英語学習前に考えてみる日本語力と本来の自分のスキル その8 どんな読み方をしていて脳内に何が残っているのか?
「読んだはずなのに、何も覚えていない」という経験は誰にでもある。いや、私にはないんだけど(笑)。逆に、何年も前に読んだ一冊が今でも体の中に生きている、という感覚もある。この差は何か。読んだ量ではない。読み方の質だ。
自慢に聴こえたら申し訳ないんだけど、私は記憶力がすこぶるいい。幼稚園の頃からの出来事に出てくる人の名前はフルネームで今も記憶している。特に必要じゃないのに(笑)。
こんな私が「この本読んだっけ?」と思うことはまずあまりない。「読んだけどところどころぼんやり」はある。でも「大筋のストーリーがわからない」というのはない。たとえばミステリーだと、「犯人誰だったっけ?」になるには、10年以上かかると思う。しかもそれはありがちで途中でおもしろくなくなった、というストーリーラインに限ると思う。だいたい忘れてはいなくて、場所やいっしょにいる人や凶器やトリックなどが、ひとつふたつ忘れてしまった、くらいの話じゃないかと。
なぜそんなふうになったのか?小学校の頃にみんなが習い事に行った後、私は図書館に行くしかなく、大量に本も借りてきてたんだよね。読むことがとにかく大好きになっていって、読み方も我流ながら定着していって、速さを伴うようになっていく。
そして、そのときの境遇が決して楽観的ではなかった私が、自分だったら!という夢をたくさん観るようになり、近場のアリがちなことに関しては、確実に自分だったらやらない、とか、こうやる、となってきてたことが顕著な傾向だったかと思う。
「内容を自分に引きつけて読む」とはどういうことか。それは、読みながら常に「自分ならどうか」を問い続けることだ。著者の論に同意するのか、反発するのか。それはなぜか。「これは自分の経験のどこと重なるか」。この往復運動が、読書を「情報のインプット」から「思考の鍛錬」に変える。ただ文字を追うだけの読書と、このような読書では、脳内に残るものが根本的に違う。
ドイツ・ヴュルツブルク大学(JMU)の2024年研究(Journal of Experimental Psychology: General):質の高いフィクションを読むことは言語能力・共感能力を含む認知機能を向上させる。Scientific American誌でも紹介された”Reading Literary Fiction Improves Empathy”という知見は、フィクションが読者に「他者の視点で世界を見る」経験を繰り返させることで共感能力を育てると説明している。東京学芸大学の調査でも、子ども期〜高校期によく読書していた人は大人になってからの自己理解力が高い傾向が確認されている。
読書が「観点取得能力」を鍛えるという点も重要だ。小説を読むとき、私たちは登場人物の論理で世界を見る。これを繰り返すことで、現実の人間関係でも「この人はなぜこう考えるのか」を自然に想像できるようになる。これは、英語でコミュニケーションをとるときにも直接使える能力だ。
英語学習との接続:この「読み方の質」は英語でも同じ構造を持つ。英文を「訳せた」と「理解した」は別物だ。CSQが問うのも、言語の表面ではなくその奥にある文化的文脈を「自分に引きつけて」理解できているかどうか、という点に尽きる。これは、語学学習だけではなく、生きていくのにスキルとして高いほうが本当にオトクだし、脳が老化しづらくなる点でものすごく有効だと感じている。
小さい頃貧乏でよかった、とまでは言えない(笑)。ちょっと負け惜しみになりそうだから・・・。でもくっついてきたおまけは、今の私を作るのになかなかよかったんじゃないかと思っている。





