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紀久美先生へのQ&A~心理学講座編~その63

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Q63.

先生の苦手なタイプはいますか?いるとしたら、それはどんな人ですか?

 

A63.
攻撃的に聞こえたら大変申し訳ないんですが、私の苦手なタイプの方は冗長が多い方です。特に悪口になるようなことを繰り返し繰り返し続けるパターンが苦手です。ネガティブなことを聞き続けていると、なんだか本当にエネルギーを奪われたりとか、吸い取られていく心持ちになります。さらにそれが続くと自分もそのネガティブに浸ってしまう気がするんですね (・・;) ということは私はもしかしたらカウンセラーに向いてないのかもしれません。まずいでです(笑)。

長く話していく中で、抜本的な解決方法や、自分の至らないことに対しての気づきがあれば、それは納得のいくことです。意味のあるプロセスですから。けれども、自分ではない誰かや物事に対しての不平不満を、延々と続けていくことに、生産性や建設性を感じられないのです。

さらに、本当に自分がそれをやりたいのかどうか?好きなことを創意工夫して続けてるかどうか?について考えないでやってる人に、付き合わねばならぬことほどうんざりすることはありません。たとえそれが苦手でも、まだ発展途上中でも、やりたいから好きだから、やり方を教えて欲しい、一緒にやってほしい、見ていてほしい、と言うのであればいくらでも付き合えるのですが、たくさんの「すべき」「ねばならぬ」に圧倒されて、押し付けられて、やりたくないことに付き合わされるのはまっぴらごめんです。

文化的全体主義:Totaritalianismに住んでいると、多くの「あるべき理想」に囲まれて暮らしています。多くの人がその「せめてもの基準や水準」に到達することを理想としており、迷惑や調和を強調して暮らしています。でも本当にそれだけでいい理由はなく、せっかく生まれてきたんですから、自分らしさを彩りとして織り成すことができれば、ともっと欲を出してもらいたいと思うんです。

たくさんの人々がひしめく中で暮らしており、その中で「優劣」「善悪」「正邪」などを基準にして、 様々な義務や自由の中で窮屈に暮らしているような気がしてなりません。最低限のクリアポイントができるようになることは、当然、社会生活を送る中で大切なことですが、それだけではなく、いついつまでも自分らしさを追求していく前向きなエネルギーを感じていたいですね。みんなが同じではつまらない (・・;)

もうひとつ、苦手なタイプの人は、自分が正しいありき、の人です。人の話をなかなかちゃんと聞いてくれないですし、そもそも自分が正しいので、全く変わる気がないわけです(笑)。どんなに時間を費やしても、何かをシェアしても詮無いことではないですか(笑)。

これらの苦手さは、あらゆる人々の中に少しずつはあるのかもしれません。が、それを全面的に前面に押し出して押し付けられると、萎縮しない私であっても委縮せざるを得なくなってしまいます(笑)。 とはいえ、苦手な方でも商売なので、ひとりひとりがよい方向を見てもらえて、 自分のなり得るMAXを見据えていただきたいといつも思っております。