手作りの温かみ

04/10/2008 にアップした文章です。

 

ここのところ、ファストフードはもちろん、お惣菜も食べていない私なのですが、帰国してすぐからではなかったのです。帰国してきたばかりのときには、おにぎりがコンビニで買えるヨロコビというのを噛み締めており、うれしくて、わざわざ「1個買い」というのをやるんですねぇ(笑)。そのおにぎり作りのたいへんさは、以前『決死のおにぎり作り』に書いたことがあります。アメリカに住んでいると、子どももおらず、大家族でもない私は、「炊きたて」で「具のバラエティ」があるおにぎりを作ることは、至福の贅沢で、大決心をしてスケジュールを立てないとできないことだったのです。そんなこともあり、コンビニでおにぎりを1個買いできるというのは、4ヶ月くらいエンジョイできました←相当に倖せのハードルは低い(爆)。

 

ところが、もう帰国して1年半経ったので、そんなヨロコビをむしろなつかしく思うようになり、食の安全さや自給率の低さも気になり、栄養の偏りや、糖分(甘み)寄りの味付けも気になり、ここのところ、まったくファストフードもお惣菜も、コンビニのおにぎりもお弁当も食べていない状況です。Lawsonでりらっくまの景品がつくというので、英語学校の社員の女性のために、サンドウィッチを買っていた時期があったのですが、それも飽きました・・・(汗)。

 

母が作る料理がイチバンなのは、

1. 原材料がある程度、昔育ちの母の目にかなったものであること

2. 調理法も昔ながらの方法で母がやっていること

3. 味付けも私のことを知っている母がやっていること

この3点に尽きますね。

 

外食したくないのか?と聞かれるのですが、私は外食は週に1回くらいでいいですねぇ・・・。どうせお酒を飲んでしまうことになるので、食事というよりは、肴・アテが重要なので、種類がちょこっとたくさん欲しいときには、外のほうが母の手を煩わせることもないのですが、お酒自体を私はここのところ遠慮しており、飲むと毎回、二日酔いになっているので、神様からの「そろそろ自重したら?」というサインだと思うので、控えております。その週に1回の外での飲食がないときには、母がビールを買っておいてくれて、500mlを2・3本飲むのですが、そうなると眠くなってダメです。よく働いている証拠なので、よしとしてあっさり眠ります(爆)。

 

そしてハタと気づいたところ、私は自分で料理をほぼ一切作っていないということがわかった・・・。「経済しなくちゃね」という母の口癖をきちんと体現しているせいなのか、土曜日にひとり+ネコたちの部屋に戻ると、書置きに、土日に食べるべき食品の羅列がしてある・・・。彼女なりに「経済して」買った材料を使って作った食品が並んでいるわけです。それを置き去りにして、外食したいわけもなく、してしまったら家庭内がぎくしゃくもするだろうし(笑)。というか、私のメンタリティは、会社員の中年のおじさんと似たようなものがあるので(笑)、用意されているものに対してのこだわりや要求はあまりなく・・・。そうですねぇ、せいぜい、麻婆豆腐が辛すぎると「食べられない」と怒るくらいなもんでしょうか・・・。ごはんを炊くのを未だに失敗することがある母にたまにびっくりするのですが(ファジーだと水の加減を測って炊くから失敗などないと思い込んでいたが、あまりの水分量の多さには適応できないんだろう・・・)、昨日、弟の嫁である義母が炊いたというお赤飯を食べたので、「ああ、世の中にはこういうこともあるんだな」と納得しているところです。でも、手作りだからそれだけでもう100点満点中80点は獲得ですしねぇ・・・。

 

私は料理をするのだけは好きなのですが、コンロが2個しかない今、どうもやる気が起きない。さらに、キッチンのカウンターの高さが私を疲れさせるのです。ねぎくらいは切るんですが、それも苦痛です。腰痛に響くような高さ・・・。さらに、蛇口を捻ってからお湯が出るようになるまでの時間が長すぎるのは、集合住宅だからなんでしょうかねぇ・・・。こらえ性のない短気な私にとっては、あまりいい環境ではありません。さらに、母が苦心してポジショニングをしているので、私にはその理屈・法則性がわからず(爆)。

 

自慢ではないですが、私は、料理は失敗しませんね。味も悪くないです。私自身は濃い味付けが好きなのですが、人様が来るときには調整しますしね。しかも速いというのが自慢ですか。それもこれも、アメリカで料理を始めて、最初から4つのコンロがあったことや、その上にオーブンレンジもあったし、冷蔵庫もでかければ、お湯もしっかり出たし、食器洗い機は常備だし、鍋釜やボウルの数も持てるほどの収納場所ですし、まな板ですら、ひとりで2枚も使っていたのです。広さというのはこういうときの武器なのだ(笑)。

 

そして、温かみですが、熱いものを熱いうちに食べられるという利点や、「食べたいなぁ・・・」とぼやくと、オムライスが出てきたりするのがすごいっ!←って、子ども時代と同じような要領で請求してるんだろ?と言われればその通りっ!(苦笑)母親はいくつになっても母親らしく、彼女のように親という部分よりも自分や女という部分が多いヒトであっても、やっぱり効果があるときには効果があるやり方で頼んでみるのは悪くない(爆)。そのやり取りすら温かみがあるんですよねぇ・・・。

 

今考えている、私にできる手作りの温かみは、教材です。既存の教材を選ぶというのが通常のやり方ではあるし、その学校学校が持っている教材に従うというのもありだし、莫大な数がある市販の教材を使うのもいいのだけれども、やはりオリジナルの教材やドリルを作ってみようかと思っているところです。でもなぁ、この手の手作りは、「温かい」と思ってもらえるよりは、「儲けようとしてるなぁ」と思われるんだろうか?←自虐的ではある・・・。

