日本と米国の教育の大きな違いは?

私はほぼ皮肉的に自慢しているのですが、小学校から大学中退まで、日本ではほぼ勉強をしない子で、授業をまじめに受けた、という記憶がないです。いつも黒板を観ても「次の日直まであと何日」と数えていたり、校庭を見てドッヂボールのうまいランキングをつけていたり、教科書にいろいろ妄想を書いたり、イラストの練習をしたり、友だちに手紙を書いていたり、とまぁ、やることは山ほどあったようです(笑)。あ、よくやったのは本を読んでいましたね (・・;)

 

なぜだったのかは、アメリカに渡ってからわかるようになります。

 

講義型ではなく、参加型だったら、私はもっと勉強をする子になったと思うんですよね。そして、24歳を過ぎて、参加する楽しさを知るのです。そういえば、日本でも学級会・理科の実験・体育・図工・技術家庭は、それなりに記憶があるので、そこは授業を受けていたというより、参加していたと思えるのです。アメリカでは、航空専門学校もアダルトスクールも大学もみな驚くべきことに参加型なのですねぇ。講義の部分はミニマムにして、参加させることで先生がサボっているように見えるけど、よく作られていたと思えるのです。なので、マンモス大学である UC Berkeleyでは、コアの授業になっているものが大嫌いで、大講堂で200名くらいの生徒で講義型になるもので発言ができないと、やはりどのようにノートを作るか、で勝負が決まるなぁと思ったりしていました。

 

参加型のよいところは、常に「自分で答えを考える」というプロセスが入ります。誰かの顔色を観て少ない質問に「正答する」を目指すのではなく、多くの他者の考える段階をしっかりとつぶさに見える、というアドバンテージが加わります。そして自分の考えるプロセスを他者に観てもらえて、意見の交換ができるのは、毎日5時間授業を受けていたとしたら、生涯でものすごい差ができると思うのです。大人になって社会に出て仕事をする前で、ものすごい差に既になっていると思うのですよ。

 

アメリカでは就職をした段階で、すでに能力の評価はシビアに始まります。なぜならば、大学生のときにすでにインターンシップがあるからで、そのときに失敗したり、試行錯誤したりすることは社会的に広く許されていますが、お金をもらう段階になって「研修」というのは、なんだかとっても違う・・・。研修中は少ないお金であっても致し方ないので、終身雇用制度が日本では定着した、という考え方もありますが、実際には教育から始まっていると思えるのです。

 

日本よりもずっとアメリカのほうが学歴社会ではあると思います。ありがたいことに私はかなりいい大学を出たので、社会的評価は高いです。オマケです(^^♪

 

なぜ、小学校から大学までロクに勉強をしてこなかった私が、これほど世界スタンダードに通用したのか?と考えると、やはり「自分で考えて答えを出し、答え合わせが楽しかったから」に相違なく、この体験を元にPrecious One English Schoolは徹底的に参加型を心掛けています。

 

えええええ!こんなに喋らないといけないのー!?と思う生徒さんは受け始めたばかりのときは多いのかもしれません。が、楽しんでいただいています。しかも「質問を考える」というプロセスをしつこく付け加えているので、自分の考えがクリアになって、一歩一歩を進んでいる実感があるはずなのです。

 

倦むことなく、それにおつきあいするのは、脳内を垣間見えているようで、私にはとってもうれしいモーメントの連続です。これでごはんが食べていけるなんて、ものすごい僥倖なのだといつも思っております。

 

日本の教育を北欧型にするとか、いろいろな試行錯誤をしている様子ですが、なかなか実現しないですよね。そのために学校以外に塾があったりする・・・。そろそろ繰り返しの演習や勉強時間数にこだわるのはやめていったほうが、本当の意味で発展していくと思うのですが・・・。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です