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10/25/2007 にアップした文章です。

 

プリンセス天功でもあるまいし、莫大なお金がない限りは、宇宙旅行などできるわけがないとまだ考えている私は、夢がないんだろうか?そのくせ、宇宙モノ映画は相当に好きなのである。SF一辺倒ではなく、宇宙へ科学的技術を駆使して、という筋立て(まぁ、もちろん落ち度はあって、そんなわけないだろうっていう突っ込みはできるんだけれども・・・)があれば、かなり楽しめています。夢を持っている人間が好きなのに、私としては壮大な夢が持てないというのは、どうしてなんだろうか?と、凡人たるいろいろな欠点をまたもや考え込んでしまうのだけれども、論理的を目指すとその代償はやっぱりあるんだろね・・・。ところで、宇宙旅行、行きたいですか?

いやぁ、私は可能であれば、やっぱり行きたいですよ。家でTV見ているほうがいいじゃん、という意見もわからなくもないですが、一度行けば気が済むと思うので、リスクが低くて、価格が安ければ、ぜひ行きたいです。そこで、ガガーリンが言ったことを確かめてみたいですねぇ。

「地球は青かった」というのは、意訳で、実際には「地球は青いヴェールをまとった花嫁のようだった」と、ロマンチックに表現しています。自著の中では、「地球はみずみずしい色調にあふれて美しく、薄青色の円光にかこまれていた」と言っているのですが、やっぱり想像はできても、見てみなければ実感として伴わないのではないかと思えるので、どうも見てみたい。これはただの好奇心に他ならず、「だから何なの?」と言われても、そのあとどのようにこの体験を応用するかはやってみなければわからず・・・。他にも、「神はいなかった」という著名な言葉も残していますが、出典ははっきりしていないらしいです。本人の自著の中にもないらしい。が、親友が書いた本の中に逸話が載せられており、それが一人歩きしているらしい。

宇宙から帰還したガガーリンの歓迎パーティにロシア正教のモスクワ総主教アレクシー1世が列席しており、ガガーリンに尋ねた。
総主教「宇宙を飛んでいたとき、神の姿を見ただろうか。」
ガガーリン「見えませんでした。」
総主教「わが息子よ、神の姿が見えなかったことは自分の胸だけに収めておくように。」
しばらくしてフルシチョフがガガーリンに同じことを尋ねた。総主教との約束を思い出したガガーリンはさきほどとは違うことを答えた。
ガガーリン「見えました。」
フルシチョフ「同志よ、神の姿が見えたことは誰にもいわないように。」(レーニン主義は宗教を否定している)

笑えてしまうのは、相手によってはっきりしているはずのYes-No Questionの答えを変えていること。これは、シニカルな政治体制・宗教や思想への反発なのだろうけれども、なんだか宇宙に行ったがゆえに、こんな高等ジョークが言えることが、やたらとうらやましい。「道を歩んで到達したものだけが与えられる特典」なのである。もちろん、これも親友の著書の中にあるだけで、本人が言ったとは確実性がないのだけれども・・・。

宇宙旅行は実際にビジネスになっているらしい。うーん、私はまだそこまで楽観視はしていないのだけれども、大真面目でいつか本当に人類が地球を出て、宇宙を行き来するとしているサイトを紹介してみておくね。
http://uk2.jp/main/content/view/13/29/ 宇宙旅行の会社
JTBも真剣なのだ。HPによると2008年から開始らしい。一体いくらかかるのか、どこを見ても書いていない。敷居が高すぎて、暖簾もくぐれないではないか・・・。
ただし、無重力体験旅行はすでに実施されている。団体で申し込んでも105万かかって、さらに現地でのいろいろな出費や国内移動やお土産代などかけると、130万くらいか?無重力体験をするのにこんなにかかるとは・・・。個人向けだと、団体パッケージよりもずっとアクティビティが少なくなる。でも45万くらい。どうだろう?
外から地球を見ることであれば、パッケージでできる。でも1225万くらい。高い(爆)。

英語の授業でも、スペースに関する教材はけっこうあり、みんなに「行きたいか?」は聞いているのですが、8割が現実的で、「宇宙に行くより日々の暮らし」という意見が圧倒的。やはりまだまだ価格的に高すぎる・・・。「いくらだったら行ってみたいか?」との問いには、「300万くらいまで下がったら考えてみてもいい」ということらしい。人によっては「稼げるようになっていたら年収くらい」という答えだった。私だったらいくらになったら考えるかなぁ・・・。もちろん、自分の収入との兼ね合いもあるんだろうけれどもね・・・。

アメリカでは、NASAでのキャンプが毎年ものすごい数行われており、体験キャンプは激安。宇宙への夢はこんなことで養われるんでしょうな。
http://www.kennedyspacecenter.com/educatorsParents/camp.asp

日本も種子島にロケットセンターがあるんだから、やればいいのにね・・・。http://edu.jaxa.jp/ こんな程度にはやっているらしい。ところで、西さんは、子どもの頃、ここに連れて行かれて「でっかい人間になってもらえるように」という親の希望を肩に感じたらしい。彼は宇宙開発には一家言持っている(爆)。

前にエッセイで書いたDan Brown Deception Pointには、NASAの苦しさや目標などが詳しく書かれており、Dan Brownがリサーチしたことを責任を持って書いているのだから、ほぼすべて活字になっている部分には、信憑性はあるんじゃないかと思われます。もちろん、フィクションですから色ツケもありますが・・・。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%BB%E3%83%97%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%88

私は、JFK時代に生まれているので、宇宙への夢が前世代よりもう少し希薄ですが、現代人よりはあるのかもしれない。現代の人々は、エアロスペース業をしている人々に振り回されている感がしないでもないのです。いや、もちろん私も宇宙旅行をしたいと思えばそうなんですけどね・・・。実際、私と同年代かそれ以上の人々が、アニメ化や映画化をしたおかげで、宇宙への夢は繋がっていると言えるのですが、その受け手となった若い世代の人々が、どのように宇宙旅行にタックルしていくのか、見ものではあります。

考古学や天文学などを基礎にした人々のロマンが大きく左右される学問は、なかなか発展しずらいものなので、こうして商業価値とカップリングされていくのですが(考古学ではその価値を値段にする。宇宙旅行の値段は莫大であるなどなど)、たまねぎの皮をどんどん剥いていき、その中心のところに、どんなロマンがあるのか?を考えてみるのはおもしろいんじゃないかと思うのです。

でもなぁ、私は宇宙飛行士になりたいとも思えなかったしなぁ・・・。私の時代は一般人が宇宙飛行士になるにはたいへんだったのだ。しかも日本人が選ばれる日が来るなどとは思わなかったし(爆)。で、パイロットになったのだけれども、そこがいいところ止まりだったんだろねぇ・・・。私より上の世代のアメリカ人たちは、「21世紀になったらみんなで月旅行に行ける」と、学校の授業で教わっていたそうです。日本もその熱を充分もらっていたのでしょう。

ああ、行けるもんなら行きたいよなぁ・・・。