 

私は手作りができないやつなので、他人の手作りにいつも感心&歓心しているのですが、3月21日発売の『きょうの猫村さん』でも、猫村さんが働くお家の、整形大好きなママが子どもたちが小さい頃に下手ななりに作った手提げバッグについて描かれており、そこには「うわばきバッグ」「おけいこバッグ」「給食バッグ」などが登場して、いろいろな子どもの頃なりに使ったバッグについて思い出してしまいました。考えると、我が家も全部手作りだったよなぁと・・・。母は自分の洋服を作るために洋裁を志したのですが、結果オーライで、今でもなんだかいろいろ作っています。洋服のサイズ直しは日常茶飯事だし、洋服も作ってくれるし、バッグを直してくれたりします。私の職業柄、たくさんの教材やテストなどを持ち帰ったりするので、バッグはちっともファッショナブルではなくなり、ただただでかいものになりつつあったのですが(A4や、A4 が入るその一回り大きいプラスチックファイルが入らないといけない)、母が仕切りを作ってくれたり、ポケットをつけてくれたり、鍵をひょいと出せるように装着自由な仕掛けをしてくれたり、手作りになっています。わーい!

 

シャドーボックスやトールペイントなどは、私には到底できそうにはないのですが、西さんは大工仕事をするし、母は何でも作れるし、便利に暮しています。エンジョイする側で傍観しているだけではなく、何かいつか作る側にならないと、手作りの温かみを人様に分け与えることができないなぁと、しきりに反省しているのですが、何かいいものないでしょうかねぇ・・・。絵も描けませんからねぇ・・・。うーん・・・。何かいいアイディアがあったら教えてください(ぺこり)。

 

紀久美先生へのQ&A~心理学講座編~その92

友だちは多い方がいい?

 

多いほうがいい、とおっしゃる方はきっとたくさんいらっしゃるかと思います。広い世界に出て、そこにいる人々のいろいろな考え方が得られるから、などと尤もらしいことをきっとたくさん吹き込まれたこともあるかと思うのです。

 

心理学的には、「友だちは少ないほうがいい」という結論が出ています。ただし、心理学ですから統計学的な結論であり、判断は個人が決定してください。進化心理学という新しい学派の説明で、咀嚼するのが少し難しいかもしれません。



https://thoughtcatalog.com/natalie-villani/2017/03/9-reasons-why-intelligent-people-have-less-friends/

https://www.washingtonpost.com/news/wonk/wp/2016/03/18/why-smart-people-are-better-off-with-fewer-friends/?utm_term=.430a5d8f1367

https://www.mensxp.com/relationships/friendship/30010-this-research-suggests-that-having-fewer-friends-is-a-sign-of-your-intelligence.html




人口密度が多く、人が多い場所に住んでいると、いろいろな支障が起きます。ただ、知性が高い人は「よりよい選択」ができるという結論を元にすると、郊外や都市部に住んでいても、たくさんの友人の中から、自分にとって「最善・最良」の友人を選びます。その「考える」という面倒さをスキップしたい人は、そうしたそもそもの選択が必要のない、田舎を選ぶわけです。人々が少ないために摩擦も少なく、摩擦があっても、合議制でなんとか解決できるような。

 

友だちが少なくていい理由は他にもあります。刺激がたくさんある中に住んでいると、とにかく情報量が多すぎて、取捨選択しづらく、最善・最良から離れてしまうこともままあるわけです。友人がたくさんいるということは、その選択肢は増えるものの、基本のキが見えづらくなってきます。ゆえに、知的な人にとっては比較的「当たり前」の作業である「考える」という行為をなるべくスキップしたい人にとっては、友人が多くて自分のために選んでくれている状態を好みます。友人が多いということは、ひとりになる時間が物理的に少なくなりますし、考える時間が減ります。考える・読書をするなどというひとり作業の時間が減ると、知的発達が停滞してしまう方向に傾いてしまうのです。さらに、友人が多いということは、ひとりひとりの友人に対して割ける時間も少なくなってしまいます。ゆえに、深く考えて共感したり、コミュニケーションを密にしたり、高揚感を得る機会そのものが減ってしまう、という不利益が生じてしまいます。

 

時空を超え、物理を超え、他者の考えや気持ちを考えるためには、ひとりでいる時間を大切にできたほうがいいです。とはいえ、そのためには、幼少時代にその原型となる「友情」のありがたみ・深さは体験していないといけません。

 

知性が上がれば上がるほど、本当の意味での友人は減り、人間関係でも、「知り合い」「仕事仲間」「遊び仲間」「相談相手」「恋心を持てる人」などと、ジャンルが増えていくはずです。

 

少し考えてみてくださいね。

 





勉強するのに良い環境とは?

勉強はしなくていいと思うんですけどね(笑)。が、まぁ、勉強せねばならぬ、ということを前提としてみて、どんな環境がいいか?というのは、物理的なものがかなり多いので、ちょっとチェックしてみましょう。



音楽をかけながら、聴きながら勉強というのは、実際あまり捗りません。生活音に近い程度の意識しなければ「雑音」に聞こえるだけ、というのであれば問題ないですが、本格的に歌詞がある音楽を聴いてしまうと、言葉に心が持っていかれることが多くなる可能性もあり、あまりよろしくないです。

 

しかも、音を聴きながらという状態に慣れてしまうと、本番のテストや仕事場など、音がごく少なくなっている場所での状態が「心地悪いもの」になってしまう可能性大です。そうなると実力発揮が望めないのです ( ;∀;) 勉強場所をコーヒーやさんなどにしている方々も要注意です!

