アマゾンプライムビデオがすごいっ!

インターネットが日常に定着してから、みなさんは何年使っていますか?私の場合は、1994年まで遡るので、すでに20年以上便利に使わせていただいております。とはいえ、その頃は電話回線のモデムで、やったらと遅かったのですが、PCの電源を入れて、トイレやコーヒーを準備して戻っても、まだ待ち時間があったくらいでした。接続基地が遠ければそれだけ接続費用も掛かる仕組みで、当時の通信費は今ほどお安くなかったのです。それでも、便利さを先見した人々は、苦労して貯めこんでからネットをサーフするように工夫しておりました。

現在、つなぎ放題のフレッツ光などは、毎月3000円ほどで朝から晩まで繋ぎっぱなし。こんな世の中が来ることは、ちゃんと予見できていたものの、このスピードはすごいと思えます。

そして、今、生徒さんみんなに推薦しているのは、Amazon prime videoです。プライム会員費用を年間3000円支払うだけで、ネット上で映画やドラマが数千単位で見ることが可能になってしまったのでした。英語学習のために乱視することも可能になりますし、どこがわからない、という質問を受けるときにも「分数」が可視化しているので、とても便利なのです。たまに吹き替え版との差なども検討してみて、なぜ、英語の本質の「距離感・立ち位置/目線・考え方」が反映されきっていないか?などを話せます。便利すぎて泣きそうです(笑)。

3000円を月割すると250円。こうなると、TSUTAYAさんなどを代表するレンタルビデオショップは一体どうなってしまうのか?と、むしろ心配になってしまいます。宅配サービスなども限界に近いものがありますよね・・・。ひかりTVなども、レンタルで300円や400円台を徴収していますから、無意味に近い販売促進になってしまいます。

Amazonの規模だと、リクエスト次第では企画も通してくれる可能性も高く、この先、プライム会員でさえあれば、どれだけのものが観られるようになるか?を考えると、ワクワクドキドキです。

最近遊んでいないので、作業をしながら、音だけでも映画を楽しむという日常になっています。私のPCのWindowsは常に6-10個ほど開いているのですが、混乱しないまま、作業は進むのであった。それがメールと映画とレッスンスケジュールの3つしかなければ、遊べるサインです(笑)。

Amazonはすごいと思えるのは、やはり世界規模で、同じ投資金で数の勝負ができることですね。3000円というのは本当にみんなが飛びつける金額です。サーバーの規模をどれだけ大きくしても、これは将来50年以上続き、もっともっと進化していくことでしょう。残念ながらその頃、もう私はこの世にいない計算になりますが・・・(せめて、JFK暗殺の犯人がわかるまでは死にたくないんだけど・・・)。

そして同時に感謝しているのは、Kindle本の売れ行きです。かなり順調なのです。予測していたよりもずっと多く、すでに第2弾と第3弾の執筆を開始しております。9月にはきれいに販売形式にして、もしも余剰金が集まれば、書籍化したいと考えています。Kindleが私の生活になかったら、どれだけ不便なのだろう?と思うと、もう戻れない感じですね。USでは、日本語の本を読むためにたいへん苦労しました。すごすぎます。

みなさんは、この技術革新にどれくらい感謝して暮らしていますか?当たり前と受け容れていくと、この先を考えることができないかもしれません。ちょっと立ち止まって考えてみてくださいませ。

が、アマゾンプライムビデオのためだけでも、ぜひともプライム会員になって、英語学習に役立ててくださいね!

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お水の大切さ

[1999年08月29日(日)]に書いた文章です。

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寝たきり生活を目下満喫中ですが、何はともあれいちばん大切なのはお水ですねぇ。あと2ヵ月足らずで四捨五入すると40歳になるのですが、まだしわが始まっていません。それは「最終秘密兵器」やら若いころからの肌の手入れや、エクササイズフリーク時期や、遺伝もあるのでしょうが、やっぱりこのキーは水にあると思うのですよ、私。

父がガンになったときに読み漁った本(たぶん80冊くらい手当たり次第読みました)のなかにも、いかに水が大切かっていうのたくさんあったし、もう他界されたけれども長年日本長寿一だった泉重千代さんの生まれ育ったところの井戸水っていうのも、科学者が調べたところによるとすごい上質のお水だったそうですねぇ。しかもその村の人たちの平均寿命っていうのも、ものすごーく尋常でなく長かったと書いてありましたが、何というタイトルの本だか忘れてしまいました←乱読しすぎた。

実は子どもの頃はまったく気づいてなかったのですね、私の水分量の Intake(摂取)がいかに多いのかってことに。小学校では授業が終って10分休みがあり、2時間めが終ると20分休みがあり、お昼はドッヂボールができるくらいの長い休みがあり、放課後まで遊んで、廻りには必ず蛇口からお水が飲める環境がありました。ちょろっとトイレに行って手を洗ったあとで蛇口を上向きにしてお水を飲み、図書室や音楽室に移動してはお水を飲み、給食前に手を洗ってはお水を飲み、給食では牛乳を飲み、放課後、掃除でモップを洗ってはお水を飲み、遊んでは外の昇降口のそばにある蛇口でお水を飲み、家に帰ってランドセルを置いてお水を飲み、外で遊んでもトイレに行ったついでにお水を飲み、お風呂場でもオフロに浸かって熱いからってお水を飲み、夕飯でもグラスにお水は常備で、寝る前も「おねしょしちゃうわよ」と言われつつお水を飲んでいたはずなのに、最近まで、これを思い出しませんでしたね。

中学に入ってなぜか運動部に入らなかったんですね、私。これは話すと長い講釈垂れになりますので割愛しますが、とにかく合唱部に入ったのです。で、歌うとなぜか喉が乾く・・・・。よく水を飲んだもんです。自転車通学だったんで出発前も学校に着いたときも飲んでました。中学はお弁当だったのですが、なぜか「牛乳代」というのを徴収されてお昼に牛乳が1本ずつ出たのですが、嫌いな子は飲まないのですね。午後、下駄箱脇にある牛乳箱置き場にいくと、かなりの本数が余っている!これは運動部の子たちが部活動後に自由に飲んでいいことになっていたのですが、なぜか文化部である私も参加。ごくごく飲んでましたねぇ。衛生面から言うと当日中に飲まなければ廃棄処分なんだから、何部であろうが飲んでいいんでしょうけど、私はここでも「何でぇ?合唱部ってそんなに汗かくのぉ?」と訳のわからないことを言われてましたねぇ。

でも乾くんですよ。自慢に聞こえたら申し訳ないのですが、私の入ってた合唱部っていうのはNHKやTBSのコンクールで全国1位・2位クラスだったのです。で、制服の下にジャージを履き腹筋と背筋をさせられたりして、かなり「歌うって体力いることだよなぁ・・・」と思ってました。文化部に入ってはいたものの、運動大好きな子であったので、サッカー部や野球部やバスケ部の顧問が来る前には、自分の部活に行かないで遊んでたし。

