介護バイトおしまい!の感想
旧ヘルパー資格は、取得までに数か月かかります。それでは間に合わないので、2日間の研修で取れる重度障害訪問介護の資格を取りました。動機は、実はけっこう多層的でした。自分が死ぬ覚悟を持つため。日本でどうして老後を過ごしたくないのか、その確信をしっかり自分の中に持つため。夜の見守りなら、CSQの作業がサクサク進められそうだと思ったから。それから、時給が悪くなかったことに加えて、夜勤に入れば強制的にお酒を飲まない日を作れる、というのも実はけっこう大きな動機でした。外に出ることで少しは健康にもいいかな、という軽い下心もありました(笑)。
結果から言うと、目論見はことごとく外れました。2つの現場に入ったのですが、1つは研修1カ月のあと、実際のシフトを2回やっただけでリタイヤ。もう1つは続けたい気持ちもあったのですが、日中のシフトだったので他の仕事との両立が無理で、しかも日曜日だったので、CSQの検定試験の直前まではできる、と正直に伝えてリタイヤしました。想定していた「夜の見守りでCSQ作業を進める」という理想の形には、結局一度もたどり着けませんでした。
やってみて分かったのは、介護という仕事は、私には根本的に向いていないということです。対等な関係ではなく、「してさしあげる」という構図自体が、私にはすでにかなりいびつで無理があるように感じられました。そしてもう一つ、私は言われる前に動いてしまう性分で、これが本当に向いていない。よかれと思ってやったことは、だいたい結果としては悪くないんです。でも、「訊いてからやって!」と言われてしまう。この一言に、私自身の中の信頼構築のやり方への疑問が残りました。相手の意思を先回りして汲み取ることと、相手に確認せず勝手に動くことは、似ているようでまったく別物なんだと、痛いほど実感しました。CSQの場面ではこの「先読みして動く」は強みになるのですが、介護の現場では、その速さそのものが相手の主体性を奪う行為になりかねない。同じ性質が、場面によって長所にも短所にもなるのだと、身をもって学びました。
一方で、収穫もちゃんとありました。自分がいずれ介護される側になったとき、何が課題になりそうかが、かなり具体的に見えてきたことです。これは、実際に現場に立ってみないと分からなかったことなので、貴重な体験でした。「訊いてからやって」と言われて初めて、指示を待つ側の気持ちや、逆に自分がされる側になったときにどう振る舞われたいかを、具体的に想像できるようになりました。老後を日本で過ごしたくない理由についても、確信がさらに強まりました。もし将来お世話になるとしたら、対等な関係性を保ちながら支援を受けられる仕組みの方が、自分には合っていると感じます。
軽やかにまとめると、私が介護に向かなかった一番の理由は、とにかく大雑把すぎるから、これに尽きます(笑)。細やかな確認と、相手のペースに徹底的に合わせる丁寧さが、この仕事には必要です。私はどうしても、先に動いて、あとから調整するタイプ。CSQの仕事にはこの性分がぴったりですが、介護の現場では、それがそのまま弱点になりました。向き不向きって、こういう形ではっきり出るんだなと、身をもって学んだ2つの現場でした。今回の経験は、履歴書には残らないかもしれませんが、自分の輪郭をくっきりさせてくれた、という意味では十分に元が取れた2日間の研修だったと思っています。ちなみに、肝心の「お酒を飲まない日を作る」という下心の方は、見事に不発でした。日曜日、シフトを終えて家に戻ると、21時半を過ぎたあたりから結局いつも飲み始めていたのでした(◎_◎;)