 

昨今の照明事情はたいへんによくなりましたが、本当に勉強をする!というときには、学習スタンドがいい光になります。日中の採光では、利き手を考えて窓の向きに合わせた机の置き方が必要です。右利きの人は左側から当たるように、左利きの人は右側から当たるようにします。正面から入るのはあまりよろしくないです。なぜならば、太陽の位置が変わるたびに、目に入る光の強度が変わるのです。直接当たる角度では悲惨です。かと言ってブラインドなどを使うと意味がないですし・・・。

 

  • 空間

ある一定の空間があったほうがゆとりに繋がり、集中しやすくなるので、机廻りはきれいにしておいたほうが当然いいですし、実はドアと窓が同時に視野に入っていたほうが切迫感がない空間になります。ドアが視野の端っこに入っているだけで、「いつでも出られる」というゆとりになるわけです。窓も同じですし、採光にも関連することです。ごたごたたくさんのものがあるよりは、すっきりしていたほうが心の整理・頭の整理に有効です。

 

  • 温度・湿度

実は集中力が高まると言われるのは「頭寒足熱」というのが正解なので、頭近辺が20℃くらい、足元は25℃くらいがいいと言われています。昨今では、エアコンが発達しているため、夏場は寒く、冬場が暑い、という不思議な現象すら生まれてしまいます (・・;) 湿度に気を配り、夏は湿気を取って、冬は湿気を足すよう塩梅を見てください。

 

  • 時間帯

脳は朝の起き抜けから10時くらいまでが最も効率よく動くとされています。昼ごはんを食べてからダレてしまい、夕方にまた復活します。夕食までがんばればその後は「キャパをどの程度使い切るか」という時間帯に突入するので、個体差になりますが、夕方は脳がもう一度スッキリする時間帯です。夕食前にもう1回がんばってみるのがいいのかもしれません。

 

  • 香り

https://style-knowledge.com/syuutyuuryoku-aroma/



  集中力が上がる効果的なアロマ7つで勉強や仕事が効率アップ!

  • グレープフルーツで交感神経を活発に
  • 疲れを軽減する爽やかな香りレモン
  • 子供の集中力アップにオレンジスイート
  • 寝不足で集中できないときにレモングラス
  • 記憶力もアップのローズマリー
  • 眠気を覚まして集中するペパーミント
  • 頭を整理して集中できるユーカリ

 

  というのが定番のようですが、そもそもご自分の好きな香りというのがあるかと思います。参考  にしてください。

 

https://studyhacker.net/columns/color-studyroom

 

全体的には青がいいんでしょうね。空や海を連想できるので、リラックスできます。

 

  というわけで、仕事や勉強をするのにいい環境づくりを心掛けてみてください。本能に抗  うことはなかなかできないと思います(笑)。



『剣客商売』のドラマ

04/06/2008 にアップした文章です。

 

家でぼーっとTVのコマーシャルを見ていたら、なんと池波正太郎の『剣客商売』がドラマ化されていることを、本当にいまさら知った・・・。うーん、どうして見逃していたのか?そりゃ、私が日本に不在だったからいけない(爆)。が、帰国してはや1年半、これまではやっていなかったと思うのだがなぁ・・・。『仕掛け人梅安』だって1回だけしかやってないしさ・・・。あの手のものはしょっちゅうやるわけじゃないのだろう。しかも、『鬼平犯科帳』だって、シリーズ復活はしていないし、『必殺シリーズ』とて、ジャニーズの面々がキャストされていて、話題になっただけだしなぁ。時代劇が好きだということそのものが、すでに時代遅れなのかもしれない・・・(汗)。

 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%89%A3%E5%AE%A2%E5%95%86%E5%A3%B2

なんだよぉぉぉ。これまで3回もドラマ化していたのか・・・。山形勲はもう亡くなったのではないのか?ということは、大昔・・・。うーん、見ると、私はまだ4歳だった模様。知らないはずだよなぁ・・・。その次の中村又五郎版のものは、1982年と83年で、私がまだ高校生だった頃。バイトをしていてドラマをロクに見た記憶がないので、やはりこれも見ていなかったんだなぁ。そして、イチバン新しい藤田まこと版は、98年から。しかも、シリーズだったんじゃないかぁぁぁぁぁぁ!

 

でも、はたと考えると、どうして小男の秋山小兵衛を、藤田まことがやっているのか不思議ではある・・・(汗)。どうしてなのか?時代劇ができる人が少なくなっていはいるものの、あまりにも無理はある・・・。うーん。

 

海音寺潮五郎が、なぜに池波正太郎のことをあんなにも評価していなかったのか?を考え続けて、それでもやっぱりわからず。史実を曲げすぎているということなのか、リサーチの仕方が間違っているのか、日本語の使い方がお気に召さなかったのか、いろいろ考えたのだけれども、私には気づけないままでいます。

 

でも、英語学校でも私の時代劇好きはすでに定説化されており、「勧善懲悪が起きてほしい正義の人」とさわやかな評価になっているのだ(爆)。パチンコまで「必殺仕事人」をなぜやるのか?と、時代劇に興味がない人には、少々混乱を来たしているらしいのです。http://www.jidaigeki.com/index.html 昨日も授業中に時代劇の話をしていたところ、このチャンネルがあることを、生徒さんから教えてもらい、真剣に導入を考えているところなのである(笑)。なんだよ、このチャンネルでは、『剣客商売』もちゃんとやっているではないか。『鬼平犯科帳』もあるし、大昔の大河ドラマまで再放送してくれているではないか・・・と、かなり愕然としているところ。

