徹底しているLow-maintenance志向
自分でも呆れるくらいに、私の行動決定の第一要因は、「これは将来的にどのくらい手がかかるか?」というものなのであった。雑巾であろうが、食器であろうが、日々の生活はすべてこの基準点から来ているのだった。もう、自分でもびっくりしてしまうところなのだった・・・。(・_・;)
「Low-maintenance(手をかけない)」志向は、ミニマリズムとも重なる考え方で、根底にあるのは「決断疲れ(Decision Fatigue)」を減らすという発想。心理学の研究では、人が1日に下せる「質の高い決断」の数には限りがあり、些細な選択(今日何を着るか、何を食べるか)にエネルギーを使うほど、本当に大事な判断の質が落ちるとされている。
有名な例では、著名な経営者が毎日同じような服装で過ごすことが、この「決断の節約」の実例としてよく引き合いに出される。Steve Jobsとか同じだったよね?具体的な工夫としては、サブスクの食材宅配で献立を考える手間を省く、同じ形の服を複数枚持つカプセルワードローブ、支払いや家事を自動化できるところは自動化する、といったものが典型例。
ただし、Low-maintenance志向にも落とし穴はある。すべてを効率化しようとすると、逆に「効率化そのもの」に時間と気力を使ってしまい、本末転倒になるケースもあると指摘される。どこを手放し、どこは手をかけ続けるかの見極めこそが、本当のLow-maintenanceだとも言われる。
事業経営の面でも、この考え方は活きてくる。運営フローを極力シンプルにしておくと、少人数・限られた稼働時間のチームでも回せるようになる。今回のCSQプロジェクトでも、MさんやAさん、アルバイトのIくんの稼働時間をあらかじめ「ここまで」と決めて設計しているのは、まさにこのLow-maintenance志向の応用と言える。
住まい選びの分野でも、この志向は表れやすい。掃除やメンテナンスの負担が少ない素材・設備を選ぶ、収納から溢れないよう持ち物の総量を先に決めておく、といった工夫は、忙しい人ほど自然と行き着く生活防衛策とも言える。時間という有限な資源をどこに使うかという発想が、あらゆる場面に一貫して流れている。
「手を抜く」というより、「どこに手をかけるかを選ぶ」という感覚に近い。
化粧はしない。なぜか?たくさんの人に気を遣うという意識や行為そのものを省くため。さらに化粧を施す時間もなくなる。さらに、化粧直しも気にしなくていいし、食事のときも問題なーい!留めは、化粧落としをしなくていいことだよね。1日に20分から60分くらいは生産的なことに廻せるのよーう。すごくないですか?
私は実際、アメリカに行ってからずっと、年に数回くらいしか化粧をしなくていい社交システムを作ってきていたので、実際この年齢になってもすっぴんがさほど汚いわけではなく、むしろ褒めていただけるくらい。よかったよー。
猫の器にしても、あの唾液の粘々をすぐに洗い落とせるデザインを選ぶようにしている。しかも、アクリル製の毛糸をスポンジ替わりに使うと、本当に2-3周こするだけで大丈夫なの。洗剤も要らないしね。
料理を作るときも同じで、冷蔵庫を何度も開けないように、3-4回(冷蔵庫・冷凍庫・野菜室)開けるだけで4-5品作れるように導線を作っている意識化も、もう長年のクセです。食器棚から食器を取るときも同じで、映像でできあがりが脳内にあるので、並べちゃう・・・。イレギュラーがあると時間がかかるんで、面倒なことになるんで(さほどじゃないのもしれないけど・・・)計画通りに再現できるように流していく感じです。
Blog記事を書くときも同じで、システム化されていることに「感情や想い出の引き出し」を合わせていく感じなのかなぁ・・・。
髪の毛がショートじゃなくて、まだ長くしているのもLow-maintenanceだからなのだ!美容院には行きたくないし、コームすらしたくないくらいで(笑)。
手が掛かっていいところは、本を読むとか、PCでの調べものでたくさんWindowsを開けて比較したりってやつですかね。なるべく少なくはしたいけど、2つ以上を比較しないといけない場合に対応した、タブの作り方も進化したしねぇ。便利だ!よかったよ、本当に昭和時代よりずっと技術革新して。ゼッタイに戻りたくないです、あの頃には。
というわけで、私のLow-maintenance生活はずっと続いていくんだろうなぁ・・・(笑)。