高校生になってからも満員電車でいかにいつも喉を乾かしていたか思い出します。夏なんか地獄でしたよね。昔はけちけちしてて冷房きつくなかったし、高校に入ってからやっと背が伸びはじめた私はだんだんオヤジのポマードに顔面を突きつけないといけなくなって、窒息しそうにつらかったからなぁ。それになぜか制服に合わせた靴って何センチか高さがついてるやつでした。で、着いて掃除ですよ、掃除。掃除当番って朝っぱらなのね。で、しかも割烹着をつけて掃除・・・。朝っぱらからどうしてかすごい喉が乾く・・・。で、帰宅してバイトして、ウェイトレスだからよく動いてパントリーで水がぶがぶ状態でした。

だから痩せてたんだな、ウェイトレス辞めるまではしっかりがりがりであった・・・。

酒を定期的に飲むようになって、純粋なお水を飲むのは二日酔いのときくらい?←心あたりある人いるはず・・・。そして私は心なしか太っていったのだったな・・・(爆爆)←ここで回想してどうする?

渡米してまたまた運動するようになったのもありますが、ここはすごい乾燥しています。初めての衝撃は「煙草の燃え方が速い・・・」ことでしたね。陽射しは強いし、シャワー浴びてから肌の乾燥が気になるのでローションを生まれて初めて使うようになりました。しばらくお休みしていたお水がぶのみが復活します。

私は「お水がぶのみ野郎」です。喫茶店なんかに行ってもおかわりできないとすごく哀しいです。食事するときにも「ビール飲むとおなかいっぱいになっちゃって」とか「そんなにお水飲んでごはん食べられなくならない?」と尋ねられますが、そんなこたぁまったくないです。ごはん食べるときにお水がないとつらいです。お味噌汁があってもカレーでなくても、必ずお水飲みます。紅茶があってもコーヒーがあっても、フィニッシュは必ず氷水です、私。

学校に行くときのいちばんの問題はお水です。帰国したときにおみやげ何欲しい?と聴いてくれた人たちがいて、とてもやさしい、私が男だったら結婚したいような女性が水筒をくれました>グリーンのサハラってやつ☆すごい重宝☆文具と同じくらい大切ですね、私にとっての水筒。

そして今、寝たきりになって冷静に摂取量を考えてます。トイレへの旅路がたいへん苦痛なくらいな状態のときもあるのですが、やっぱりお水には代え難い。寝て飲んでいるので甘んじてストローなんかを使っちゃってますがそれも私にとっては邪道ですね。やっぱりお水はごくごくごくと飲まないとねぇ。ああ、だから私は「主婦の夢冷蔵庫」を買ったのです。外側から冷水と氷が出てくるやつ☆クラッシュアイスにもなるのですよ、うれしいですねぇ。で、常に冷たいお水が飲めるのです。

我が家の留学生の女の子を見ていて、あまりに水分摂取量が少ないので最初は驚きました。「こりゃー便秘になっても仕方あるまい」という感じでした。今では彼女も「お水ごくごく派」です。自己申告によると日本にいた頃の4倍くらいのお水を飲んでいるようです。日本に帰ってからも続けてほしいですね☆→私はお水ごくごく推進委員なのか?(爆)

ネコが病気になったときにもそれは感じます。下痢をして脱水症状になると背中の皮膚を持ち上げても戻るのがとてつもなく遅いです。でもとっても元気なときはたくさんお水を飲みますし、便秘も下痢もしていません。私も外に出っ放しでお水が飲めなかったときには肌がかさかさだるだるしてる感じがします。あ、ついでにうちのハイジは私の飲んでいる氷水をグラスから飲むのが大好きです。うどちゃんも好きですがハイジほどではありません。ときどき、ネコ水皿に氷を入れてあげることにしています。61

人間の身体の70%以は水分でできています。なのに食物だけで摂取しようだなんてぇのは甘いです。1.5リットルは必ず必要だそうです。飲んでもきちんと排泄される仕組みになってますので、「水太り」なんて理屈に合わないことは信じませぬよう☆

最近の痛み止めは強くてよく効くのはいいのですが、やたら喉が乾きます。なのでいつもにも増してお水を飲んでいます。たぶん1日3リットル以上は飲んでるな・・・・。うーん、もっとかも・・・。季節によって摂取量が違うか?というとそうでもないしな・・・。そういう身体になってしまってるのだろうか?

西さんいわく「よく飲んでよく食べてよく動いてよく汗をかいてよく排泄すればいいことよ!」なので、私は生きた証拠みたいな西さんをけっこう強く信じています。

このような理由で、医者にも坊主にも「お」をつけない私が水には「お」をつけてしまうわけですねぇ>敬意、けいい!

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そして今日までも、毎日水分は2リットル以上飲むことにしています。むしろ、飲まないと身体が廻らない感じにまで昇華できているようです。これでジム通いを開始できたら、もうちょい必要なのか、それともぐんと代謝がよくなるのか?当時、手術後のリカバリーもお水のおかげ、と未だに信じています。

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眠るヨロコビ

Precious One English Schoolでは、眠りについて特に強調してレッスンをしています。心理では2個めのレッスンで開始し始め、その後もレッスンで、「最近寝てる?」「眠れてる?」としょっちゅうチェックします。ある生徒さんは、起きる時間を決めて、それに合わせて寝る習慣をつけてくれていて、しっかりと眠って、レッスンを受ければすんなり、仕事をすれば好調、の状態をキープしています。

この世にあるさまざまなことで、好きなことは山ほどありますが、イチバンを選べ!とGunやKnifeを突きつけられたとしたら、私は躊躇なく、「眠ること」を選びます。心理レッスンの4つめでは、「ヒトの欲求」について学んでいただくのですが、そこでも睡眠は再び登場します。欲求の中で、最もコントロールできないのが、私の場合は睡眠です。眠くなったらまったく使い物にならない(笑)。なので、抗わない (・・;)

昨今では、食べるとすぐに眠くなってしまうので、無理をせずに昼寝ができればしてしまいますし、昼寝ができない場合は、仕事の質や量に従い、ごはんは抜きます(笑)。ごはん<睡眠 の重要度です、私の場合は。

何がうれしいかって、まずはあの眠りに落ちる揺蕩う瞬間がとても好きですね。毎回ベッドに入るたびに、「アレが来るまで読書」という儀式があって、がんばって次のページを、と思うのにもう抗えなくなって眠りに落ちている感じが、とてもとても好きです。

さらに、一人だけ残ったネコ(さくら)がよく、お腹が空いたと鳴いてくれるのですが、それで起きることも昨今多いのですが、覚醒と眠りのハザマに居る自分を確認できるのもかなり好きです。疲れていると、「もー、寝かしておいてよーう」とイラッとしてしまうこともあるのですが、ゆとりがある普段のときには、コレを確認するのもかなり楽しいです。

