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紀久美先生へのQ&A~心理学講座編~その24~25

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Q24.
アメリカに行こうと思ったのはなぜですか?

A24.
大学に行き始めて、バブルの中たくさんの人たちが、 時代に陶酔したように日々を暮らしている中、私はやはりまだまだ貧乏でした(笑)。年間40万円ほどの学費を払い、 自分のオートバイと車のローンを払い保険を払い、ガソリンを入れ、ツーリングに行き、 たまにはサーキットランをしたり、とにかくお金がかかりました。

教職を取ろうとしてたんですが、 こんなやさぐれた私が、 中高生に何かを教えることなどできるのか?と考えた挙句、大学を休学し、 好きなことでスキルをつけていこうと思い始めたわけです。

色々調べてみた結果、子供の頃の読書の習慣が仇となり、裸眼でもNG、矯正視力でもNG、パイロットになることが日本ではできないことがわかりました。なぜパイロットか?父が、ハイヤーの運転手だったため、 運転手になってみたいと思ったわけです。元々車の運転やバイクの運転が好きだったので、 これでなんとか食べていけないのかなーと。

海でもいいじゃないか?とも言われたんですが、宇宙や海のことを考えると、 あの果てしなさに畏怖を覚え、ロケットや船の狭さには耐えられないけれども、なぜか、ヘリコプターならいいんじゃないかと思ったんです(笑)。飛行機ではなくヘリコプターにした理由は、 機内が広く感じたからですね。ここ全く論理はないです(笑)。

英語すらできない私がその時に、 道はただ一つ!アメリカに行ってライセンスを取るべきだという結論に達しました。 JAL や ANA が、 が女性をパイロット枠で採用してくれる理由も無い時代です。なんなら整備工でもよかったんですが、それすら募集しておりませんでした (・・;)

その時全く知らなかったんですが、 当時、アメリカでヘリコプターのライセンス事業用を取った人は、日本人女性ではたった一人しかいなかったんです。私が無事に事業用のライセンスを取った時、どこから聞きつけたのか、 NEWS weekの取材が来ました。小さい記事でしたけど、取り上げられるぐらいなんだと思いました。その時に、 記者さんに教えていただいたんですね、私が日本人女性で二人目になったことを。

アメリカに入って最初の8か月は英語だけをひたすら学びました。話せて聞けて状況が理解できないと、死んでしまいますので(笑)。他の人に比べるとダントツで早かった気がします。命がかかってるというモチベーションは、 やはりとても強いんですね(笑)。

この歳になって人生を振り返ってみて、たとえ論理がなかったとしても、あの決断は最高に良かったと思います。あれがなかったら今の私はいないわけですし、色々なスキルもついていませんでした。人生そのものが空虚だったという可能性もあります。本当にアメリカに渡ってよかったです♬

Q25.
自分の好きなところを教えてください。

A25.
うーーーん、難しいですね。

一番の宝物は両親からもらった DNA です。ローメンテナンス:Low maintenance neededですし、大変に健康です。10年か20年に1回ぐらいしか風邪はひきませんし、虫歯ももう30年ほどありません。子供の頃は貧乏だったので、歯医者さんに行けなかったんですけれども、 アメリカに行って以降、本当に好きな歯医者にバリバリ入ってます。はい、私は歯医者が大好きです(笑)。子供の頃は大変に運動したんですが、昨今全くできておらず、それでも運動能力は割と高い方だと思います。ただ健康貯金は、それなりに目減りしているはずなので、 ここ過信せず、もうちょっと運動頑張らなきゃいけないと思います。

他に好きなところは振幅の差ですね。情熱的な時・冷めている時、一生懸命な時・怠惰な時、疲れ知らずな時・くたくたなとき、その差があることがある意味とても好きです。なんと言うんですかね-。人生をエンジョイできてると言うか(笑)。

他にも、 非常に複雑で高度なことがわかる時もあるんですが、なんでこんなことがわからないの?とびっくりするとこもあり、 そうした意味ではいつも死んでいられるという、 お得なコンディションがキープできています。人に教えるという仕事をしていると、 やたらと高慢ちきになってしまう傾向がありますよね?そこをセーブするためにも、 自分がまだまだなところがいっぱいあるということを、意識できることがとても好きです。

それに、 自分の持つ美意識が割と好きですね。ファッションや絵画ではなくて、人としてこあらねばならぬと自分を諌めている部分の美意識が、かなりいい感じじゃないかと思っています(笑)。

子供の頃は、父は私を溺愛してくれてたんですが、母は大変に困っていた様子です。私自身、 もしも私に瓜二つの子供ができていたとしたならば、山に捨てに行ってるところです(笑)。育てるのはさぞかし大変だったことだろうと思います。そんな私が、ちゃんとまともに生きてこれたのは、健康だったことや、他人と違うことをあえてできる勇気があったことだろうと思います 。 やらない後悔よりは、行ってからやり方が間違ってたことや自分の考えが浅かったことに後悔したほうがいいなと、小さい頃から思ってましたね。それは今でも変わらないです。

結構な歳になったので、 もういつ死んでもいいなと思うぐらいにはなってきましたけど、 スクールを運営している間は、綺麗に終わらせられる時期をちゃんと選ばなきゃいけませんよね。という意味でもまだまだテキストを書いていて、 まだまだ動画を作成しています。きりが良いところで終わらせる、 ということも常に考えています。

本当に美しいものは何か?というのはいつまでも突き詰めて考えていきたいですね。