 

私の時代劇好きは、どうしてなのか?とよく問われるのですが、そりゃそうかもしれない。19年近くアメリカに住んでいたというのに、朝の10時半から、時間があるときには、勇んで『暴れん坊将軍』を見て、3回に1回くらいは泣いているわけで・・・(爆)。しかも、ジャニーズの面々が時代劇をできることを、かなり真剣に語るのはおかしいのかもしれないし・・・。この理由はしっかりあって、やはり殴られても殴られても、私はやはり父が好きだった証拠のようなものだろうと思うのです。父は生きていたら72歳。昭和11年生まれで、美空ひばりの同級生なのですが、2勤2休の運転手の仕事をしていたせいで、かなりちゃんと向き合えたのですが、その媒体の大きなひとつが時代劇。平日であれば、TBSで夕方から必ず時代劇の再放送をしており、それが三井物産の提供だったのです。ストーリーはパターン化しているし、「そりゃないだろう」の撮影内容などもあるにも拘らず、私はやっぱり時代劇が好きだ!と思えるのは、この父との時間を思い出せるからなのだろうと考えています。

 

アジのたたきも自分で作れないわりには、他人が勧善懲悪をしてくれるのはとても好きで、「やれやれぇ!」とどこか野次馬的要素が出てしまうのも、時代劇ならではなんだよなぁ・・・(汗)。

勧善懲悪:善をすすめ、悪をこらしめること。勧懲。→勧懲小説

リアリティがないものを見てよく歓べるね、とも言われるのですが、それならHarry Potterだって居るなんて言えるわけもなく・・・。

 

今回題材にしているのは、藤田まこと演じる秋山小兵衛の息子、大治郎を名乗る辻斬りが現れるもの。うーん、よく憶えているなぁ(笑)。http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2008/08-057.html しかも、監督は、三ツ矢歌子のだんなさんの小野田嘉幹ではないですか。もう80歳を超えているだろうと思って調べてみると、83歳だった・・・。すごーい!

 

でもやっぱり藤田まことがなぜ秋山小兵衛なのか?という謎は残る。あんなに上背があるし、違うよねぇ・・・。好々爺ではあるけれども、イメージは違う。けれども、他の人がやって成功するか?と言われれば、そりゃぁ、藤田まことであれば、視聴率は取れるんだろう・・・。うーん・・・。

 

というわけで、私はこのスペシャルは見たいなと思いつつ、楽しみにしていて、英語学校の授業を、3時からにしてもらい(看護婦さんのプライベートレッスンを3時に繰り上げてもらい、5時から韓国人のTOEFLの授業をして、7時15分にはお家に戻れる)、準備万全なのです(爆)。そんなにまでして見たいか?と問われると、いや、見たい(爆)。じゃ、録画すればいいじゃん、と言われるかもしれないのですが、録画はしたくない。運というものを多少試してみたいところがあり、縁があるかないかを便利な機器で解決したくはないのです。

 

あ、まずい。もう学校に行く時間です。今日から産業カウンセラーの講座が始まります。今日のエッセイは、少々短いのですが、お許しください。ここのところ、時代劇好きの人には遭遇しておらず、私の年代ではもうダメなのかなぁ・・・。昨日は、看護婦さんの授業のあと、いっしょにごはんを食べたのですが、またご馳走してしまいました(笑)。ええ、またワインを飲みました。今日も緩やかにまだお酒が残っているのですが、昨日ほどの二日酔いではありません。量が断然違いましたから・・・。

 

がんばって授業を聞いてきますぅ←聞くだけの授業じゃないといいな、と思っている・・・(笑)。

 

紀久美先生へのQ&A~心理学講座編~その91

「日本人」は世界の中でどんな立ち位置にいるのでしょう?

 

アメリカから戻って11年が過ぎました。が、英語を使えるAdvantagesがいくつかあるので、インターネットで繋がっている分、臨場感に多少のズレがあっても、日本が『ガラパゴス症候群』であることは、ひしと感じています。とはいえ、私も日本人ですから、日本語や日本人、日本文化の悪口が言いたいわけではありません。ただ、客観的に冷静に見つめて、いいところは促進し、悪いところはいい方向に行ける余地はないのか?を探したいと思うのです。

 

https://www.garo.co.jp/inoue/?cat=11 世界からの日本の評価

https://forbesjapan.com/articles/detail/21836 Forbes

https://news.infoseek.co.jp/feature/japanese_culture_reaction/ ランキング

https://www.madameriri.com/2016/03/25/world-ranking-about-japan/ もうひとつさまざまなランキング これはちょっと考えさせられてしまいます。

 

このように親日家は山程いますし、愛が深い人も思ったよりも多い人数ですが、いかんせん、コミュニケーションがしっかり取れていないというのが問題なのだろうなぁと思ったりします。やはり多くの外国人にとって、日本という国、日本人という人々、日本人が営んでいる日本文化というのは、まだまだ謎が多いのです(笑)。ゆえに、しっかり伝えることをしない限り、伝わらないままなことも多いまま残っていくのだろうと思います。

 

どんな国の人にも理解されることはたくさんあると思います。どんなバックグラウンドであっても、リスペクト:ある一定の尊重や尊敬は、得られることだらけですが、多くの場合、その起源や由来、理由や実際を伝えきれていないため、理解されないまま Wow! How mysterious! で終わってしまうことも ^^;

 

