あなたにとって遊びとは?③——競争・模倣・偶然・眩暈、遊びを構成する4つの要素
遊びを分類しようとした人間がいる。フランスの社会学者Roger Cailloisロジェ・カイヨワだ。1958年に著した「遊びと人間」の中で、あらゆる遊びを4つの要素に分類した。アゴン(競争)、ミメシス(模倣)、アレア(偶然)、イリンクス(眩暈)だ。この分類は60年以上経った今も、遊び研究の基本フレームとして使われている。この人はフランス人なんだけど、ここで彼が学術的に使っている名称としての単語は、すべてギリシャ語かラテン語なんだよね。不思議でしょ?(・_・;)
アゴン(競争):能力を競う遊び。スポーツ、チェス、将棋。勝敗があり、努力と技術が結果に直結する。アゴンが強すぎると、勝てない遊びを楽しめなくなる。
ミメシス(模倣):何かになりきる遊びだ。ごっこ遊び、演劇、コスプレ。現実ではない自分を生きる。ミメシスは共感能力と深く関わっていて、ごっこ遊びをよくする子どもは他者の感情を読む能力が高い傾向があるという研究がある。
アレア(偶然):運に委ねる遊びだ。サイコロ、くじ引き。自分の能力ではなく、偶然が結果を決める。「コントロールを手放す快感」がある。ただしアレアへの依存は、ギャンブル依存症と直結するリスクがある。
イリンクス(眩暈):平衡感覚を乱す遊びだ。ジェットコースター、スカイダイビング、激しいダンス——身体的・感覚的な混乱そのものを楽しむ。
Cailloisカイヨワは、健全な遊びはこの4要素がバランスよく混在していると考えた。ひとつの要素が極端に強くなると問題が生じると指摘した。アゴンの暴走は過剰競争に、アレアの暴走は依存に、ミメシスの暴走は現実逃避に、イリンクスの暴走は危険行為につながる。
そして、自分がどの遊びに引き寄せられるかを知ることは、自分がどんな欲求を持っているかを知ることでもある。Cailloisカイヨワによる遊びの定義(5つの条件)
- 自由な活動:強制されず、自分の意志で参加する。
- 隔離された活動:明確に区切られた空間と時間の中で行われる。
- 未確定の活動:展開や結果が最初から決まっておらず、創意工夫の余地がある。
- 非生産的活動:財産や富、新たな物質的価値を生み出さない。
- 規則のある活動:受け入れたルールに従って進行する。
これらを考えるとやはり遊び=まるごと学び、にする方法はなかなか難しいかもしれないけれども、可能であることはわかる。
そこでまたもや彼が遺した成長の方向性:2つの軸(パイディアとルドゥス)を。
パイディア(Paidia)
無邪気でルールがなく、熱狂や即興、気ままな発散を楽しむ「子どもらしさ」の極。幼少期の自由な自己表現を支える。
ルドゥス(Ludus)
パイディアのエネルギーを秩序立て、厳しいルールや「無償の困難を求める嗜好(あえて難しいことに挑むこと)」を課す極。大人になるための社会規範や論理的思考を鍛える。
人間は遊びの中でパイディア(自由な即興)からルドゥス(厳しい規則)へと展開させることで、個人から社会的な存在へと成長・進化していくとされていますが、どうでしょう?
となると、遊びのメインがゲーム機器が必要になるものに偏ってしまうと、子どもらしさを多く得る機会が減るのかもしれず、その絶対値:総量が少ないために、社会的な成長もなかなか難しくなっていくのかもしれないですね。(・_・;)
私はまったく勉強をしない子だったので、よく遊んだという自負があります。まるごと学びだったっていうのにごくごく近いのかなぁと感じています。みなさんはいかがですか?





