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なぜ勉強するのか?

01/29/2008 にアップした文章です。


最初に受験生に逢ったときに、私はこれを聞いてみました。「いい大学に入りたいから」という答え。「ではなぜいい大学に入りたいのか?」と聞いてみると、「いい会社、安定した仕事に就きたいから」という答え。「なぜいい会社、安定した仕事に就きたいのか?」と聞くと、「ちゃんと食べていけるようになりたいから」とのこと。間違った答えではないのだろうけれども、3人いて、3人から同じような答えをもらったあと、私は今後、これをみんなに聞いていかねばなぁと思ったのです。統計を取ることに生命を燃やしているわけではなく、教える側として、「学ぶヨロコビ」をどうしても、瞬間でも、得てもらいたいと意地のように思ったわけです。

意地のように思ったわけではなくて、もう、これは本当に意地なんだろうなぁ(苦笑)。

意地:(1)自分の考えを通そうと思う気持ち。強情な気持ち。(2)気だて。気性。心根。(3)物をむさぼろうとする気持ち。特に、食べ物に対する執着。(4)〔仏〕 六識(ろくしき)のうちの、意識。心のはたらき。

勉強:(1)学問や技芸を学ぶこと。学習。(2)ある目的のための修業や経験をすること。(3)(商人が)商品の値段を安くして売ること。(4)物事にはげむこと。努力すること。(5)気が進まないことをしかたなくすること。〔(4)が原義〕

学習:(1)まなびおさめること。勉強すること。(2)〔生〕 生後の反復した経験によって、個々の個体の行動に環境に対して適応した変化が現れる過程。ヒトでは社会的生活に関与するほとんどすべての行動がこれによって習得される。(3)〔心〕 過去の経験によって行動の仕方がある程度永続的に変容すること。新しい習慣が形成されること。(4)〔教〕 新しい知識の獲得、感情の深化、よき習慣の形成などの目標に向かって努力を伴って展開される意識的行動。

私は子どもの頃には、まったく勉強のヨロコビというものを知らないでいたかのように誤解されるのですが、学校での勉強が嫌いだっただけで、学ぶことについてはとても楽しく感じ続けていたのです。学習と勉強は、おそらく違うものである、ということを疑い始めたのは、それよりずっと後の渡米後の英語学校でのことで、それも勉強と学習の違いをそれほど意識したわけではなく、大学に戻って心理学を学び始めたときに、はっきりとわかるわけです。英語でいうところの、Study vs. Learningの違い。私は学ぶことは歓んでしたのですが、どうも勉強はやりたくなかったようだ・・・。それでも、避けて通れないことがわかり、「学ぶためには勉強もせねばならないので、Give and Takeだからがんばろう」と自分に言い聞かせていくことを、30歳過ぎてようやく学んだのですな(笑)。

私自身が30歳過ぎてから学んだことを、どうして10代の子どもたちや、英語学校の若い生徒さんたちに押し付けることができるものか!と思いつつ、30歳まで待たずとも、もっと早く学ぶヨロコビがわかってもらえれば、そのあとの人生はうんとラクになるのではないか?と、日々励んでいるわけです。

私の生徒さんの中には、高校生の女の子がいます。毎週3時間もいっしょに学んでいると、彼女のバックグラウンドや家族や考え方などがよくわかってきます。彼女は、やはり勉強は面倒くさいと思っています。ただし、とても優秀です。学校では、学級委員だし、英語のスピーチ大会にも進んで出るし、目標は親掛かりではあるものの持っているし、なりたいものも薄らぼんやりではありますが、絞れてきています。何よりも、彼女がステキなのは、「どんな人間になりたいか」がわかっていること。「あれやこれをする人間にはなりたいけれども、あんなことやこんなことだけは絶対にしない人間でいたい」ということを、熱く語ってくれます。いや、最初は言葉少なで、私も苦労したんですが・・・。

