このシリーズを書き続けながら、「遊び」について自分でもずいぶん考えた。その1からその6まで、いろいろな角度から「遊び」を見てきた。誰と遊ぶか、どこで遊ぶか、何のために遊ぶか。最終回の今日、ひとつ宣言したいことがある。大人こそ、もっと遊んでいい。

目下のところ私自身がここ数か月、意欲的に毎日のノルマを増やし、A.I.の手を借りつつも英語検定の仕組みを作ろうとしていたり、再渡米のプランのための事業計画をコツコツ積み上げているところなのと、断酒とこの怠け癖を糺すために始めた介護のバイトを1件辞められたもののもう1件はまだ辞められていない・・・。ものすごく忙しい。しかも受験生を抱えて、ほぼ毎日自習&レッスンに来るし、プロジェクトの数がどんどん増えるばかりで、減ることはない感じ・・・。どうにかしてAutomated:なるべく自動化にしたいものだと、いろいろ頭を悩ませているところなのだった。

さらに、運動習慣!これもあるし、猫たちの世話(って半分以上はいっしょに遊んでいるだけだけど)、家事もあるしねぇ・・・。

「大人になったら遊ぶ時間がない」は、半分は本当で、半分は言い訳だと思っている。本当に遊ぶ時間がゼロの人は、そう多くない。ただ、「遊んでいい」という許可を自分に出せていない人が多い。何かをするには理由がいる、生産性がなければいけない——そういう強迫観念が、遊びを後回しにさせる。

私は典型的に自分にノルマを課して、今、毎日楽しい!となるほど遊べていないんだった。だから、仕事=遊びにする方法を選択(笑)。楽しいことばかりやろうとしているところ。

ミルドレッド・パーテン(1932年)の遊びの分類:一人遊び/平行遊び(隣で同じことをする)/連合遊び(同じ場で交流しながら)/協同遊び(役割分担して共通目標に向かう)。これは子どもの発達段階の観察から生まれた分類だが、成人にも当てはまる。近年の心理学研究では、遊びは子どもだけのものではなく、成人の創造性・ストレス耐性・問題解決力にも寄与することが繰り返し示されている。「遊び=余暇の浪費」ではなく「遊び=認知的探索」という捉え方が、学術的には主流になりつつある。であれば、勉強などしている場合ではなく、学びに切り替えて遊びながらやったほうがいいのだ。

遊びをサボってきた大人ほど、ここから取り戻せる余白が大きい。仕事の効率を上げたいなら、遊びを削るのではなく、遊びを増やす方が近道だったりする。脳は休むことで、つながっていなかった点と点を結び始める。

罪悪感を持たず、遊び=まるごと学びに変更するコツさえつかめば、あとはもうシメシメ!な状態になることはご理解いただいたと思う。だからこそ、おもしろい自分を想像し、至らない自分にがっかりせずに「いやー、もう伸びしろしかない!」くらいに笑い倒してほしい。

もっともっと遊ぼう!

次のシリーズでは「賢い自己投資」を扱う。遊びと自己投資は、対立しない。むしろ、遊びそのものが最高の自己投資である、という見方もある。7月9日からお楽しみに。