私はもう数十年ものあいだ、目覚ましを使わずとも起きられる身体になっています。90分起きのリズムで、脳の疲れおよび日中入れた情報量によって、6時間か7.5時間か9時間で起きます。けっこう歳を食ってきたのに、フルに働いていると7.5時間眠らないと、ひとりで2馬力働けません。なので、やはり眠りが私の健康のイチバンのバロメータです。足りないと、この仕事は眠ろう!とスケジュール調整ができるので、かなり助かります。お勤めしていたら無理ですもんね・・・。

そして夢!この夢がとても楽しいのです。やはりテーマがあちこちにばらつくのが楽しく、映画のような感じで、自分に関することもあれば、まったく素っ頓狂なものもあれば、知り合いや著名人や、風景や場所、物事によることもあり、なんておもしろいんだろうと毎晩楽しみすぎます。

起きてからは、コーヒーを飲みながら、それをある程度解析してみます。老化しない脳をあと何年キープできるのか?死ぬ3ヶ月くらい前まで、数日前までがんばれるといいなー。とにかく、眠りは科学の余地がたくさんあって、本当に楽しいです。みなさんも眠りを楽しんでいますか?

 

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王道と覇道

 [1999年08月28日(土)]に書いた文章です。

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王道:1.儒家の理想とした政治思想で、古代の王者が履行した仁徳を本とする政道をいう。反対語←覇道。2.(Royal Road訳語)楽な方法。近道。

覇道:儒教で、武力・権謀を用いて国を治めること。覇者の政道。
王者:1.王たる人。帝王である人。2.王道を以って天下を治める君主。3.同類のなかで一番強い、力のあるもの。
覇者:1.覇道を以って天下を治める者。特に中国春秋時代の諸侯の首領。2.競争者に勝って第一人者となった者。競技などの優勝者。

この言葉に凝りだしたのは宮本輝の「青が散る」を読んでからです。彼の本を買うのを文庫本から単行本に切り替えた理由は、きっと他のミーちゃんハーちゃんと同じようなとっつきと話題性の「泥の川」だったと思います。文学賞の権威というものをどうしてか信じたようです。今はそういう愚かさはないと信じたいモノです。だからと言って賞のすべてが悪いと言い放つつもりはありません。

新設大学の第一期生として青春を過ごした若者たちの話ですが、その内容にも今日は触れません←いつもだな(笑)。興味のある方は手に取って読んでみてくださいませ。昔、二谷友里恵が慶応の現役大学生時代にTBSでドラマ化され、石黒賢が主役で、松田聖子が「青いフォトグラフ」という主題歌を歌っていた原作です。残念ながら私はドラマはちゃんと見ていませんが、原作を超える映画がないと信じている私は出来がよくても映像にはあまり期待しないことにしています。それに感じ方はさまざまでいいものですしね。

私はこの世の中を“競争社会”だと思っていたような子でした。そうでなければ欲しいモノは手に入れることができなかったし、やさしい心や節度や躾や誠意や公正さがあれば、どんな競争を展開してもいいではないかと、実力で世渡りをしていくことに抵抗はありませんでした。どうしてこの世にはヒエラルキーがあり、さらに見えないモノまで含めるとたくさんの力関係でがんじがらめになっていなくちゃいけないのだろう、と思いつめ、それに負けないために「ならば自分も力を持てばいいではないか」と無我夢中でやってきたという感は、私のこれまでに全体的に漂っていたように思います。

この過程を見つめてみても私は競争は好きではありませんでした。母の内職を手伝っていて、手が速くなって弟に勝ち母に近づいても、その勝負の勝ち負けがうれしいのではなくて、努力して心を砕いてアタマを使って時間をかけた結果、手が速くなったという事実がとても好きだったのだと思います。それはかけっこでも同様で、身長や歩幅の狭い私がドッヂボールやマラソンや飛び箱や水泳全部でがんばって筋力がつき、スタートの瞬発力やゴールまでまっすぐラインをなぞれり走れることや途中で後ろを振り向いたりひじを無駄に振らないようにできた結果として、かけっこで一等賞になることがうれしかっただけなのだと、競争そのものよりもプロセスに位置した発展途上中の自分と、その努力の成果が好きであったことを想います。

そして想うに、私は内職を手伝った数ではなく時間でお金を母にもらっていたこと、一等賞を獲れたからと言ってもリレーの選手の選出ではまたフェアに一から走り直していたことなどを思い出します。そしてさらに、内職での手の速さで弟を馬鹿にしたこともなかったし、足の速さで人気が出ることをうれしいとも思っていなかったし、自分の力や努力の結果を濫用してこなかったことに感謝します。もちろんそう思わなかった子はたくさんいたでしょう。けれども私はしてこなかったです。それは神様が見ていたし、両親も先生も見ていたし、何よりも私が知っていたことです。そういう傲慢な人間であることは小学生であってもかっこいいことだとは思っていませんでした。

勉強に関しても受験戦争にもまれて他人と競争したという実感はかけらもありません。高校生でどうして大学に行きたいと思ったのかは両親と同じように貧乏でいられないと思ったときに、学歴がないと稼げないという間違った情報を愚かに信じていたからです。貧乏が嫌だっただけで、まだまだそのときは読書以外の勉強など好きではありませんでした。かと言って、義務で懸命に何かをやれるような子ではなく、自分で納得しなかったから中退した(結果的には除籍でしたが)わけです。

女性らしさを髪の長さや化粧品のセンスや男の子にもてる度や家事ができることで測ったこともなければ、その細かなことが持つ力を意識して濫用した憶えはありません。

MBに書き込みしていて楽しかった頃に、「長い・頭がいいからってむずかしいこと書く・威圧的・投稿数が多すぎる・日本語がおかしい・英語を混ぜる」などなどとずいぶん直接的間接的にいろいろ言われました。まったく反省がないと言い放たれてMBで話題にされただけでなく、事が複雑になるのを避けるために私が書かない主義に徹していた、他人のHPの掲示板にもいろいろと書かれました。悪口を書いた人で私に直接モノを言ってくれる誠意のある人はいませんでした。アドバイスをして親身になってくれる人はIMやメールでいろいろとなぜそうなるのか、と相談に乗ってくれました。

バイト数や投稿数で、頭のよさや知識の豊富さや人間の質を競争するためにMBに書き込みをしていたと思われるのならば、やはりそれは私の表現がまだまだつたなかったのでしょう。読み手のほうにも無責任さがあったとも思いますが、やはり私の思慮の浅さが原因です。

