「強くある」ということを、ずっと考えてきた。強さとは怒らないことでも、泣かないことでもない。感情がないことでもない。もちろん腕っぷしのことでもなければ、耐久力そのものでもない。折れても、また立つことだと思っている。しかも、折れる前より少しだけ柔軟になって。

子どもの頃の私には充分なデータがなかったため、自分のことを非常に感情的でわがままで弱くてできないことが多いと認識していた。もちろん、こんなふうに言葉にすらできなかったのだけれども、できないことが多いイラつきで、泣いたり怒ったり、かなりアップダウンがあったことに、ものすごく翻弄させられていた時間が多かった。

そしてふと思うんだよなぁ・・・。足をバタバタさせても、泣き続けても、怒ってプイっとやっても、何も変わらないことに。いや、むしろ、自分だけがものすごく疲れてしまっていることに。母や父、周りの人は大きく影響を受けていないことに。むしろ笑われたりして(笑)。 (・・;)

で、あれば、しっかり不備な状態である自分のこの瞬間を認めた挙句に、ちゃんと前に進むことための何かをしたほうがいい、と、かなり早期に思うようになっていたことを振り返り思い出せるんだよなぁ・・・。かけっこにしろ、木登りにしろ、おたまじゃくしを捕まえるにしろ、チョウチョを瞬間捕まえて放すことにしろ、できなかったら哀しいけど、それでもできるようになることをまだまだ選び続けられるかどうか?そのエネルギーをどうにかして確保するかどうか?

強さは、状態ではなく選択だ。「今日も強くある」と毎日選び直す行為の積み重ねが、結果として「強い人」を作る。生まれつき強い人などいない。そう見える人は、みな、どこかで折れた経験を持ち、それでも立ち続けることを選んできた人だ。

心理学では「強さ」をレジリエンス(resilience/精神的回復力)という概念で語る。レジリエンスは生まれつきの性質ではなく、習慣・思考パターン・サポートネットワークによって後天的に強化できるという立場が現在の主流だ。

レジリエンスを支える4つの要素:①自己効力感(自分はやれるという感覚)②社会的つながり(孤立しない環境)③意味づけの力(出来事に意味を見出す力)④感情調整力(感情を抑圧するのではなく、適切に処理する力)。この4つのうち、どれか一つが強ければ、他が弱いときの支えになる。

選び続けることの難しさは、毎日やってくることだ。一度決めて終わりではない。昨日選んだからといって、今日が楽になるわけではない。それでも毎日選ぶ。その繰り返しの中に、強さが育つ。

なので、成功パターンを学んで99,9%の確率に仕上げてしまえば、折れる場面も少なくなるし、たとえできなくても「次は大丈夫」という気持ちになって萎えないままいられる。しかも失敗から学べているゆとりすら生まれる。同じことだけを繰り返すのではなく、自分が成長していて、できる範囲やできることが増えていると、さらに強さが増していくことを実感できるようになる。すごーくいい循環ができあがる。

そして私はもう、自分のために怒ることや泣くことはめっきりない。年に1回とか?いやもっと少ないのかもしれない。世界観や正義や愛や冒険や生命の存在意義のために怒ったり泣いたりしている。そういう自分がかなり好きになり続けていく☆彡