彼女の家は、裕福なので、私はお母さんにお願いして、Discoveryチャンネルを入れてもらい、毎日30分番組を2本か、1時間番組を1本、英語で見てもらうようにしています。自然と、ボキャブラリーが1日のうちに30個くらいは増えるためで、彼女が嫌いなジャンルである、生物や科学全般や歴史や社会科学が満載だからです。この作戦はうまく行っており、彼女は事件モノに嵌まり、なぜ?を追求したくなってきたようで、ミステリを解くためのツールをだんだん手に入れてきました。ヒントを拾い集めるアンテナを持つことは、テストでも技術とは言え、有効な武器です。

もうひとりの高校生の女の子は、ホームステイでNew Zealandに4月12日まで行っており、最後のレッスン日には、Hugをしてさみしい気持ちになってしまいました。今頃どうしていることやら・・・。3週間に一度、親御さん経由でお手紙を書いてくれるように頼んだのですが、まだ3週間経っていないので、第一便は来ません。彼女は、とにかく聴けて話したい!とだけ思っており、読み書きを避けたいと思っています(笑)。

みんな、学校から押し付けられた勉強をせねばならず、本当に気の毒だと思うのです。文部科学省もかなりいい加減なことは自明で、いじめによる自殺を認めなかったことははるか彼方の過去の出来事のようですが、今も続いています(新しいニュースがどんどん出て、みんな忘れていくのよね・・・)。円周率はいまだに3.0ですし・・・。http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/youryou/111/020101a.htm 言い訳はいろいろしていますが、本当に各小学校で、この理屈を反映させているかどうかは疑問・・・。

勉強だから、決められたことだから、というのがネックになっており、自発的なやる気は、むしろ勉強よりも「学習」に大きく因ります。成果が出る、だからまたやってみる、楽しい、さらに続ける、というプロセスです。指導する側のほうは、苦労して勉強ではなく学習を試みているのでしょうが、大企業のセミナーなどを見ても、「会社がやっているんだから、出ないとまずいだろう」と思いながら来ている人たちは、欠伸をしたり、それこそ居眠りをしたりして、ほとんど聴いてもいません。おもしろければ起きているんでしょうが、おもしろくないんでしょうね・・・(汗)。参加型のセミナーは増えてはいるものの、義務感を拭わなければ、なかなか実に結びついていきません。

私は予習は一切出さない主義です。ひとりで悶々とわからない問題が出てくるかもしれない練習問題を、忙しい人々にさせるのは気の毒すぎます。それよりも、ちゃんと授業を受けたあと、理解したかどうか、解けるかどうか、で、自分の学習度合いをわかってもらったほうがいい。しかも、私は体調チェックを怠りません。ダメなときもありますさ、と励ましています。寒いとジャミラみたいな肩で教室に来る人がいますが、そんなに凝り固まっていたら、学ぶ体制じゃないですもん(笑)。

昨日の自分より今日の自分、少しくらい休憩してもいいから、明日の自分はもっと成長していたい。そう思ってもらえるために、学習はしてもらいたいですが、勉強はソコソコでいいんでしょうねぇ。IQだけで人の賢さを測るのではなく、EQ(Emotional Quotient:情緒指数)とのバランスを考えないといけません。校長センセが普段からおっしゃっている倫理観やモノの考え方というのは、ここに大いに関連していると思うのです。

勉強するのが楽しくて仕方ないと思うようになるまでには、「たくさんの学習の成果が続くこと」が必要になってきます。西さんも旧帝大を出ていますが、「勉強なんてつまらなかった」と即座に言います。でも、大人になってからは、なぜか勉強も楽しいようだ・・・。私も大人になるまで楽しいと思えなかったのだから、若い生徒さんたちには、どうしても押し付けることなく、「たくさんの学習の成果が続くこと」を体験してもらいたいと思っています。

そして、今日は、受験生のお守り代わりに持たせるものは何がいいのかなぁと考えているところです。

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