聴力の不思議

03/05/2008 にアップした文章です。

 

先週あたりから、生徒さんたちの切実なるListening Skillについて思いつめています。なぜならば、私が受け持っていたPre-TOEICの生徒さんたちを、今後も継続して教えられると思っていたところ、違う先生の違う曜日に移動してしまうことがわかったからです。TOEICのListeningセクションは、Part Iが写真を見て答えるもので、それについては9割以上の正答率がなければ・・・と焦っており、本当にそれくらいしかクリアしていない状態。いけません・・・。まずいなぁ・・・。

 

聴力:音を聞きとる能力。

音の仕組み基本編です。

 

まず、簡単なことでは、S+Vだけを最初は聴くようにする、次に、その次に、と、6段階くらいに分けた意識の持って行き方の指南はしているのですが、どうしてもそれがわかっても聴き取れない。ということは、もっと生物学的なことなのかもしれないと、私が難なくクリアしてしまったところを、もうちょっと意識して考えてみることにした。私は、50数日目で耳が抜けてしまったので、このへんをまったく苦労していないわけである。突っ込んでみたところ、カラオケに行ってわかったことは、

 

1. 自分自身の日本語の発音も明瞭ではない>英語の発音もごまかしが多い。

2. 知っているようで歌詞が正確ではないことがある>聴き間違いの恐れあり。

3. 聞きやすいポジション取りをしていない>耳の方向や座る位置やその他含めて。

4. 基本的に自分の周りの音を差別化していない。

と、大別してこの4つがわかったわけです。

 

解説すると、

1. 関東圏出身者ではなく、九州出身者がひとりいたのですが、西さんの例もあり、耳のよさというのはこのへんでも顕れるのかもしれないと、はたと思い当たったことがあり。西さんは「聴けている」と思っていても、実際は九州から関東に出てきてからずっと、薩摩訛りが抜けていません。自分では標準語を話していると、真剣に思っていたあたりがあやしい(笑)。Mimic=模倣をしていると思っていても、実際は模倣できていないのかもしれない。

2. 歌詞については、日本語の流れの思い込みというのは大いにあるかもしれないです。英語でも、使役動詞の後ろでは、toが短縮されたり、前置詞のforが人の前や時間の前やモノの前に来ることが一文で3つあったりして、不自然に感じることはままあるのでしょう。そのせいで、抜かしてしまったり、間違えて思い込んでいることがあるように、日本語での思い込み、聞き間違いを正しいと信じている姿勢というのは、Unlearningの範疇なので、なかなか直し難いかもしれません。

3. カラオケボックスなどでは、限られたスペースしかないのですが、自分が音を聴き易い姿勢というのを、もしかするとわかっていないのかもしれません。音楽をやったことがある人であれば、すぐにこの意味がわかると思うのですが、音というのは反響するものですから、自分がどこにいるかによって、大いに変わる。時差が生まれるほどの大きな場所で歌ったり演奏した経験がある人であれば、小さい空間での微妙なこの場所取りに関しても、だんだん繊細になってきます。私は、家のTVの向きですら、けっこう気になります(スピーカー内蔵なので、聴こえる音が違う)。

4. なんだか大きな括りになってしまっています。喩えとしては、私が自分が耳がいいと感じる瞬間は、アニメを見ていて、すぐにその声優がわかることです。日本のアニメがアメリカに上陸してきて、それなりの著名人が吹き替えをやることになると、99%ほどの割合ですぐにわかります。それは、画像を見て視覚だけで「みなさない」態度を保ち続けていることがあります。これだけでは、「違う」ことしかわからないのですが、気にし続けると「誰の声」かもわかる。鳥の声にしても、いくつもの違う鳴き声がわかるかどうか。同じネコから発せられた音でも調子がわかるかどうか。人であれば言葉には左右されず、その抑揚やストレス、間の取りかたやボリュームがわかるかどうか、で、内容がつかめることが多いわけです。これがわかっていないのかもしれないし、「ささやかだけれども重要な違い」の積み重ねを舐めてしまう出発点になっているのかもしれない、と思ったわけです。

 

結果論でしかありませんが(なぜならば私は英語が聴けるし、聴けるだけではなく、南部訛りであろうとも、どんな母国語の外国人が話していてもわかるので)、小さい頃からの耳の使い方の蓄積がこれなのだと強く言えるわけです。

 

今日はたまたま聴力について話していますが、日本語で文章が読んだり書けたり話せたりするからこそ、英語で読んだり書けたり話したりすることができるようになる、というのと同じです。

 

もう少し英語に特化していくと、日本は母音が必ず組み合わさっている音なので、耳が鈍るかもしれない可能性がたくさんある言語なわけです。ところが、英語は子音だけでも構成できる言葉が山ほどあり、無声音という聴力に挑む音があることで、日本人には聴き取り難いことになります。だからこそ、2歳までのあいだに、母国語以外の言語の発音に触れておくことは大切になってくるわけです。母音が伴う音というのは、有声音。伴わないものは無声音と類別されます。

 

有声音:発音するとき、声帯の振動を伴う音。無声音に対する。[b][d][g][m][n][ ][v][z][ ] などの子音や、普通の母音がこれに属する。

無声音:発音するとき、声帯の振動を伴わない音。主として子音の [p][t][k][s][ ][Φ][ ][h] の類。

 

さらに、日本語のアクセントは箸・端・橋などで代表されるように、音でわかれ!という大雑把判別をしていますが、実際は場所(どこ)へのアクセントです。が、英語は場所ではなく、「強弱」のアクセントなのですね。しかも、無声音の強弱が圧倒的に多いわけです。たとえば、ファーストを日本語で言うと、母音が4つもあるんですが、英語だと1つしかないことに気づいていただけるでしょうか?そのせいで、母音を発音してしまうわけで、なかなか通じない。その意識のままで聴いていると聴こえない。だから、fast-firstの違いがわからないのだということが、見えてくるわけです。

 

生命体として与えられた聴力器官の基本的な訓練を身につけたうえで、さらに英語と日本語の違いを考える。このような考え方をしなければ、生物的な違いを短時間で埋めていくことはなかなかできないと思います。私はたまたま耳が抜けてしまったので、このへんの違いが明確にわからなかったのですが、もう7ヶ月も教えているのだから、細分化して文章にして、伝えられるようにせねばなりません。がんばりました(笑)。ちょっと光が見えてきましたが、個々人が努力するのはこんなに簡単なことではなく、努力ですから、そこそこの時間はかかることでしょう。これを実務的に現実化するのは、私の腕次第です。がんばりますっ!

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