今日は久しぶりに、仕事を忘れて過ごした一日だった。近所に住む方が、地元の鰻屋さんに連れて行ってくれた。店の名前は「兼光」。

驚いたのは、建物のたたずまいだった。あたり一面、田んぼが広がる中に、ぽつんと御殿のような建物が建っている。銀座あたりのビルに入っている高級料亭を、そのまま田園風景の中に移してきたような佇まいだ。店内には大きな水槽がいくつも並んでいて、そこで鰻が生きたまま泳いでいる。都会のど真ん中でこの規模を出そうとしたら、地代だけでとんでもない額になるはずだ。それが、この土地では田んぼの中に堂々と建てられている。そのギャップ自体が、もう一つの見どころだった。

一緒に働いているプレスのコーディネーターの中に、面白い経歴の男性がいる。髪の長い、東京でエスティローダーのメイクさんをしていた人だ。18歳のときに上京して、長年メイクの仕事をしていたけれど、子どもが生まれたタイミングで、ちゃんとした環境で育てたいと地元に戻ってきたのだという。今の市域とは少し違う、海沿いの町の出身らしい。その人が教えてくれたのが、この土地が実は鰻の生産量日本一だということ。鰻といえば真っ先に名前が挙がるあの浜松よりも、実は生産量が上だというから驚いた。東京に長くいた人が、地元に戻ってきてから初めて誇らしく語れることというのが、なんだかいいなと思った。

私が頼んだのは、ひつまぶし。お値段は3,500円ほど。もしこれが銀座のお店だったら、1万円近くしてもおかしくないだろうと思うくらいの内容だった。正直、これまでの人生で食べた鰻の中でも一、二を争う美味しさだった。ふわふわで、脂がしっかり乗っていて、口に入れた瞬間にとろける。生きたままの鰻をその場で締めて、すぐに焼いているからだろうと思う。鮮度の良さが、そのまま皿の上に出ていた。焼き加減も絶妙で、香ばしさと脂の甘みのバランスが崩れていない。長年、贅沢とは縁遠い暮らしをしてきた身としては、これまで食べてきた鰻の記憶をすべて塗り替えられた気分だった。

しかも、なんと、この日一緒に働いている笙子さんという女性が、ご馳走してくれた。思いがけない優しさに、驚きながらもじんわり嬉しかった。慣れない土地で、こうして人の温かさに触れる瞬間があると、それだけで一日の疲れが吹き飛ぶ。

思えば、決して贅沢な暮らしをしてきたわけではない。それでも、今日食べた鰻は、これまで食べてきたどんな鰻よりも記憶に残る味だった。

考えてみると、今回の遠征で出会う人たちは、どこかしら「一度外に出て、また戻ってきた」経験を持っている人が多い。プレスのコーディネーターの彼もそうだし、この土地自体も、全国的な知名度では浜松に一歩譲りながら、実際の生産量では静かにトップを走っている。目立たなくても、実力ではしっかり結果を出している。そういう構図に、なんとなく親近感を覚えてしまう。派手な看板を掲げなくても、中身で語れるものがある強さというのは、CSQのような、まだ知名度で戦えていない自分の事業とも重なる部分がある気がした。

田んぼの中の御殿と、地元に戻ってきた人の話と、生産量日本一という誇り。ひとつの鰻重の向こうに、知らなかった土地の顔が見えた気がした一日だった。