現場で一緒に働いている方の中に、驚くほどすごい経歴の持ち主がいた。桑原ひろとさん。メイクアップアーティストであり、アートディレクターでもあり、日本独自の世界観を表現するアートユニットを主宰されている方だ。「顔」に対するプロジェクションマッピング作品は、公開1週間で500万再生を超えたという。調べてみたら、ご本人のWikipediaページまであった。

正直、最初は「なぜこの現場に、こんな方が?」と不思議に思った。本人に聞いても、理由は単純明快で、近所だから、ということらしい。輝かしい経歴とは裏腹に、飄々とした人で、毒舌なことを言っていても、まったく嫌な感じがしない。むしろ、その毒舌のかわし方の軽やかさに、何度も笑わされた。そういう人柄も含めて、話していてとても面白かった。ありがたいことに名刺までいただいたので、この現場が終わったあとも、フリースクールなどいろいろな場を紹介してもらえる予定だ。すごい肩書きの人と知り合えただけでなく、そこから先の縁までつながりそうで、今回の現場に来てよかったと思う出来事のひとつだ。

うなぎの店を教えてくれたのも彼だったけれど、それ以上に印象に残ったのは、お子さんの話だった。結婚したのはかなり遅く、お子さんができたのは45歳のとき。産婦人科でエコーを見せられ、2つの「ドクンドクン」という心音を聞かされて、そこで初めて「親になる」と腹をくくったのだという。恋や愛にどっぷり浸って授かった、というタイプの話ではないらしく、本人も笑いながらそう振り返っていた。それでも、心音を聞いた瞬間に覚悟が決まったというのは、理屈を超えた何かがあったのだろうと思う。

今は毎日、「今どきの夫・父」であろうと頑張っているそうで、独身時代とは完全に別のステージだと嘆いていた。夫婦げんかも、暴力ではなく言葉での応戦なのだけれど、勝てないことはわかりきっているから、せめて「負け方」を工夫している、というのが彼らしい。そういう自虐まじりの語り口が、また飄々としていて面白い。すごい実績を持つ人でも、家に帰れば一人の父親として、言葉の応戦で四苦八苦している。その落差がなんだか愛おしく、こちらまで肩の力が抜けた。

華やかな経歴を持つ人ほど、気負って自分を大きく見せたくなるものだと思っていたけれど、桑原さんはまったく逆だった。すごい肩書きよりも、近所だから、家族のために、という等身大の理由の方を、ずっと大事にしているように見えた。この土地で、こういう人とたまたま隣り合って働けたことは、今回の遠征で得た小さな、でも確かな収穫のひとつだ。