書くことが武器や力になるネットの世界で、私はその力を権力や権威までに作り上げ、討論になりがちな社会問題などのスレッドで見も知らぬ他人を言い負かせることが好きな人間である、という内容を書かれたこともあります。さぞ気持いいことでしょうね、と。そしてそれに対してそうではないよ、とレスを細かにつけている私に追い討ちをかけるように、「最近彼女はいい気になってたのよ。フツーの主婦じゃなくて女性のつらさを知らない自由な人だから」などともパブリックやHPに書かれました。何をやってもだめだとあきらめたわけではなく、キリのないいたちごっこに疲れたことと、イメージが先行する誤解を解く作業の方法を考えた上で書かなくなってからも、私が友達を使って問題発言をさせたり、別SNを使ってまだ書きこみをしていると言われたこともあります。

私に何ができるのかを考えているときに、ひとりひとりに釈明に廻ることや、もう一度だけMBに書きこみしてみようかとか、血尿が出るくらいにつらかったですよ。私に個人情報を洩らしてくれている人に信頼されなくなることは本当に避けたかったです。個人情報には笑える内容ばかりでなく、つらいことの相談をしあったり、生死に関わる話もありましたしね。

切らない私が悪いのであろうか?と思いつめてもみましたが、人の口に戸は立てられないものです。結局他人の本質がわからないというのは、その人の Loss (喪失・忘失・失敗・損失)です。私に直接言えない悪口を言い、自分の人生が楽しいと思えることは私には理解できない。理解しようともしないで私のことをメールやパブリックで未だに悪く言う人を私は恨んだり嫌ったりはしませんが、ほんとうに気の毒で生きづらい道を選んでいるなぁと思います。

そして自分が持てる力~それは人によって違って当たり前のバラエティのある力で万民に通用するわけがない力であるはずであるのに~で他人を測り、自分の人生を安心する、ということで優越し満足できる人たち。私はそういう人たちを恨んだり憎んだり嫌ったりするよりも、「おねがーい!もったいないからそんなことに使うエナジーや時間があったら、イメージで物事判断しないで、好きになって理解して謙虚に学んで、力を濫用しないでぇ!」と思います。「コミュニケーションの怠慢や放棄をしないでもっと心を開いて他人の話を聞いてみたらぁ?」って。

たとえ一国の政治を行っていないとしても、権力者でなくても、私にはそれが王道であると思います。誰にでも「ひょんな力」で他人を操作したり傷つけたり左右したりすることがあります。私にも多分にあります。そのときにはぜひぜひ強く指摘してくださいとお願いしています。してくれる友達をたくさん持っていて、私はとてもしあわせだと思います

反対に、自分に力がないと思い込みすぎて、力があるように見える人になびき媚びることもまたそれはそれで覇道であると思います。力があっても濫用しない人はこの世にたくさんいて、その力を他人と比べる作業に時間やエナジーを無駄遣いしていない人もたくさんいます。

どちらが絶対的にいいということなどは、この世には滅多にないことなので、私は王道と覇道についてまだまだ日々考えているわけです。けれどもここで言えるのは、うどちゃんはネコの王道を行っているなぁということです。

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ああ、こんなこともあったんだ…と思い出しました(笑)。MBとはメッセージボードの略で、2ちゃんができる前に日本語でやりとりできる場があって、そこで書いていたときのことですね。その後、英語で書くなんてこともしてみたんですが、学校や仕事が忙しくなって、すっかり止めました。今はテキストづくりや、Blog更新、その他で、文章を書くことはもうおなかいっぱいです。レッスンではいろいろなことを試行錯誤させてもらえており、これでもかー!というくらいにいろいろ説明機会があって、毎日が刺激的です。王道は今でも歩いています。

そしてネコの王道を行っていたうどちゃんが死んでから、はや6年も経ってしまいました。

 

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〆切についての考え方

ここのところ、〆切が多すぎて困っています(笑)。実は、英語と少しだけ被る業務の会社をもうひとつ立ち上げたので、その企画・HP作成・経理・実務その他がけっこうあって、そこにレッスンがけっこうあり、身体が2つあったらなーと思うところですが、たとえ2つあっても遊ぶに違いない(笑)。

やらねばならぬことを遅延させることを、英語では、Procrastinationと呼びます。ぐずぐずと遅延させても、結局はやらねばならぬわけですから、やりゃーいいわけです。とはいえ、ヒトというのは本来ナマケモノだし、そもそもすべての生命体というのは、「エネルギー保存」をしようとするんですよね。キーワードは、Survivalですから。

(Precious One English Schoolの心理レッスンでは、概要ですが進化論も学びます。このSurvivalという概念をわかっているかいないか?で、いろいろなことの理解の深みが違います)

私は自分のことをナマケモノがゆえに、ここまで進化できたと自負しています。どエライ人々は、コツコツと苦行を続けられるのでしょうけれども、私はそこまで自分を追い込むことに意義を見いだせませぬでした。なので、何かを開始するときには、エネルギーの半分近くを「計画」に費やします。自分が今からやる行動についての段取りをするのは、ものすごく得意で、「え!?もう終わったの?」と驚かれることシキリです。「いつのまに・・・」といつも思われているようなのですが、行動が速い理由の大きなひとつには、この計画力があるわけです。

導線や動線がきれいに決まってしまえば、あとはやるのみなので、単純作業の場合にはたいへんに速く済みます。自分で保全しておいた時間よりも、いつも短く終わってしまい、オトクな気分になりますが、その際には、その先をやることを癖にしているので、余ったあとも作業は続きます。

レッスンをしていて感じるのは、この計画力というのがまだ詰めが甘い生徒さんが多く、計画がズレ込んでいるために、結果が出きらないことが多いのではないか?というもの。とはいえ、おもしろいのは、生徒さんは、レッスンを受ければ受けるだけ、進めば進むだけ、ノートの取り方が上手になるのです。

目下、Precious One English Schoolでは、Friction Ball-point Pensが流行しています。あの後ろで、こすると消えるボールペンですね。あれを、「カチャッ、カチャッ」と色変更をしている音がよく響いています。最近、あの音にたいへんな安らぎや安堵を感じているおおだいらです(笑)。

(とはいえ、私本人は鉛筆派で、消しゴムと1.3mmのシャーペンを使うんですけども)

心理レッスンの13番目で、時間管理という項目があるのですが、終わる前から時間管理が鋭く進んでいく人と、もともと時間を守る約束だけはできるが、自分の時間を犠牲にしている人が見なおしていき、有効に時間を使い、遊ぶ時間を尊ぶことができるようになる、というのを目撃するのが、私個人にはとても楽しいことなので、私も生徒さんに教える責務を、自分の暮らしの中で担っています。 

しかし、最近遊んでない(笑)。遊ばないと♪

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心の洗濯

[1999年08月27日(金)]に書いた文章です。

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昨日ある人のHPに行ったら洗濯が家事のなかでいちばん好きだと書いてありました。私も洗濯機がやってくれるのでかなり好き。それにここでは干すよりも乾燥機があるのでさらにラクだから好き☆

