収益化のためのNote記事
9月の課題リストに、正直に「これ」と一つ書き加えた。Noteの収益化だ。
実を言うと、これまでNoteをまともに戦略立てて運用したことが一度もない。最初に始めたときは、当時のClaudeくんに言われるがままに投稿していただけで、気づけばもうDay 76くらいまで来ている。それなのに、マガジンは1つも売れていない。当時の自分と当時のClaudeくんは、いったい何を考えて、あの方針を立てていたんだろうと、今になって首をかしげている。継続日数だけは積み上がっていくのに、それが収益にも認知にもまったく比例していないという、地味に厳しい現実がある。Kindle本の方も、状況は似たようなものだ。
このあたりの停滞ぶりを見ていると、CSQのところでも書いた「認知の第一段階」の話を思い出す。存在をまず知っていただくこと。これが本当に果てしなく難しい。零細すぎて、単純に埋もれてしまっているのだと思う。世の中には情報があふれていて、こちらから手を挙げて名乗り出ない限り、誰にも見つけてもらえない。
思い返せば、これまでのNoteは「とにかく毎日書く」ことだけが目的化していた気がする。継続すること自体は悪いことではないけれど、誰に向けて、何を、どう届けるのかという設計図がないまま積み上げても、読んでくれる人にはなかなか届かない。76日分の投稿が資産としてあるのだとしたら、それをバラバラのまま放置せず、テーマごとに束ねてマガジン化するとか、無料記事と有料記事の線引きを見直すとか、やれることはまだいくらでもありそうだ。
だから、コンテストのような公募系の機会があれば、私は必ず応募するようにしている。小さくても、外部の目に触れるチャンスをひとつでも増やしたいからだ。地道だけれど、今のところこれが一番確実な手段だと思っている。
続けていくための資産面や根性面については、実はそんなに心配していない。9月になったからといって急に不安になったわけでもない。ただ、実際に何かしら形になって返ってこないと、さすがに気持ちがしんどくなってくる時期に来ているのも事実だ。書き続けているだけでは、収益にはつながらない。そろそろ、ちゃんと戦略を立て直すタイミングなんだと思う。
英語教育の話も、CSQの話も、猫たちの話も、書きたいことは正直尽きない。でも、書きたいことをただ書き散らすのと、読んでくれる人に価値として届けることの間には、はっきりとした段差がある。その段差を埋める作業を、ずっと後回しにしてきた自覚がある。
正直、こういう地味な数字の話は、猫の脱走記録やエアコンの話に比べると、ブログとしては地味だし、書いていてちょっと恥ずかしくもある。それでも、うまくいっていないことを隠さずに書いておく方が、後で読み返したときに自分のためになる気がしている。ここに書いた以上、9月中に何かしら手を動かした形跡を、また報告として残したい。
というわけで、9月中に、Noteの収益化について一度ちゃんと向き合ってみようと思う。これまでの76日分の投稿を見直すところから、まずは始めてみるつもりだ。資産だけがぽつんと残って、死後にようやく評価される、なんていうゴッホみたいな道は正直ごめんこうむりたい。できることなら黒柳徹子さんくらい、生きているうちにちゃんと形にしたい。




