海の上で燃え尽きる

04/08/2008 にアップした文章です。

詩的に表現しましたが、今朝のニュースを題材にしたもの。不謹慎かもしれない私の第一声は、「うはぁ。誰だろう、これ考えた人・・・」というもの。母は、「火葬」と「船」がどうしても繋がらなかったらしく、ひとりでぼーっと肩と首のあたりを揉んでいて、ニュースが進むまで想像できなかった模様。「船の上で火葬を」のニュース見出しでは、わからない人は多いのかもしれません。私はすぐにわかってしまい、なんと現実的で嫌なやつなのか・・・(汗)。

 

土地が少ない日本であるからこそ、地上に建てたくない施設や建物というのはたくさんあります。非常に現実的なのですが、火葬場もそのひとつ。今ほど輸送システムが発達していなかった昔では、火葬場の近くには、たくさんのお墓もあり、近所の人々は生活していく上で、自分たちの「生」を常にネガティブな心理に影響するそういった建物を疎みます。そりゃ当然の気持ちですから、責めたてられぬ・・・。

 

これを突き詰めて考えるに、日本人の心持や暮らしぶりというのは、大いに変化しており、職住隣接という考えは発達しても、祖先のそばにいつまでも居たいという人々よりは、さまざまな理由があるにせよ、お墓は遠くにあって当たり前のような風潮になっています。そのせいで、お墓サービスという産業までが発達し、代理人である会社のクリーニングの人々が、お墓掃除をしてくれて、お参りまでしてくれて、その写真をデータ化して送ってくれるのです。ちなみに、なんでこんなことを調べなくてはいけないのか、日本で最もお墓参りの義務感が発達している県民は、鹿児島県人だそうで、鹿児島の人々には、お墓参りは日常にまだまだ根付いているといるのですね。

 

家・家格・家名とその歴史の問題ですから、さまざまな事情が発生し、時の流れと共に、諸問題が生まれてきます。そのせいで、自分が住んでいるそばにお墓がないことは、私としては少しさみしい。たとえば父の実家のお墓というのは、歩いて5分の山の上にあります。ええ、山の中に住んでいるんですって(爆)。神道の神主をして、小さいながらも神社をひとつ持っているせいで、奥津城と呼ばれるお墓は、りんご畑のすそにあります。叔父の家に行くたびに、お酒やご馳走に預かる前に、必ず挨拶に行くのです。が、父は次男なため、母の母が購入した、永代供養料も納めてある由緒正しい日蓮宗のお寺に入っており、そこはあまりに遠すぎて、勢いだけではお参りに行けないのが、私としては心苦しいのです。アメリカに居るならまだしも、どうして気軽に、ひょこひょこと行けないのか、父もさみしがっていることでしょう。祖父や祖母のほか、早産した兄弟と母の弟である叔父も、同じお墓に入っています。お金も時間もかかるようになってしまったことに、なんだかさみしさを感じますね。

 

そして・・・、その心の負担を考えていた矢先です。なぜならば、お彼岸が過ぎて、私は今年は忙しすぎて、完全休日というものが持てておらず、どうしていいか、二進も三進も行かなかったのです。どこかでずっと気にしており、申し訳ないと思いながらも、母が手紙をしたためて、お寺にお金を送るところも見ているわけです。その状態でこのニュース。

 

きっとたくさんの人々が、今住んでいるところから、お墓は遠いと思うのです。だったら、もう少し、その心理を広げてみて、船の上での火葬というのも、取り入れてみればいいのに、と。

 

考え方としては、とても論理的で冷たいのですが、団塊の世代が老齢化したときには、火葬場の予約やその作業が追いつかなくなるであろうというもの。確かに、日本の人口分布を見てみると、今までの火葬場の数では追いつかなくなるだろうという推論には、かなり納得できるのです。他人様が死にゆくことを想定するのは、気が引けるのですが、避けては通れない道です。むしろ、ご遺体をそのままにしておくほうが罰あたりです。

 

http://www.nippon-foundation.or.jp/org/press/2007/08102.html 財団ぐるみでがんばっています。

これによると、すでに火葬までを1週間待たねばならぬ状態に陥っているそうです。

http://headlines.yahoo.co.jp/videonews/jnn/20080407/20080407-00000044-jnn-soci.html 動画がついているのでわかりやすいです。

 

事実、多磨霊園のように著名人もたくさん眠っている地域はあり、それがむしろ「街の名声」になっているようなところもありますが、今、多磨霊園に新規でお墓を持てる人などそうそう居るわけでもないし、火葬場はこの近辺ではあそこに頼っていますが、確かに「どうしていつもいつも霊柩車ばかりなんだろう・・・」という子ども時代を過ごした私としては、火葬場というのは、人々に疎まれる存在なのだろうということは理解できます。

 

船が火葬場であれば、老朽化した際には、スクラップにできて、土地問題はないので、移動すらできます。近海内の少し沖合いまで出て、セレモニーもそこで済ますことができれば、いいお葬式もできるのでしょう。ただ、お葬式代というのは上がることになるのでしょうが・・・。ただ、海の上で燃え尽きていく愛する人を見た自分は、「散骨してもいいかもしれない」と思えるようになるかもしれません。私は、JFK(John F. Kennedy)の散骨風景を見て、自分もそうしてもらおうと決心したのです。モノクロのニュース画像だったのですが、とても強烈でした。父方の神道や、母方の日蓮宗のほか、日曜学校のカトリックや、アメリカでの宗教学の基礎網羅をしたのちである今でも、やはり私には散骨しかないと思っています。私は女で、守るべきお墓がなく、今、父が眠る参っているお墓は、弟一家のものへと移行していくわけです。骨になってから、誰かといっしょにいたいとは、私は思っておらず、自然に戻してもらえればいいのです。もちろん、献体したあとの残りでいいですし。

 

私は、これを考えた人に、「頭のよさというのはこういうふうに使わないといけないよなぁ・・・」と、冷たいようですが、すごさを感じてしまった次第です。まぁ、これもビジネス化されると、人の生涯や死が軽率に扱われていくことになるのですが、最低限のビジネス化でお願いしたいと思います。

 

葬儀に参列するほうとしても、わざわざ時間を作って火葬場に行き、あの混雑している人々の苦痛・苦悶の表情に刺激されるよりは、海の上でカモメたちを見て、それぞれがデッキから海を見つめる時間が持てていいのではないかと、とても現実的なことを考えてしまう私ではあります・・・。私はあんなときに、小さい待合室に詰め込まれて、誰かと話すことは望みませんから。

 

そして、この発想をきっかけに、水上農園を作ることが実現して、日本の自給率も上がるといいなぁと思うのです。水上農園は効率がいいですよぉ。エジプト時代にナイル川でやっていたし、他の文明でもいくつかやっていたところがあります。日本の人々も、自分たちの土地の狭さを考えて、温故知新をして、そこから今できる知恵をバンバン出して、心意気は保ちながらも、生き延びていくことは可能だと思えたニュースです。が、たくさんの人々が混じっていくと、関わっていくと、いろいろ難しくて実現しないのかもしれないんですが、私は希望することはやめませんぜ・・・。

 

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