そりゃー、お日さまの光を浴びせて目に見えない細菌の滅菌効果を狙うほうがいいのだけれども、なぜか欧米では「洗濯物を外に干す=プライベートをさらけだす」的な印象が強いみたいですね。イタリアのスペイン街のアパートにたくさんの洗濯物が干してあることがなぜか庶民的なことの象徴であったり、夕立に洗濯物を急いで取り込むのが庶民的な日常だったりしますね。

西さんがビジネスをしているアメリカ生まれ育ちの日本文化にかなり詳しいビジネスマンが言っていたそうです。成田から東京に出て、国内線に乗るときにモノレールに乗り、この国の洗濯事情を考えるよ、と。すごいことに着目してくれちゃうビジネスマンですな>しかも電気メーカーじゃなくて、コンピューター業界なんですが・・・。

もちろん彼は知人の日本人宅でも不平不満を聞いているようだし、他の住宅地でも見かけているようですが、きっとモノレールで時間が余ってるんでしょうね。日本列島のほとんどが温帯に属し、梅雨という曲者まで熟知している彼は、日本人からたくさんの洗濯物の不満を聞いてきたようです。むろん私も母から呪いのように聞かされてましたから、彼の気持はわかります。

建物が立派になり、経済成長が進み、人々はおしゃれになり、賢くなっても、なぜか洗濯物を干すという行為に対しての不満が残っていることが彼にはとても不思議だったようですね、当初。

じゃ、コインランドリーは?というと、戦うニッポンのビジネスマンには時間がありません。チャットしていて「洗濯物干してくるね」という人がかなり多いのに私は当初驚きましたよ・・・。確かにあの待ち時間で外食済ませてしまう日常がある人もたくさんいるのでしょうね。でもこの時間の使い方っていうのもネックですね。あの業務用のでかい乾燥機を一度味わうと、手で干す面倒さからは解放されたくなるもんなんでしょう。

それにまだまだ乾燥機は高いし、電気のモノが主流だという情報です。私が鹿児島のホテルで洗濯物をしたときに、バスタオル1枚とTシャツと下着2組と長いスカートでも、電気乾燥機は1時間以上かかってました。愕然としましたね。すごい効率がワルい・・・。あやうくチェックアウトタイムに間に合わないところだったんで、高校生ぶりくらいに濡れたブラジャーをつけてしまいました(爆)。

母や弟の妻や日本の主婦友にインタビューしたところによると、やはりガスの乾燥機はまだまだ種類も少なく高いらしいし、ガス代のコストも心配だということでした。姪が4歳を筆頭にして3人いて、ものすごい洗濯物の量ですが、緊急以外のモノには電気乾燥機は電気代のことを考えると使えないってことでした。常時使ってたら破産するとのこと←まじかい・・・。子どものパジャマは2日に一度、おねしょなどすると毎日洗わなくちゃいけないからたいへんだと言ってました。「おねーさん、梅雨を呪っちゃいますよぉ」と言う嫁・・・。「おねーさんはものすごく恵まれた生活してるんですよ」とうらやましがられました←そうだったのか・・・。

それにスペースがないのだそうです。申し訳程度の洗濯機の上部についている乾燥機だと下着と靴下くらいしか入らないそうで、梅雨どきに活躍を期待☆というものではなく、「下着泥棒防止」程度なのだとか。新しいモノでは浴室全部が乾燥機になるというスグレモノがあるそうですが、あまりにも家のなかが暑くなってしまうので、夏には向かないという声も聞きました>冬だと暖房にもなるのだろうか?危険度はどの程度なのか?

私は新しい家に引越したときに、洗濯機・乾燥機・冷蔵庫は最新版のものを買いました。2年前のことです。ガスの乾燥機で、日本で言えば業務用です。洗濯機も全自動でつけ置き洗いができるモノで、容量や強さを調節できます。冷蔵庫の話は割愛しましょう。語ると長くなります(笑)。もう本当にお世話になりすぎていて、足を向けて寝られませんね・・・。

私が物心ついたときには、家の洗濯機はまだ一層式で横に棒がついていてそこに衣類を通して脱水をする旧式のものでした。それが二層式になり、一度は一層式の全自動にしたもののコストのことを考えてまた二層式に戻したようです。当時、私は何もわかっていなかったんでよく考えていませんでした。反省・・・・。目下は横入れ型の全自動を使っているようです>実家。

私はあの渦をずーーーーーーっと見つめているのがやたらと好きですね。普通タイマーがあって洗濯→すすぎとなるのですけど、私は脱水かけるためにフタをせねば、という段になるまで見つめちゃってます。でもアメリカのは違うのですよ。洗濯の最後に一度排水して脱水スピンが廻りつつなぜか水がじゃばじゃば入るようになってます。で、そのあと本格すすぎになるのです。

洗濯室に椅子を持ち込んでじーーーーーーーーっと眺めている私はついつい渦に巻き込まれそうになりながら「私の人生って」などと考える昼メロのヒロインたちを思い出したりします。なぜかあの渦を見ていると人生を考えちゃう女性は多いらしい・・・。シンボルみたいなもんですね。吸い込まれてはまた浮き上がる洗濯物と、泡と、濁流を見ていると、なぜか世間にもまれている自分を投影しちゃう人が多いんでしょうね。なぜ男性は考えないかというと、やっぱり洗濯するチャンスが少なかったからなんでしょうね。

睡眠術みたいなあの渦を見つめて時間を過ごすのが好きです。

けれども干すことに洗濯の醍醐味がある、とおっしゃる人も多いので、私はやっぱり家事邪道人生をまっしぐらに進んでいるのでしょうねぇ。渦を見ながら渦巻きキャンディーを見て目を回しているネコのように私は心まで洗濯しちゃってる気持になってしまいます。しかも他人に(機械に)やってもらっちゃってセラピーに行ってるみたいでいいわねぇ、とか想いつつ・・・。ネコたちにもたまに見せたりして、彼らもオフロの水は嫌いだけれども、洗濯機の水は嫌いじゃないようです・・・。いっしょにあのでかい穴を覗いている風景はちょっとおかしいかもしれないですねぇ・・・。

やっぱり「洗濯したぞ、きれいになったぞ」と思えるヒトビトは、きちんと色分けをして洗剤の量やいろいろな作戦を練って、漬け置き洗いなんかもしょっちゅうしてて、さらに二層式でコストも抑えて手間をかけて、洗濯籠にきちんとしわができないように伸ばしつつ畳みいれ、ベランダに出てさらに伸ばしつつ干して、時間を見計らって取り入れて、「ああ、ものすごくきれいになったわぁ」という達成感に包まれつつ色別持ち主別アイテム別に畳んだりしてるんでしょうね・・・。

