好きな勉強だけしていても学力は伸びる?

残念ながらある程度までしか伸びません (・・;) 文部科学省の学習指導要領が正しいかどうかは別としても、ヒトが「よりよく」生きていくために基礎から難しいものへの、さまざまな分野の知識・スキルを持つことはかなり重要です。いくつか理由があります。

 

あるひとつの物事を極めるほどにマスターしたとしたならば、他にもそれを応用できうるための知識や開放性を持つことができるか?が分かれ目になります。

 

好きな勉強だけしていても、本当の意味で「到達点」まで行くには、あらゆる分野での基礎知識は必要なはずなのです。自然の摂理を理解できる・体感できるほどになっていくことにより到達点までたどり着くはずなので、机上の空論程度のことではやはり他の学科や科目に関しては、伸びません。

 

さらに、心の問題は大きいです。嫌い、と一度思ってしまったものを好きになるには、ある事件や出来事が必要になります。あるいは、時間をかけてやんわりとネガティブを溶かしていくような根気が必要なので、おそらく他の学科や科目が伸びるまでには、就学期間が終わっていることになってしまいます。

 

なぜならば安定した環境を子どもたちに与えることが大人の努めであり、さほど劇的に物事は変わらないわけです。旅行や年長者とのふれあい、職業体験やボランティアなど、義務感に押しつぶされた形でやっている場合には、なんらポジティブな刺激になることはありません。ヒトは楽しかったり、自主的だったり、好奇心をそこそこ持っていたりする状態から、学びを促進させます。押し付けられたり、義務が大きかったり、受け身だった場合には学びの率も格段に減ります。嫌いな勉強には、そもそもそうした態度を持っているはずなので、伸びる要素はそもそも少ないのです。

 

自分の親友が自分の苦手な科目を助けてくれるのではなく、教えてくれたり、自主的に興味を持って観察し始めるチャンスをくれたりすることによって、たまに事件は起きます。が、やはりここでも開放性がない限りは、そのチャンスすら通り過ぎてしまうことになりかねません。他者の意見に耳を傾けられることや、自分が観ている世界がすべてではないことを、少なくともしっかり理解していない限りは、好きな勉強をしていても、好きな部分、自分に有利な部分のみを学んでいるに過ぎません。

 

それらの真理・事実が、嫌いな科目や学科の中にも潜んでいる可能性について、考えが及ばないようでは、好きな科目や学科でもソコソコまでしか伸びないと思われます。もちろん「好きこそものの上手なれ」ではありますが、嫌いな学科や科目も「平均くらいには」「最低限くらいは」と自らカバーしたいと願う気持ちは、素直さとして大切ですし、世の荒波に揉まれて生きていく上で、「知らなかった・・・」で済むことではないことも多く埋もれています。

 

ネガティブを学ぶことはたいへんに重要です。それはヒトの操作が大きく影響して結果に出ない限り、やはり自然界の摂理の中に生きているわけですから、大きな波の中にある二元論については、感覚的に落として体感していたほうが、生きていく中で勉強以外に大いに有利だからです。ネガティブを実際に学んだことがない限り、その「答え合わせ」は生涯できず、想像することもできないので、嫌いなものにタックルするのは先にやってしまったほうがいいような気がしますよね??

 

とはいえ、私個人は、子どもの頃まったく勉強をしないでやり過ごしてきたのですが、バカ殿ではなく、やらない割に成果が出てしまったタイプです (・・;) それは、やはり観察眼や興味、徹底的に追求するなどを、他にも応用できる器用さがあったからなのだろうと思えるわけですが、30歳になって大学に戻ったときには、大いによく作用しました。そして今でもさほど嫌いな科目はありません(笑)。

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