私も1988年までは日本を旅行でしか出たことがなく、それ以降、アメリカから日本を眺めたときに、違った感想をたくさん持ちました。感動したことも多くありましたし、誇りに思えたことも多くありました。今も、日本に生まれ育ったことは、大きなAdvantageのひとつだと強く言えます。もしもアメリカやヨーロッパや東南アジアや中近東に生まれたとしたら、今の私は出来上がってはいないことは請け合えてしまいます。

 

この不思議な国で、それなりの規範や文化、人々や物事に触れて、私は大人になりました。よいところだけを拾い取り、さらに諸外国のよい文化を拾い取り、と、ずるい??ことをしているような気になることもあります。けれども、短い人生ですから、これくらいのわがままはさせていただけたらうれしいです。

 

URLを見ていろいろと考えていただけたら、英語をしっかり学んでいただいて、いろいろな国の方々とコミュニケーションが取れるよう、多様性を深めて、新しいことを受け入れるようにしてくださいませ。日本の未来のためにもよろしくお願いいたします (._.)

 



美味しい料理に出会った時の表現

日常的に多くの人々は1日3回、ごはんを食べているわけで、都度おいしいものとは限らないとはいえども、それを表現する機会の数は圧倒的です。

 

英語では、これらを暗記して使いまわしてきた日本人の英会話ですが、こんなにたくさん表現がある、というのは知ってましたか?

https://eigobu.jp/magazine/delicious

https://eikaiwa.dmm.com/blog/13815/

https://mysuki.jp/english-yummy-6214

 

Precious One English School では、最初の体験レッスンですでに学んでいただくのですが、日本語と英語の違いは、ここにも出ます。

 

日本語は「ありきたりな言い回し」「記号的な言い回し」「定型的な言い回し」が、ひどく広い範囲を示し、無難なのです。

 

おつかれさま

がんばって

いらっしゃいませ

いつもお世話になっております

了解しました

 

などなど、かなり範囲が広く、具体化していない語を便利に使っている傾向があるのです。当然「おいしい!」もそのひとつです。しかも、このdelicious という日本人が一般的に使う言葉は、非常に固く、フォーマルで、大げさに過ぎるのです。なので、理解のズレが生じてきます。

 

いちいち delicious を使っていたら、断食を10日くらいして食事会に出てきた人くらいに怪訝な感じになりますね(笑)。

 

日本人は苦手ですが、比較を使った表現もよく使いますし、現在完了の経験でも表現しますし、多岐に渡る形容詞も使われます。

 

こうした意味でも、日本語で自分は物事をどのように表現しているのか?相手に真意が伝わっているのか?理解に到達してもらえて、さらに話相手からいい情報をさらにもらえているのか?などなど、検討してみたほうがよさそうです。

 

せっかくおつきあいをいただき、時間を割き、情熱を傾けているのであれば、ましてやごはんをいっしょに食べる仲であれば、ぜひともその機会を思う存分、広げていただきたいと願います。

 

日本語でも漢字・カタカナ・ひらがなで表現すると語感が違うということはありませんか?

 

おいしい

オイシイ

美味しい

さらに、絵文字などもあります(笑)。

 

ゆえに、多様性について、本当の意味でまだまだ日本人は知ってはいないのかもしれません。このパンドラの箱を開いてしまったのだから、行くところまで行って、いろいろ掘り起こしてみて、何が出てくるのか、ぜひとも楽しんでいただけたらと思います <(_ _)>

ケアレスミス

03/29/2008 にアップした文章です。

 

ケアが行き届かないがためにミスる、という現象はよく起きます。いわゆる「気がなかったから」「注意していなかったから」「集中力に欠けていたから」などなど、いろいろな表現ができますが、なぜにこのような単純なミスを!?と思うことは、第三者には多いことでしょう。私自身、これがゼロか?と問われれば、ありえるありえる(爆)。ほら、最近、シュミで数学をやり直し始めたではないですか。+や-の記号を付け忘れるだけで、答えは大幅に違うわけで、「子どもたちはこのように苦労をしているのだなぁ・・・」などと、やけに感慨深いのです。大人だって、三人称単数現在のSを見ているのに、見ていないことだってありますしねぇ・・・。どうしてこのような現象は起きるのか?

 

ケアレスミスというのは、英語で日常的には使われていません。ミスというカタカナそのものが、実際はMistakeという名詞の略語なので、いろいろなジャーナル(日記)を見てきましたが、9割の生徒さんは間違えているので、おそらく全国的に日本人はかなり多く間違えているのではないか?と思われます。しかもその動詞は、Make a mistakeなのですが、努力と同様、慣れない使い方なのかなぁ・・・。この動詞が見せるように、英語では、ミスは「S(主語)である人物や団体や物事が作るもの」という概念になっており、「自然発生」ではないこととみなされます。

 

まず、どうしてミスが起きるのか?というのを、生物学的に考えなければ手落ちなのですが、どうもヒトというのは悲しい動物で、他人のせいにすることがかなり得意です。実際には、おそらく、体調が悪いという最初の存在の正常さチェックをしていないことが多いのでしょう。どんなに強靭なヒトであっても、体調はいつも万全なわけもなく、しっかり機能してくれるかどうかはアテになりませんが、健康であることは当たり前と思っている人々は多すぎるような気がします。

 