ちなみに叔母のひとりは洗濯物を一旦全部裏返しで洗って干して、さらに畳むときに表にしてました。色褪せしないんだそうです。本当なんだろうか?彼女は今でも洗濯板をお風呂場で使っているそうです・・・。すごい主婦技である・・・。

私にはそんなことをしようと想うこと自体がストレスになるので、洗濯機の渦を眺めていることくらいがせいぜいです。しかも心まで洗濯できちゃいます。乾燥機があることにまで感謝できちゃいます。テクノロジーに頼りすぎないようにおしゃれ着洗いは手でやってますが、それは心の洗濯じゃなくてストレスのみなもとですね・・・。

で、やっぱり私の第一義の心の洗濯ってばオフロで念入りに身体を漬けることだったりするな、なんて思って実際の洗濯とはかけ離れたことで洗濯するんだな、と思います。ああ、水取りぞうさんと親友じゃなくてよかった、と地中海性気候に今日も感謝します。

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現在、母に全面的に洗濯をしてもらっています。2日に1回の洗濯ではあるのですが、けっこう負荷はかかっている気がする。ありがとう♪ しかし、今の洗濯機は、この私の楽しみである「グルグルを眺めて人生を哲学する」ができない仕組みになっており、たいへんに不満です。どの機種だったらできるんだろう?

 

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人生はおかきの詰め合わせ、あるいはアソートチョコレートの箱と同じ

Forrest Gump では、Life is like a box of chocolates. You never know what you are gonna get. というのが有名なセリフになりました。が、これについてどれだけ哲学してみるか?というのを、当時、あなたはやりましたか?とはいえ、あの頃、まだ若かったり子どもだったりしたら、ぜひともまた観てみてください。あのサクセス・ストーリーはあなたにも訪れる可能性はとても高いからです。

私は甘いものを食べると眉間がうにゅうにゅするので、おかきやおせんべの詰め合わせで想像するのですが、甘いものが好きな人はぜひともチョコレートで(笑)。

お菓子業者さんは、詰め合わせを作るときには、「しょっぱいのが好きな人用」「うんと甘いのが好きな人用」などと分けたいのは山々なのですが、なるべく多くの人に購買してもらいたいので、ヒット商品を詰め合わせしようとします。

人生もそんなものです。つらいこともあれば、好きなことも嫌いなこともあり、楽しいこともそれなりに散らばっています。すべてが好きという人はあまりいなくて、それなりに受け容れているだけなことが多いわけです。たまに、本当にごくごくたまに、すべてが同じくらい好き!受け容れられる!という人はいますが、どうしてなのでしょうか?

おそらく、若い頃や体力がある頃に、嫌いなものや苦手なものを先に食べちゃっているんだろうと思われます。「若いうちの苦労は買ってでもしろ」というのは、ここから来ているのでしょう。苦労をして、そこで楽しみや好みの変更ができた場合、残りの嫌いなものもけっこう楽しく食べられるわけです。けれども、嫌いなものやつらい物事やネガティブを避けてきた人たちは、体力がなくなった高齢になってから?それらが残ってしまっていることに気づきます。

財力でなんとかなる場合もありますが、ならない事柄もかなり多い。

なので、私は若いうちに苦労をして、嫌いなことやモノに敢えてトライすることをオススメしています。  

残ったものは好きなモノだらけ、なのって眺めるとかなりステキです(笑)。体力があるうち、心が折れても復活できる時期、頭が柔らかい時期に、ぜひとも嫌いなことに挑戦してくださいね♪もしも英語がどうしても嫌いだったら、無料体験レッスンはこちらです: 無料体験レッスン申し込み    生徒さんはみなさん、好きになっており、生涯英語を使っていくぞ!と強い意志を持てるようになってくれています。

 

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“めーめ コワイよぉ”

 [1999年08月26日(木)]に書いた文章です。

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私は父方・母方共に初孫です。「何でもいちばんが好き」の負けず嫌いのわたくしではありますが、こんなモノには自分の実力が反映されているわけではないんで、イチバンじゃなくてもよかったです。しかも私は旧家である、父の実家にとっては内孫ではなく、しかも女だったのでさぞかし「次は男の子を」という言葉を赤ん坊だった頃に、私に聞こえっこないと思った大人の口からシャワーのように耳に浴びせかけられたことでしょう。

父の父、私の祖父は太平洋戦争に徴兵され、戦地で砲弾の破片が目に入り、疾病退役をしました。そのとき既に右眼は失明しており、1950年頃まで以来6年ほどは、左眼の視力はほぼなかったものの、動くのには人手を借りずに済んでいたようです。

私が生まれたときには既に全盲になっていた祖父は、私の顔をはじめとして、そのあとに続く14人の孫の顔はひとつも見たことがありません。大きなしわの深い手で撫で回して輪郭や目鼻を確かめる儀式がありましたが、そのときに必ず発せられる言葉が “めーめ コワイよぉ” でした。

もちろんそれをいちばん最初に言ったのは私です。

内孫である私よりひとつ年下の従兄弟は一度もそれを言わなかったし、その妹である従姉妹もその言葉は一度も発しませんでした。日常にいる祖父の眼が白膜がかかっていることに、彼らは自然を感じてだけいて、不安や恐怖を感じたことがなかったのでしょう。

私が3歳の夏(10月生まれなのでほぼ4歳になる頃)の写真には古いトランジスタラジオ(すごいでかいですよ、その頃でも骨董品になりつつあった竹箱みたいなやつ)をバックに、祖父の膝に抱かれている私がいます。数枚あるのですが、1枚は泣いています。1枚は祖父の眼を突ついています。そして1枚は笑って高い高いをされています。そのときに写真を撮っていた父と抱いていた祖父が何を私に語り掛けたのかは不明です。しかし、そのあとから私は “めーめ コワイよぉ” を言わなくなったそうです。

幼い私にとって、視力がないことを想像するのは容易ではなかったのですが、小学生のある日弟とふたりで眼を瞑って1日を過ごそうとしたことがあります。「薄めを開けてずるをしてはだめだよ」と日本ふきんできつく目隠しをして、「危ないから家のなかでね」と言う母のいいつけを聞き入れていろいろなことをしました。ごはんを食べ、ラジオを聴き、テレビを見ている人の横でテレビを聴き、着替えたりオフロに入ったり。

たくさんのあざを作り、家のなかのものをたくさん壊し、散らかし放題に散らかしましたが、母は何も文句を言いませんでした。「おじいちゃん、すごいよねぇ」と言う私たちふたりに「そうね、おじいちゃん、ほんとにたいへんなのにがんばってるよね。でもかわいそうじゃないんだよ。おじいちゃんはおじいちゃんにしかできないことがあってすごいでしょ?」と夜に、特別にみつ豆をくれた母はなぜか満足げでした。

