訓練になっているのかもしれないので、本人たちが納得するまで続けてもらうことにしている(笑)。寒くなれば入ってくるし・・・。あるいは、濡れない出窓で雨を眺める作戦に変更したりと、かなり臨機応変なので。

あるいは、音かもしれない。猫の聴覚は人間の3〜4倍の範囲の音を聞き取れる。屋根を叩く音、地面に溜まった水に落ちる音、葉っぱの上を滑る音——それを全部聴き分けながら、ぼんやりしているのかもしれない。たぶん、ニンゲンには単一に近く聴こえる音の細かい目盛りを聴き分けられることが、彼らとしてはまたもや何かのトレーニングなのか?と思うこともあるんだよねぇ・・・。

なぜならば、我が家の猫たちはみな長寿傾向にあるから。猫らしく猫生をまっとうしてくれれば、特にさほど高いキャットフードにせずとも、それなりでも大丈夫なんだというのは、もう過去50年くらいで証明できちゃっているので、私はそこはあまり気張らないようにしている。できる範囲でやらないと、もしも、その食が地震やその他の災害や、引っ越しなどで途絶えてしまったら、彼らはすぐに病気になっちゃうかもしれないし・・・。順応性が高いほうが生き延びる率は高いからね。

ニンゲンだと、そこで雨の感想や会話や一言があるのかもしれないけれども、猫たちは水の流れをただ眺めて、何も求めず、何も急がず、そこにいる・・・。その姿は、どう見ても正しい雨の日の過ごし方だと思う。

猫に雨の日の過ごし方を教わっている気がする、毎回。

時間的なゆとりが持てれば、私もいつも猫のようでありたい。独立していてわがままで気分を第一義に動けるような。でも、けっこうな年齢になっても縦型移動が大好きで、体温が高くて、嫌いなごはんはまたぐとかね(笑)。

そして彼らの雨の日の正しすぎる過ごし方を、いつも眺めている私であった。師範!(・。・;