今回たどるのは、生まれ落ちた場所そのものです。親、時代、場所、性別。これらは、どれも先天的に決められてしまっていて、自分には選択肢がなかった部分です。総浚えシリーズの前編、その1では「なぜ退行が必要なのか」を扱いましたが、退行の先に必ずぶつかるのが、この「選べなかった出発点」です。育っていく過程で、この出発点を全肯定できるようになったかどうか。そこが、その後の人生を大きく分ける一つの分かれ目になります。

「あなたを待っていた世界」というタイトルには、望まれて生まれたのか、それとも望まれる気持ちが薄かったのか、という問いを込めています。誰が、どんな気持ちで、自分の誕生を待っていたのか。両親そろって心待ちにしていた場合もあれば、片方だけだった場合、あるいは血縁ではない誰かの方が、実はいちばん待っていてくれた場合もあります。大人になってから知ることもあれば、一生分からないままのこともあります。

現実には、「できてしまった」と思い、堕胎を考えた親だって存在します。そういう出発点を持つ人も、実際にいます。それを本人が知るのは、ずっと後になってからのことも多いはずです。ここをどう受け止め、どう解釈するか。それが、その後の人生にどう影響していくか。これは、一人ひとり全く違う課題です。

「親ガチャ」という言葉があります。生まれ持った環境や親を、ガチャガチャの当たり外れになぞらえた言葉です。この言葉が広く使われるようになった背景には、相対評価の中に自分を置いてしまうと、どうしてもつらくなって、そこで立ち止まってしまう人がいるという事実があるんだと思います。誰かと比べて自分の出発点を測る限り、必ずどこかに「もっと恵まれていた人」が見つかってしまいます。その比べ方自体が、しんどさの一因になっているのかもしれません。

正直に言うと、私にはよく分からないことがあります。生命を与えられたということそのものに感謝するのではなく、むしろ「自分が持っているものは豊かであって当然だ」という前提から出発してしまう感覚が、なぜ生まれるのか。そこから先、寄付や貢献、献身という発想に至らないのは、なぜなのか。乗り越える、という選択肢が視界に入らないのは、なぜなのか。私自身は、与えられたものに対して、まず感謝が先に立つタイプなので、この感覚の違いには、正直なところ戸惑いもあります。

ただ、これは責める話ではないんだろうとも思います。全肯定できるようになるまでの道のりは、周りにどんな支えがあったかによって、大きく変わります。感謝や貢献という発想にたどり着くには、まず自分自身が十分に満たされた、という実感が土台として必要な場合も多いはずです。同じ出発点でも、そこから育っていく過程が全く違えば、たどり着く場所も違って当然です。

一方で、こういう人たちも、ちゃんと実在します。毎年誕生日を迎えるたびに、心から愛する人たちに囲まれて、本当に幸せな気持ちでその日を祝ってもらえる人。生まれてきてよかった、と何度も実感できる人。これは、生まれつき与えられた運の良さだけで片づけてしまうには惜しい話だと、私は思っています。そこには、その人自身が周りとどう関係を築いてきたか、という積み重ねも、確かに関わっているはずです。もらえて当たり前のものではなく、構築されてきたものでもある。出発点は選べなくても、そこからどう育て、どう関係を紡いでいくかは、本人にも、周りの人にも、ちゃんと余地が残されているんだと思います。

次回は、この「選べなかった出発点」を、もう少し具体的な記憶をたどりながら見ていきます。