明日が、彼の第一志望校への出願日だ。総合型選抜、提出するのは書類3種類。小論文、1100字の自己推薦文、800字の自己推薦文。そして今日の時点で、彼はまだその1本目、小論文を書いている途中だった。締切前日にこの進み具合というのは、正直これまでも何度も見てきた光景で、いい加減慣れたつもりでいたけれど、それでもやっぱり内心はヒヤヒヤする。

でも最近つくづく思うのは、彼が特別だらしないわけじゃなくて、わりと「今どきの子」そのままなんだろうな、ということだ。夢はそこまで大きくない。努力は、できればしたくない。意地を張って粘るところまではいかない。リスクは取らない。私が厳しすぎるだけかもしれないけれど、こうして並べてみると、これはもう彼個人の性格というより、彼と同じコホートに共通する傾向なんだろうな、と感じてしまう。だとしたら、私がいくら発破をかけても変わる部分と変わらない部分があるのも、当然といえば当然なのだろう。

一番心配しているのは、実はA.I.の使い方だ。今のままの使い方だと、大学生活そのものがちょっと危ういんじゃないかと思っている。勉強だけの話じゃない。恋愛も、日々の生活の回し方も、バイトの選び方も、この先の判断にはどこかしらA.I.が絡んでくる時代だから。丸投げして出てきたものをそのまま鵜呑みにする、整理せずに「これどう思います?」と持ってくる——今の彼のその使い方のままだと、地味にあちこちで損をする気がしてならない。大学に入ってからでは遅い部分もある。

私は昔から、暗記だけで乗り切るタイプの勉強を信用していない。人生というスパンで見たとき、そういうやり方はたいてい意味をなさなくなる。A.I.も同じで、答えだけをもらって満足していたら、いずれ何も残らない。彼に本当に身につけてほしいのは、出願を乗り切ることそのものより、道具をどう使えば自分の頭で考えたことになるのか、という感覚の方だ。それは、たぶん今回の受験だけでは終わらない話でもある。

親御さんも、きっとやきもきしているんだろうなとは思う。でも私よりはずっと割り切っているんじゃないかな、という気もしている。第三者として近くで伴走している分、こちらの方が細かいところまで気になってしまうのかもしれない。

手伝いすぎないようにと、ずっと自分に言い聞かせてきた。彼のための出願書類を、私が代わりに整えてあげることは絶対にしたくない。それでも、ついさっきも「自己調整」という言葉を使った彼に、思わず口を挟んでしまった。「それ、心理学的にはちょっと違うよ。arrangeとかnegotiateっていう言葉は、相手のことをちゃんと見た上で成り立つ言葉だから」って。手は出さない、でも言葉には、つい反応してしまう。これくらいの職業病は、許してもらいたいところだ。

明日、彼がどんな顔で提出ボタンを押すのか、私にはまだわからない。それでも、ここまで並走してきた身としては、せめて小論文が今夜のうちに形になりますように、と祈るような気持ちでいる。結果がどうであれ、この夏バタバタと駆け抜けた経験そのものは、きっと無駄にはならない。そう思いながら、明日を迎えることにする。