英語の前に日本語⑦——読むことが好きか?なぜ?
人から「頭がいいね」と言われることがある。そのたびに思う。心当たりは2つしかない。子どものころ、外遊びを死ぬほどしたこと。そして、本をずっと読み続けてきたこと。原因があるとするならば、具体的なことはそれだけだと思っている。だってねぇ、同じ親に生まれて育っても、弟はさほど賢くはない・・・。(◎_◎;) 彼と違ったことを考えると、まず友だちとかね。次がやっぱり読書と、外遊びのバラエティや時間だったりするわけです。そしてやはり決定的に違うのは、私は子どもの頃から読書量が半端なく多かった・・・。その原因はひとりが好きだったから、あるいは、ひとりになってしまう時間が多かったから。
読書がなぜ頭の中身を作るのか、という話をする前に、まず「なぜ読むのか」という問いに答えておきたい。理由は2つある。ひとつは、自分を見失わないため。もうひとつは、他者を深く知るため。
一見矛盾しているようで、実はセットになっていて、他者の思考の深いところまで入っていく経験を積むことで、「自分はそれとどう違うのか」という輪郭が見えてくる。差を知ることにより理解はどんどん深まるってやつ。不幸や苦労を知らない人は、倖せも楽勝も知らないんだよね、本当のところは。
心理学的に言うと、読書は「観点取得能力」を鍛える。他者の視点に立って物事を見る力のことだ。小説を読むとき、私たちは登場人物の論理で世界を見る。これを繰り返すことで、現実の人間関係でも「この人はなぜこう考えるのか」を自然に想像できるようになる。心理的な説明をすると、Mobility:可動域=個人の世界の広さ、のうちの Psychological Mobilityという他者や自分の心のレパートリーや浅さや深さの度合などの広がりこと。自分だけではなく、さまざまな人々の感じ方や考え方を知るというのは、時空を単純に超えられるのだ。しかも読書はすごい。翻訳がどの程度正確かにもよるけれども、Socrates の感じ方・考え方の一辺を複雑に知っていくことができるなんて!
もうひとつ重要なのは、読書が「Tactics戦術をStrategies戦略に発展させる力」を育てるという点だ。本をたくさん読んでいると、異なる文脈で同じ原理が繰り返し登場することに気づく。その繰り返しの中で「これは普遍的な法則だ」という抽象化が起きる。この法則性の違いは、時間のアプリケーションの差。目的の差。役割の差。具体性と概念としての差。組み立ての明瞭化で、法則性のスケールや応用事例やその成功率について、頭で考えることを数回やったあと、身体に落ちてしまうと最良。これを自分の人生に応用することができたら無敵だもの・・・。しかも英語なんて割と簡単な部類に入ってしまうのかもしれず・・・。
戦略と戦術の比較表
| 戦略(Strategy) | 戦術(Tactics) | |
| 目的 | 「どこへ向かうか」「どうやって勝つか」の方向性を示す | 戦略を達成するための具体的な手法 |
| 役割 | 目標に到達するためのロードマップ(大局的な視点) | 戦略を実行に移すための具体的なアクション(局所的な視点) |
| 期間 | 長期的 | 短期的〜中期的 |
| 具体性 | 抽象的・概念的 | 具体的・実行可能 |
読書はコスパがいい。本当に。1500円で、他人が数十年かけて考え抜いたことを数時間で受け取れる。しかも無料のあおぞら文庫もある。中古品もある。友だちとの貸し借りも、他のものに比べると躊躇は要らない。
ゆえに私個人は、古典をカバーしてから現代のさまざまなレパートリーに手を付けたほうが、効率はとってもいいと思っている。だってねぇ、数千年を経ても淘汰されずに残っているものは、やはり価値が高い。これを現代に応用できるのであれば積極的にしたほうがいい。成功を繰り返すことは、かなり簡単になる。
外遊びと読書。この2つがあれば、あとはなんとかなると今でも思っている。これを英語でもできるようになれば最強に一歩一歩近づいていくだけ。






