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裁判員制度への抵抗感

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01/16/2007 にアップした文章です。

 

昨日は抵抗について書いたのですが、今日もまた引き続き・・・似たようなことになってしまいました。それもこれもニュースを読んでしまったからなのでした。なぜこれに引っ掛ってしまったかというと、私が以前、陪審員制度賛成について、まだ早いかもしれない、などと書いたことがあったからですが・・・。こういった調査は、本当に正確にやっているところばかりなのか?と疑うことが、私個人としてはたいへんに多いのですが、たぶん、これについてはかなり正確に近い数値なのかもしれないな、と思った次第です。裁判員制度で、自分は誰かの罪科についての決定権を持ちたくない・・・。自然なことなのかもしれません。

ニュースはこちら。http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070115it12.htm 2009年の実施まで、あと2年足らず。確かに市民たちは不安を募らせているかもしれないです。だとしたならば、こういったアンケート調査を踏まえて、早めに手を打つために、各地でセミナーを開いたり、案内やパンフレットやインターネット上でのサイトを開くことも可能ですよね。

しかし、「参加したくない」という人が75%もいるのに、それでも強引に開始してしまうというのは、うーん、いいことなのかなぁ・・・。過半数にも達しないでごり押しするのは、どうあっても民主主義とは言えないです。逆に「参加したい」という人は、20%で、本当に少ない。私はその2割のなかに入るのですが、やはりこれを飲み屋さんなどで語ると、「変なやつ」の分類をされてしまうのでしょうか?(爆)しかも、前の調査と比べると、「参加したくない」人が増えて、「参加したい」人が減っているという現象。それは、犯罪が増えてきたからなのか。それとも犯罪の質が身につまされて判断しにくいものになってきているのか。あるいは、当初の調査のときより、深刻に考えるようになって、自分と裁判員制度についての関わりを真剣に受け止めるようになったからなのか。逆に、反対しておけばもしかするとこの制度は順調に漕ぎ出さないと願ってからのことなのか・・・。

いろいろこの数字で推測はできそうですが、どれがどうなのか、真実は掴めることはなさそうです。

参加したくない理由は以下が多い順番;

・          「有罪・無罪を的確に判断する自信がない」54%

・          「刑の重さを決める量刑を的確に判断する自信がない」50%、

・          「人を裁くことに抵抗を感じる」47%

・          「仕事や家庭の事情で時間がとれない」28%

・          「被告人など関係者から逆恨みされる心配がある」17%

逆に参加したい理由は次の通り:

・          「防犯や治安に対する社会の意識が高まる」47%

・          「裁判に興味がある」42%

・          「いろいろな経験をしてみたい」41%

・          「これまでの刑事裁判のあり方を変えたい」26%

あなたは、どれに賛同しますか?

私は、参加したい理由のすべてには該当します。自分個人の次元ではあまり考えておらず、社会そのものを向上させるためには、この制度はあったほうが数倍、「他人事」が少なくなる効果があると考えます。「裁判に興味がある」「いろいろな体験をしてみたい」というのも、エゴイズムからではなく、もう少し幅のある「自分の知らないことを知るための手段」や「今後考えるとして制度の実体はどうなのか確かめる」としての好奇心の純化であることを願います。

かたや、参加したくない理由は、やはり「不安型」と「倫理型」と「身勝手型」の3種に分かれてしまうような気がします。

不安型

・          「有罪・無罪を的確に判断する自信がない」54%

・          「刑の重さを決める量刑を的確に判断する自信がない」50%、

簡単に言ってしまえるのですが、そしてそれはとてもひどいことなのでしょうが、「学習すればいいじゃん」の一言です。不思議なことに、この「自分にできないこと」を他人である裁判官や判事や刑事やその他の職務の人に、ずっと肩代わりしてきてもらっている。これは、本当に「他人事」を象徴する態度だと感じるのです。他人には、そうした重責を求め、自分は軽責な職務をする社会人として過ごす?それで平然としている?裁判長だって最初から裁判長だったわけじゃーないんだし(爆)。だったら、みな、判断する知識や経験は積めるということです。それについてのセンスや天分があるかないか、は、裁判員制度はわかりませんが、少なくともアメリカの陪審員制度では問われません。Foremanという呼び名のチームリーダーを指名するのは、裁判所側です。経歴や性格などを参考にします。

そもそも、「的確に判断する」というのがミソかなぁとも思うのです。今の裁判制度が、「的確に判断されている」とみなしての上での発言なのかどうか。それとも選択式で理由を選んでしまい、アンケート調査をする側がこの理由を答えとして用意していたのか?冤罪事件が多いことを、日ごろどんなふうに考えているのでしょうか?私は、つい先日も、和歌山のワイン事件http://www5a.biglobe.ne.jp/~nabari/ で、控訴が棄却されましたが、たいへんに胸を痛めています。そんな権限を持たせておいていいのか!くらいに憤っていますね。

倫理型

・          「人を裁くことに抵抗を感じる」47%

コレは個人の信念なので、申し上げることはないし、変えようとも思わないです。私は、自分が裁かれる側にも立つので、裁くことに対しても逃げない態度は保ちたいと思っています。できたらしたくないのが情ではありますが・・・。

身勝手型

・          「仕事や家庭の事情で時間がとれない」28%

・          「被告人など関係者から逆恨みされる心配がある」17%

アメリカの陪審員制度でも、このジョークはよく言われています。私が知り合った米人は、ジョークでは言いますが、いざ陪審員に選ばれると真摯です。が、逆恨みって(爆)。そんな事件の例があったら、確率的にどれくらいなのか、ぜひぜひ教えていただきたいです。確かに人は自分がかわいい。けれども、社会にも支えられているからこそ、その義務は果たさねばならぬくらいのことは、大人であればわかってもいいと思いますよ。しかも、裁判員になれば、有給になるのが当然です。家庭にしても、ベビーシッター代金等が出なければならないと思います。このへんは政府のほうで考えているはず>もしもアメリカがモデルになっているならば、アメリカでは、出ていますので。

やはり、ニュースの締めくくりにもあったように、まだまだこれに関する情報が足りないようですね。あと2年で何とかしてほしい、お願いしますよ、とここで頼んでおきます。

私はやはり裁判員制度に移行しなければ、と焦るほどに感じています。人任せ、他人事が進めば、日本文化のよい点であるチームワーク作業やその結果などにも影響が出て、20年後や50年後には、経済大国になった甲斐もなくなってしまうような恐れまであるのです。ここのところ、山本周五郎を読みつけているせいもあるのかな・・・。長くなりました。みなさんにも2年のあいだに、もっと考えていただきたいです。