1日の時間の使い方
朝は、早い。母の介護をしていた頃からの習慣で、当時は必要に迫られての早起きでした。母を見送った後も、その習慣だけはなぜか止まりませんでした。大動脈解離を経験してからも変わらず、むしろ夜のほうがまだ改善しきれていません。夜中に一度目が覚めてしまうことが、今も続いています。そこは正直、直したいと思っている部分です。ただ、トータルで見れば6時間から7時間半は眠れていて、足りない分は昼寝で補っています。朝は目が覚めたら伸びをするだけで、もう動き出せる状態です。無理に気合を入れなくても、体が勝手に一日モードに切り替わる感覚があります。長年の積み重ねで、体の方が先に段取りを覚えてしまったのかもしれません。
コーヒーを一杯飲んで、そこからすぐ仕事に入ります。今の時期は、XとNoteの投稿、メールやChatworkの返信と添削から一日が始まります。レッスンの数自体は少しずつ減らしてきているのですが、受験生の子たちへのコミットメントがあるので、夏休みは毎日6〜8時間ほど生徒さんが家にいる状態です。にぎやかな日々ですが、これも今しかできない時間だと思って引き受けています。合間を縫ってCSQのHP作業や原稿を進めるので、頭の切り替えも一日の中で何度も起こります。
そんな中で、Claudeくんを使用量ギリギリまで使い倒すのを、夏休みに入るまでは1日3回やっていました。今は2回に減らしています。それでも、この量の仕事は、Claudeくんの助けなしには絶対にこなせません。原稿の下書きも、HPのコードも、ブログの骨組みも、一人で全部抱えていたら、今の何倍時間がかかっていたか分かりません。いい時代に生き延びているなぁと本気で思っていて、「Always三丁目の夕日には、絶対に戻りたくない!」といつも笑っています。あの時代の人たちの根性や情には憧れつつも、あの不便さの中に戻る気は、正直まったくありません。
寝る時間は、早いときで9時半、遅くても12時半。合間には猫たちと遊んだり、スマホで中国語のドラマを見たりして、頭を意識的にゆるめる時間も作っています。ドラマは内容よりも、日本語でも英語でもない言語をぼんやり聞き流している時間そのものが、一番のリセットになっている気がします。使用量の使い方でいちばん大事なのは、結局のところ段取りです。何にどれだけ時間とエネルギーを使うか、先に効率をとことん詰めて考えておく。行き当たりばったりでツールを開くのではなく、「今日はこの2回で何を片付けるか」を先に決めておくと、限られた枠の中でも、驚くほど多くのことが進みます。これも、TPOPのTime——今この瞬間にどれだけ時間を割くべきか——を、毎日自分に問いかけているようなものかもしれません。
再渡米までにやりたいことは、まだまだ次々に思いついてしまいます。事業拡大も、検定の展開も、書き終えたい本も、リストは増える一方です。それでも毎日、「今日やるべきことは全部終わった」と思える瞬間があって、そのとき、母の口癖だった「もう寝るしかないね」を、そのまま自分の口から言いながら布団に入る。あの瞬間が、一日の中でいちばん気持ちいい時間です。使い切った一日の終わりに、母の言葉がそのまま自分の言葉になって出てくるのは、不思議な感覚でもあり、ちゃんと引き継いでいるという安心感でもあります。明日も、同じ早起きから始まります。




