コンビニ弁当と、母の教え
正直に告白すると、この遠征生活で一番不安なのは、体力でも仕事でもなく、食べ物かもしれない。こんなにコンビニ弁当が続いたら、いつか本当に体を壊すんじゃないかという恐れが、じわじわある。
思い出すのは、母の口癖だ。「コンビニのおにぎりは月に1回しかダメ」。理由は添加物。子どもの頃は、正直かなり厳しいルールだと思っていた。友達は気軽にコンビニで買い食いしているのに、なぜ自分だけ、と思うこともあった。母は昔から、そういうことにはとことん頑固な人だった。理屈で説明されるというより、「ダメなものはダメ」という調子で押し切られることが多かった気がする。
その反動もあってか、渡米してからは、コンビニに頼ろうにも頼れない生活になった。サンダルをつっかけておにぎりを買いに行けるような場所は、そもそも近所になかったからだ。だから自然と、3合以上お米を炊いて、具も自分でプランして作るのが日常になった。振り返れば、それは母がずっとやってくれていたことと同じだった。彼女はいつも、コンビニ食が増えていく世の中を嘆きながら、きちんとご飯を作ってくれていた。その頃はありがたみをそこまで意識していなかったけれど、今になって、あれがどれだけ手間のかかることだったか、身にしみて分かる。実際、渡米後の私自身も、致し方ないとき以外は、ほとんどコンビニで食事を済ませることはなかった。自分で炊いたご飯を毎食用意するのが、いつのまにか当たり前になっていたのだと思う。
それが今回は、この状況が続いている。さすがにこれは異常だな、と自分でも思う。とはいえ、毎晩外食をしていたら、1食3,000円は軽くかかるし、お酒も入ってしまうだろう。それが3週間も続いたら、それはそれで別の意味で体に悪そうだし、財布にも優しくない。コンビニ弁当か、外食で散財か。どちらを選んでも一長一短で、結局、19日・20日のお休みでどれだけ自炊に近い環境を作れるかが、この先の体調を左右しそうな気がしている。母の口癖を思い出しながら、せめて野菜だけでも意識して選ぼう、とコンビニの棚の前で立ち止まる自分がいる。厳しかったあのルールは、こういう場面でふと蘇ってくるものらしい。
62歳になった今でも、母が言っていたことの正しさを、こうして体感する場面が増えてきた。当時は反発心の方が強かったけれど、今になって振り返ると、あれは「面倒でもきちんと作る」という生き方そのものの教えだったのだと思う。遠征が終わって家に帰ったら、しばらくは意識してちゃんとしたご飯を炊こうと思っている。




