テンプレート通りに入力していても、「書ける」とは言える。たぶん事務能力に近いもの。

  • 正確さとスピード:ミスをせず、決められた時間内に仕事をやり終える力。
  • PC・ITスキル:ワードやエクセルなどの基本ソフトやメールを上手に使う力。
  • スケジュール管理:仕事の優先順位を考えて、計画通りに進める力。
  • コミュニケーション:周りの人と連絡を取り合い、仕事をスムーズに支える力

そして、もっと高い段階になると、これらをもっと速く&早く処理できるようにするための設計までできるってことなんだろうね。

「本気で書けること」は違う。書けることは、技術だ。本気で書けることは、内側から出てくるものだ。技術は教えられる。でも「本気で書けること」は、その人の中にしかない。

私は10歳から27歳まで日記を書いていたので、「あー、今日は書くことがない!」と思ったことがあっても、忘備録にならないように、単なる入力で終わらないように、というもうひとひねりを鍛えてきたなぁという実感がある。特に絞り出すわけでもなく、脳内にあることをひっぱってきてまとめる感じ。

Expressive Writing:エクスプレッシブライティング研究(ペネベイカー):「感情を伴う深い書き出し」は表面的な記録と明確に区別され、心理的効果も大きく異なる。「本気で書けるテーマがあるかどうか」はその人の中に明確な問題意識・当事者性があるかどうかの指標になる。自分ごと化されたテーマほど筆が乗る、というのは経験則でもあり、認知科学的にも説明できる(自己関連性の高い情報は記憶・処理が活性化されやすい、という研究知見)。

英語で「本気で話せること」があるかどうか、という問いに置き換えても同じことが言える。何かを伝えたいという熱量が言語を超える。その熱量のない英語は、いくら流暢でも空虚だ。聞いていてわかる。この人は何かを言いたいのか、言わされているのかが。

心理レッスンでは安心した環境だとみなしていただいたあと、自分についての振り返りをしょっちゅうしてもらっているのだけれども、このときに話してくれることはおそらく、みなさんそれぞれ、「本気で書ける」内容になっている。もっとまとめて!というために、質問をしたり、相槌を打つ。深堀りのお手伝いをして、脳内整理。そのあとの「自分をかなり知った感」のすっきりした表情は、いつも私にとっての宝物になる。内容がいいとか悪いとかのジャッジメントでもないし、とにかくこのプロセスを経たことによって、これをまたもや再現できそうな感じがいいのだわー。

ひとりになっても、たとえばお風呂とか、たとえば歯磨きとか、たとえば風景を観ているときに、きっとやれるなぁって想うんだよね。

そうすれば、その気になったときに自分史くらいは書ける。本気で書きたいことが蓄積していくんだろうと思える。

あなたには、本気で書けることがあるか?本気で話したいことがあるか?その問いが、英語学習の動機の核心だと、私は本気で考えていて、Intrinsic Motivation=自己成長という突き上げてくるニーズは、こうして自分を整理整頓しないと、前には進めないから、と。そうしなければ、他者とコミュニケーションもできないし、他者が生まれ育ってきた文化を理解しようとする寛大さや知識も受け容れることができなくなっちゃうしね・・・。

さて、本気になって伝えられることを書き起こしてみませんか?