東京に戻って来て感じたのは、「身体の声」を聴くには、ちとうるさすぎるし、モノが多すぎるし、ヒトが多すぎる(笑)。TVもケーブルをいれずとも、7局あり、かと言って、違うことを提言してくれていろいろな可能性を模索してくれているか?といえば、そうでもなく・・・(苦笑)。同じニュースを扱うにしろ、どのチャンネルを見ても、微細な差を読み取るゆとりがあるヒトたちがいるか?というのも疑問。なぜならば、車や電車やヒトなどが出している音がうるさいから。いつも刺激が廻りを取り囲んでおり、本当にひとりになり、静かに「反応せずともいい瞬間」を持てて、それを満喫するような状況は少ないなぁ・・・と思えるわけです。まぁ、比較するものを持っていないヒトにとっては、「それが日常」なのですが、本当にフルに身体能力を使っているのかどうかは疑問。

 

よしんば、住居でひとりになれたとしても、モノがあって、任天堂DSライトやTVやPCを使ってしまえば、純粋な意味のひとりでもないしなぁ・・・。トイレやお風呂くらいしか、ひとりをしっかり満喫しきれていないのが、たとえ一人暮らしであったとしても、実態なのかもしれません。

 

私の母は独り言も多いのですが、彼女が「誰に向かって話しているのか?」を見極めるのには、かなり時間がかかりました。西さんが台湾に赴任してから、6年はひとりで暮しましたから、ネコたちのように内容に対してTalk backしない環境に慣れてきたわけです。母は、特に私の発言を重視しているわけでもなく、ひとりで好き勝手に話しており、それをイチイチ相手にしないようにコツを取り戻すために、けっこう時間を費やしましたね(笑)。何か作業中であると、どうも「中断させられた」という被害者意識になってしまっていけませんでした(笑)。

 

仕事場でも、「相互監視」という意味では、パーティション(壁や仕切り)がない職場というのは、欧米でも日本式が取り入れられたのですが、細密・緻密な仕事内容の人々にはアレは向かないでしょう。通訳やSEなど、ある程度の孤独や静けさが必要だと思いますねぇ・・・。

 

そこで、勉強をしている子どもたちにもインタビューをしてみましたが、他発生の音がいかに多いのか?というのは、実感しました。それに慣れてしまっており、フルポテンシャルが出ていないかもしれない、という疑いを誰も持たないのがすごい・・・。まぁ、勉強には完全なる静けさというのは必要ないにしろ、ラジオやTVをつけているのは、あまり効率がいいことではないように思います。「つけていないと勉強できない」とまで主張する人々が増えてきたのは、どういったことなのか?

 

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%92%E3%81%AE%E6%B3%95%E5%89%87 >ハインリッヒの法則。

 

そうだったんですねぇ。日本では、爆笑問題がTVで世間に広めたんですねぇ。

 

http://en.wikipedia.org/wiki/Behavior-based_safety>英語版

 

こんな災害予防や発生率がなぜケアレスミスに繋がるのか?と不思議に考えていてはいけません・・・。関係あるんだよぉ・・・。社会という大きな枠組みで生きているからには、状況(Situation)設定があって、その中でのパフォーマンスでのミスを考える必要があります。これを個人に掘り下げて応用していくのが、ケアレスミスを減らす方法に繋がります。

 

1. 目標を設定する:無理な目標は到達できないので、現実的な数字や計画の中、目標を設定。

2. 期待される失敗行動を考える:ハイヒールが折れるだとか、電車が止まるなどと考えないヒトいますよね・・・。アレ、ダメです。悲観的になれと言っているわけではなく、確率的に多い事故というのはありますから、それを予防するためには、確率が多い事故から低い事故までが羅列できる、ゆとりできる心と頭が大切です。

3. これまでの自分の行動を正確に反芻してみる:どんな失敗が多かったのかということすら、わかっていない人というのは実在します。

4. 「なぜ起きた」をじっくり考える:3.に起きたことは「なぜだったのか」を考えないことがよくあります。避けたいんでしょうが、避けているからこそ、また同じ失敗を「自らが起こす」ことを繰り返します。

5. 他人の第三者的意見を、3.4.のデータについて聞いてみる:自分ひとりで結論を出すと、悪循環や自分の視点から抜け出せないので、バンバン他人の意見を求めてみる。

6. まとめたところで対策を出す:ひとつだけが対策でもないので、いくつかを出してみる。

 

と、まぁ、こんなプロセスが出ます。もしも、根本的に疲れているようであれば、休息を取るということから開始して、どんなミスが多いのか、やっぱり自分で把握しないといけません。私の場合、英語講師なので、TOEICやTOEFLや英検の試験でのケアレスミスを見ていくのですが、この6つのステップを、生徒さんといっしょにやることで、TOEICなら軽く30点や50点はアップしますね。

 

どんな分野でのケアレスミスか、個人によって違うと思いますが、ぜひぜひ、検討してみてくださいませ♪

 

春の素朴な愉しみ

03/28/2008 にアップした文章です。

 

いよいよ桜が咲きますねぇ♪この土曜日がお花見日和らしいのですが、私は1日中学校のクラスルームで教えている最中になります。高いビルから、新宿御苑が見えるのですが、桜のピンクは見えるんだろうか?桜の樹木の下でのドンちゃん騒ぎが「素朴」に当てはまるのか?と問われれば、私にとってはダウト。しかも、私はこの年齢にして、あのような宴会には生涯出席したことがないので、いまさら始めるようなつもりもなし・・・。では、何が素朴な愉しみなのか?うーん、切ないのは、いくら考えても、私は5月3日くらいまで、完全休日がないかもしれないということなんだよなぁ・・・。ふぅ・・・。

 

素朴:(1)飾り気がなく、ありのままな・こと(さま)。(2)考え方などが単純で、綿密な検討を経ていない・こと(さま)。

愉しみ:(1)たのしいと思うこと。また、たのしいと感ずる物事。趣味・娯楽など。(2)たのしいであろうと心待ちにすること。また、そう感じさせるさま。

 