神主という仕事柄、祖父は万葉集や日本書紀をほぼ完全に記憶していてそらんじることができました。恐らく祖母か叔父に手伝ってもらっていたのだと思います。全盲になる前の6年間に、彼はどのような想いで全盲になる日を待っていたのでしょうか。そして何を終え、何をあきらめようと決意したのでしょうか。

盲目である印の白い杖を突き、私たちと散歩をした日々。たくさんの質問をして、草木や風景やその色や様子を詳しく知ろうとした祖父。川の流れをどう表現すれば祖父にわかってもらえるのか、とても苦心をした焦燥感はまだまだこの胸に残っています。そして音だけで聞き分けて「そうじゃないだろう?OOじゃないか?」と当ててしまう祖父をどれほど尊敬したことか。鳥の声に種類があること、風が花の匂いを運ぶこと、陽射しの強さで季節がわかること、私の足音で私がどのくらい疲れているかわかること、どれもオドロキばかりでした。私は祖父のような才能を持つ人になりたいと、視力だけでない感覚を磨く努力を、目隠しごっこをしてそれからも磨くことになります。

全盲だった祖父はどうしてもスキンシップを必要としました。手を引いたり、肩を貸したり、とにかく視力がないことを触覚で懸命に補おうとしているかのようでした。手の先に眼があるように思えたり、背中に眼があるように思えたり、人間の可能性というものを祖父にはいろいろ無意識のうちに学んでいたように思います。

祖父が15年前に83歳で他界してからいろいろ思い出すことは多いですが、私が何よりも憶えているのはオフロです。建て替え前には母屋から離れた別棟に古い古い目地の細かいタイルを使ったお風呂場があり、薪で焚く五右衛門風呂でした。しかしあまりに古かったのでその板は沈みっぱなしになっていて、浮いたところを見たことは一度もありませんでした。五右衛門風呂というコンセプトを間違って憶えていた私が、正式五右衛門風呂を学んだのは高校生を過ぎた頃です・・・。

オフロに入る前に祖父は薪割をします。中ぶりの斧を丸太の真ん中に手で確かめてから刺し、それを振り下ろしてきれいに割るのでした。それは視力がある叔父たちよりも正確で、神業に思えたものです。祖父が使う台の大きな木の幹の上に私が薪を置く役割をもらえたことはたいへんな誇りでした。祖父が真ん中に斧を食い込ませるまで支えているのです。いつしか声をかけて指図されなくても手を離していいタイミングがわかるようになりました。祖父に褒めてもらえることは天にも昇る気持でした。私の魔法使いだったからです。

1日の遊びと仕事が終って、私が父の実家に預けられているときは必ず祖父といっしょにオフロに入りました。祖父は明治生まれのわりには大きな人で175cmあり、小さな私の身体をごしごしと力を込めて洗いました。彼が繰り返し言っていたのは、「人が見ないようなところもきちんと洗うこと。神様と自分は必ず見てるからね」ということでした。彼にとっての誰も見ないところとは、性器でもなければ脇の下でもなく、耳の後ろでした。他人様を怖がらせないようにかけていた伊達めがねの柄が位置するその耳の上と後ろを念入りに洗ってくれました。私は当時めがねをかけていませんでしたが、その意味は何となくわかるような気がしました。

眼の見えない祖父が「他人が見ないところを念入りに」と言った意味、成長するたびにどんどんわかってきました。裏表のない人間になることを私に教えてくれていたのだと。そして私はそういう人間でいたいと、祖父への思慕の深さを想うたびに強くつよくまた決意します。

小学校・中学校・高校・大学・社会人・渡米と時間が流れても、私が障害者についての偏見に対してやり場のない怒りを感じるのは、バックグラウンドに恵まれていたからなのでしょうか?与えられた人生を懸命に暮らしているのは誰しも同じであることを、私はたまたま祖父を見て理解しましたが、私の廻りにはそれからたくさんの障害者が登場しました。そして私自身も障害者であることを認識します。

誰ひとりとして “めーめ コワイよぉ” と言われて胸のうちが平然としていられる人はいません。外側でなく、心意気を見る眼をみんなが持てる世の中を私は強く希望しています。

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読み返してみても、すごい祖父だったと思えます。祖父が死ぬときには泊まり込みしました。バイトをすべてストップして駆けつけたのです。悔いなしですが、そのときに使った父の実家のスーパーカブのおしりへの振動と共に、風が私の涙を千切っていたことを時折切なく思い出します。約10㌔ある道のりで、笑顔に戻すために、私は死ぬほど苦労しました。あのときの苦労に比べれば、今のつらさは屁でもないですね。

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英語を学ぶことを特別扱いしていないか?

Precious One English Schoolでは、英語を学ぶことは、特に他の学び対象と変わりがない、と定義しています。最も自然な形で、身体、特に脳を使い、その上で効率よく、発達段階を組み、かなりな科学をして取り組みます。

たとえば単純な話として、子どもの頃、「自民党」という言葉は、音として聴けるようにはなっていたはずです。ところが、その言葉が子ども心に「私にとって重要ではない」と直感し、スルーできたはずです。さらに、お母さんやお父さん、兄弟姉妹や親戚、TVの音など、たくさんの音を聞く中で、取りこぼしがある音もあったのが、どんどん聴けるようになり、それでも頭と直結しない言葉があって、まずは「心」で、「うーん、コレ、わからないと不便・不愉快」とやって、その後、質問ができる言葉が発せられる年齡に達してから、【なぜなぜ攻撃】や【これなぁに攻撃】をしてきました。

そうやって日本語は習得してきたわけです。

それを英語で実現するのは、そんなに難しいことでしょうか?

ひとつひとつのVocabularyにこだわることを止めてしまい、必要なものから頭に直結させていく。その前に心で直感を大切にしていく。コレ、英語だけではなく、すべてにおいてやっていませんか?Excelを学ぶときも同じです。Wordと同じ機能なところをチェックしたり、軸の設定の仕方を工夫したり、などなど、少し高度にはなっていきますが、その後マクロやVBAなど、どんどん発展させていくわけです。英語も同じことですから、まずは「初歩・基本」を他の成功してきた物事とシンクロさせてください。

英語だけをなぜに特別扱いするのだろうか?というのが、英語を教えていての感想です。

英語を訳すと、心で感じる部分のニュアンスががくっと減るものがたくさんあります。それがどんなものなのか?を、英会話や英語スクールではほとんど教えていません。Precious One English Schoolでは、英語の本質は:

  1. 距離感
  2. 立ち位置/目線
  3. 考え方

だと公言しています。Kindle本を著作したのも、うちがオリジナルであることを証明したかったために、さらにみなさまにこの大切さを理解してほしかったために、書き記しました。