私は貧乏育ちすぎて、かなり質素なんだろうなぁ・・・。特に何かやるでもなく、素朴なことで楽しめる。先ほども、商店街を抜けてきて、パピヨンという種類のわんちゃんが、連れていた50代女性に甘えて、「もう歩きたくない」とでもシグナルを送ったんでしょうねぇ。女性は、「しょうがないわねぇ・・・」と言いつつ、抱っこしてあげて歩き始めました。きっと、春だからいつものお散歩コースよりも歩いてしまったのかもしれませんなぁ、などと考えられる自分は、倖せなやつだと思いますねぇ。そこで、私はふふっと笑わせていただけましたから。

 

女の子の洋服は、確かに軽く、明るくなってきています。私自身はまともな衣替えをしないのですが、街中では読書をせずに、前を向いていれば気づく・・・(笑)。でも、眠い方々もまだまだけっこういらして、決算期が終わっていないことも気づく・・・(笑)。

 

さらに、春の何が知らないあいだに楽しいかって、花粉症の方々は苦しいと思うのですが、身体が軽くなること。新陳代謝が1年で最も活発になるので、意識すればするほどデトックスもできて、汗もかけて、痩せることにも繋がる季節なのだ。この点では、いくら技術進歩をしても、便利な世の中になっても、ヒトは生物学的な影響から逃れておらず、昨日のエッセイの続きのヒントにもなるのです。私が最近感じているのは、頭皮での代謝の活発。冬の乾燥した頭皮とパサパサになりがちな髪とは、明らかに違いが出ています。疲れるほどに仕事をすると、やはり頭皮が汚なくなっている感じがするので、乾燥というだけではなく、身体の内側から出ている脂分のようなものがわかる感じ・・・。そんなの微妙な差だろうと言われればそれまでなんですけどね(笑)。夏になったら、二度も三度もシャワーを浴びたかった去年の夏を思い出します。今年は、去年感じたよりはきっと暑さにも順応しているんだろうなぁと思うと、「かかってこいっ!」と思えるところ←そんなに構えなくても・・・(汗)。

 

朝かなり明るさが増したことや、夕方も以前よりずっと長く明るいことは、なんとなく気づいていませんか?いや、花粉症の方々はマイナスな意味で如実に身体が感じていらっしゃるのかもしれませんが・・・。タンポポの種が舞っているところをすでに見かけたりしていませんか?が、それらを口にして、誰かと話題にしていますか?

 

なんだか昔は、「あったかくなったねぇ」「春だからお弁当持って川原に行こうか?」などと、素朴だった気もするんですが、駅前に住んでいるせいなのか、職業柄なのか、至ってそんな場面を見かけないのはさみしい限りです。もしかすると、書店に行けば、「春の行楽弁当」などという奥様雑誌が溢れているのだろうか?でも女性雑誌は、単に「春のメイク」「春の装い」なんだろうな・・・。

 

私が感じるのは、生徒さんの4月度の入れ替えです。土曜日は1日中、英語学校に詰めているのですが、文法の簡単なグループのクラスを2個終了し、ひとつは、資格のボキャブラリーというクラスで、英検やTOEICに頻出する単語のクラス。もうひとつは、Writingのクラスで、初歩的なものを。TOEICを中心に勉強すると、Input(文法のために読んだり聴いたり)は鍛えられるのですが、Output(書いたり話したり)がおろそかになります。なので、Writingは少し段階が下がるので、いろいろなレベルの人が集まるんだろうなぁと、チャレンジングな仕事が愉しみです。

 

さらに、プライベートレッスンでも、生徒さんの入れ替えがあって、お引越ししたり、留学したり、終了したりする方々の中、最も若い生徒さんを見ることになりました。14歳(爆)。1993年生まれだそうで・・・。英検準1級を確保しておいて、AO入試に役立てるという風潮は、ここのところニーズが増えているようです。もうひとりも、高校2年生の英検準1級を目指している生徒さんです。Pre-TOEICというクラスも、昨日で3ヶ月コースが終了し、4月から新しい生徒さんといっしょにまた開始です。

 

こうして気づいてみると、引越しもやっぱりこの時期が多いんだろうなということ。不動産関連のCMや広告や看板がどうも目につく・・・。どうやら、離婚も3月がもっとも多いらしいです。子どもたちがアジャストできるよう、新たな年度に新たな気持ちでの新たな生活を、という心理が働く人が多いのです。実務的にも受け手の慣れがあり、便利なことが多いのですが、実際は窓口などが混まないのかな?と、合理的な私は考えてしまうのでした。引越しはやっぱり料金はお安いのだろうけれども・・・。でも閑古鳥の儲からないときのお客様のほうが、いろいろ便宜を図ってもらえるのかな?などとも思う・・・。

 

卒業式や入学式の区切り目は、私にとってはもう遥か彼方の出来事になりました。最後に卒業式に出席したのは、いつだったか?高校の卒業式は出なかった記憶が(爆)。大学の卒業式も出ていないんですよ。どうもイベントは避けたがるやつのようで・・・。市の成人式にも出ていないし、自分の結婚式もしていないし、他人の結婚式も、日本国内では親戚のものに出た最後がおそらく11歳とかそんなものかもしれない・・・。ええ、弟の結婚式にも出ていないんですね、私・・・(汗)。けれども、知り合いや友だちや友だちの息子さにんや娘さんが、卒業式のことを話してくれると、とてもドキドキして楽しいので、やはり自分の経験を記憶していはいるんでしょう。あそこで、ナマの心が出てアップダウンするのがイヤなので、そういったイベントには出ない模様です(笑)。でも、話を聴くだけで楽しいので、これからもその路線で・・・♪