ただ、頭で理解することを先にやっていると、心がどうしても納得しません。ですので、Precious One English Schoolでは、心理レッスンをします。心の固定化の部分を見直し、柔軟性の水平線を広げ、英語だけではなく、すべての生活・発達・成長=学びに役立てる知識を学び、心が軽くなることを「心」「頭」「身体」で学びます。

ゆえに効率がよく、聴けるようになるまで、話せるようになるまで、が速くなるわけです。

英語を特別扱いしているのは、あなたの心です。心のひも解きをすることにより、ぐんと見ている世界が変わって見えることを実感してみてください。

無料体験レッスンはこちらから:目からうろこな考え方からスタートの英語学習

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痛みの経過

 [1999年08月25日(水)]に書いた文章です。最近生徒さんで手術をした方がいるので、その方に捧げます♪

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手術ってすんごい体力要るんだね・・・。共感する力が弱いわけでもないし、経験がまったくゼロなわけじゃないし、これまでの8ヵ月ちょいの闘病生活で学んだことで、ある程度の想像をしていたのですが、ひとことで言うと「思ったより痛いぞ」(爆爆爆)。

自分の体力にある程度の自信があって、翌日の退院待ちのときにはきっと Fab が書けると思ってたんだけど「痛みについては避けたい」ので、違うことについての案のプロット書きで終ってしまった。しかもいつもはプロットなんか書かないでタイトルだけ決めてさらさらさら~っと書くだけだっていうのに・・・。

家に帰ってきてから処方してくれた薬が手元に来なかったので(医師が処方箋を書いてそれをドラッグストアに行って買う形になります)、もうすんごい悶絶していてやたらかっこ悪すぎて、ひとりで笑いながら生活まわりの習慣についての確保学習をしてしまいました。

マスターベッドルームのトイレまで、普通に歩けばベッドから15歩程度というのを想像してね。

杖:突き直す回数10回。歩数なぜか60歩(やたら小幅にしないと痛くて薦めない・爆)。
杖と壁伝いコンビネーション:突き直す回数5回。歩数40歩。ただし汗っぽい手垢がつきそうでう非常に嫌だった。
壁伝いのみ:却下>壁がないところはまったく歩けなかったので大笑い(爆)。
ほふく前進:歩くより速く到着できるが、立ち上がるのにかなり時間がかかるので不便。

と、まぁ、これを検討しているだけで2時間弱かかってしまいましたよ・・・。でもトイレ確保すんごい大切だからね☆で、結果的には杖の使い方バリエーションその3くらいが楽だったかな←近くに突いて小さい歩幅ですすっと行くやつ。大きく離れたところに突くのは痛すぎた・・・。

で、西さんがお昼ごはんの面倒を見てくれてごはんのあとにダイエットペプシをくれたのはいいのだが、まったくそのあとのことを忘れていたぁ!だってね、納豆ごはんだったんですごいしあわせだったのよ。病院では Clear Liquid Only (澄んだ飲み物だけ)という食事を2回しただけだったしね。他に何か欲しいか聞かれたんだけど、納豆にいろいろ混ぜてくれてごはんの上にかけて食べてちょっとしあわせすぎて、あとのことをまったく考えないお馬鹿な私・・・・。

水!こんなに大切なモノは私の生活のなかにないはずなのに・・・。ここの乾燥した気候のせいなのか、私は毎日2リットル以上の水分を摂ります。なかったら死んじゃうくらいに好きなのにどうして気づかないくらい納豆に心すべてを充たされてしまったんでしょ・・・。

トイレ確保でかいた汗がかなりなもんだったので、喉が乾いたことを知ったのですね。「うが・・・。いかん・・・・。歩けない・・・・。遠い・・・」と半べそでした。でも電話して西さんに戻ってもらうよりも、やっぱりトライだけはしてみたほうがいいと思って何とか気を取り直してチャレンジすることにしました。

片道40歩くらいのところでゆうに20分弱かかりました。で、ポタシウム(カリウム)の点滴を病院で3本もしてたことを思い出して、「こりゃビタミンやミネラルやポタシウムを飲まねば」と思ってしまったのですね。で、片手は必ずどこかに突いていないとすごい痛みなんで、やたら時間をかけてひとつひとつのボトルを開けて、戸棚から取った小鉢に今日の夜の分までの錠剤を全部入れました。で、氷を「主婦が夢みる冷蔵庫」の外側から出して、その横の水を出し、ストローで昼の分の錠剤を飲みました。

で、その小鉢に入ったビタミンと氷水を持って帰ろうと思ったら手が4本なかった・・・・・・・・・・・。3本でも妥協できたんだが・・・・・。お盆に乗せてみたらやっぱだめだった・・・>水平に保てなかった・・・・

途方に暮れて氷水をプラスチックカップに移して、口にくわえて歩くことにしました。しかしそれでもかなりむずかしくて、これら一連の作業が終るのに1時間もかかってしまいました>大汗かいたよぉ。

で、ほんとに痛すぎたので12月に処方してもらった薬を飲んだらやたら眠くなりました。で、起きて西さんに電話をし、薬をきちんともらってきてね、と頼んだらすぐさま会社から帰ってきました。今日の苦労話をしたら「やだなぁ、そんなのストレッチャー借りればいいじゃん、あそこで」とピザやさんの隣りにある、医療機器専門レンタルやさんのことを言ったのです。

さっそく着替えて水のおかわりをくれた西さんはストレッチャーと共に帰ってきました。すごいですよ、これ。両手で押えて4本足の前側に車がついてるんだけど、すいすい動けちゃうし悪いところに負担かかりません☆しかもトイレまでの所要時間半分以下でするよ・・・。しかもアメリカってえすごいなぁと思ったのが、1週間で11ドルのレンタル代金なんだけど、1ヵ月だと33ドルだっていうすごい格安さ・・・。外でこれ使うのは気が引けるけど、でもいいかもしんない・・・。

これから苦しいリハビリまでの2週間はただただ安静あるのみ。痛み止めが強いので何かを4時間起きにちょろっと食べないといけないっていうのはけっこう苦痛だな。それに眠くなるし、食べるし、動かないからまた太るよぉ・・・。

そしてPCのセッティングやら、昼間私がいろいろ検討したモノを西さんにセットアップしてもらって今に至りました。でもまだ痛いのでうつぶせです・・・。あ、基本的には寝たきりです。

おもしろい西さんは今回たいへんな心強い味方ではありましたが、今日の〆として「傷口の写真」をペンタックスで撮影していました。ネコは風景に入らなかったようです。

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読み直してみて、「あー、道理で痛みに強いって言われるわけだ・・・」と納得が行っています(笑)。この体験があったことで、その後の人生はかなりラクで健康的になっています。もともと健康だったので、コレがなかったら、おそらく当然を当然として、なおざりにして、何か見落とすことが起きていたかもしれません。けれども、この時のような「その瞬間を楽しむ態度」まだまだ忘れていませぬよーう(笑)。