 

食べ物も春らしくなってきており、野菜がたくさん並んでいます。でも日本の野菜高いなぁ。国産になると、またもやものすごく高くなる・・・。春たまねぎのオニオンスライスを心待ちにする私は、やっぱり安上がりなやつなんでしょう・・・。ニンジンも筍も待ち遠しいよなぁ(笑)。カツオが出てきたら、ネコたちが狂喜します。うどちゃんたちは賢いので、スーパーの袋やエコバッグを持っていると、その中から自分たちの食べられるものが出てくるのを待って、ちょこんと座るんだよなぁ(笑)。

 

しかも、私は4月6日から産業カウンセラーの講座が始まるので、なんだか新生徒として、ワクワクしているところなのだった。春はいいですねぇ♪ワクワクドキドキ愉しんでくださいね♪

 

弱肉強食の論理

03/27/2008 06:00:00

またもやすごい事件が・・・。日本でも無差別殺人がどんどん起きているようですが、私もぼーっと駅では読書しつつ歩いていたりするので、気をつけねばならぬとつくづく思いました。しかも、荒川沖という駅は、西さんが勤めていた会社の工場がある近く。うーん、本当に他人事などではないのだ。シリアルキリング(Serial Killing)の場合、殺人者はどうしてもその愉楽を長引かせて、もっと殺す瞬間を楽しみたいがために、弱者を狙い、なるべく捕まらないようにする傾向があるようです。そうでなければ、殺人行為そのものが成功しないということもありますが、相手が強者であれば、殺人という目的が叶わないからです。あなたは弱者ですか?強者ですか?

 

私は簡単に弱者であるとお手上げ万歳ポーズを取ってしまいますね。電車の中で、強気で「足を踏まないでください」とも言えないし(だって、雪崩現象だから、そもそもの元がどこにあるのか、あんなもの判別がつけられないので、真横やまん前にいる人を責めてもどうしようもない・・・)、実際によく本を手にして、しかも読んで歩いていますし、職業柄、かばんの中はテキストやらいろいろが詰まっておりけっこうな重量があり、腰痛持ちですから、それほどダッシュできるとも思えず・・・。無差別殺人であれば、私は格好の弱者で、刺せるし、撃てるし、殴れるだろうなぁと、冷静に考えますねぇ・・・。

 

私は電車で眠ることはほぼなく、母のように電車で眠るのがシュミでもないので、いつも新宿往復は特急か準特急(どちらも停車駅は同じで、新宿から出て明大前に停まり、次が調布)に乗ります。読書をしたり、添削をしているあいだで、15・6分はすぐにさくっと過ぎます。各駅だと、母の話によるととても気持ちのよい35分が過ごせるのだそうです(笑)。が、あれも、バッグを抱えて眠っていないと危ないのではないか?などと思うのは、私がアメリカに住んでいたせいなのでしょうか?スリの妙技というのを私は目撃したことはないのですが、池波正太郎の『鬼平犯科帳』にもたくさん出てきたし、パリやイタリアと同じくらい、東京には妙技を持つスリがいるような気がしています。眠っている人の横に座って、なんて技は子どもだましなんじゃないかと・・・。うーん、でも、数千円くらいしか持っていない人のほうが多いのかなぁ・・・。

 

さらに、弱者狙いと言えば、夜のガソリンスタンドというのは、アメリカでは「殺されるかもしれない危険が高い」職業になっています。夜シフトは引き受けない人が多いです。コンビニもそうです。タクシーの運転手さんや売春をする人々は、最初からそのリスクをそれなりには理解していると思うのですが、アメリカの常識から行けば、それらも危ない職業のうちに入ります。弱者だと自分をみなした人はおそらく就かない職業です。昼間でも、ガラス越しにしか話ができないような作りになっているガソリンスタンドはたくさんあって、手すら入れられない。今となっては、キャッシュよりもカード取引のほうが多いですが、小銭でわずかずつしかガソリンを入れない人も未だにいるので、小銭(チリも積もれば山となる方式)を扱う職業で、人員が少ない場所は危ないです。弱者だと思える方はそういう職業は、日本でもやめておきましょう。

 

が、もうちょっと考えてみるに、人を襲うような、危害を加えるようなことをする犯罪者というのは、強者なのかどうか?ということ。もう一度、よく考えてみたほうがいいのかもしれません・・・。

 

弱者:弱い者。力のない者。社会的に弱い立場にある者。⇔強者

強者:力や権力の強い者。⇔弱者

弱肉強食:〔韓愈「送浮屠文暢師序」〕弱者が強者のえじきとなること。強者が弱者を思うままに滅して栄えること。優勝劣敗。

 

Wikiではこんなふうに出ています。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E7%9A%84%E5%BC%B1%E8%80%85 >社会的弱者

所得格差による差別 – 低所得者を貶して見下し、酷く扱う社会的風潮。

ジェンダー(性差)による差別 – 男性差別、女性差別など。ジェンダーによる勤務時間や給与差、世間体からの評価・扱いなど。

アクセシビリティ – 身体的能力、学歴、社会的スキルなどによる差別。交通弱者など。極端だがしばしばみられる例として疫学的理由のない隔離など。

法律的・文化的な差別 – 国籍、人種、エスニシティー(民族性)による差別。

マイノリティ:社会的に数の少ない集団、あるいは発言力の弱い集団。

私は、やはり生物学的な弱肉強食の意味を基本にしたほうがいいとは思うのです。ですから、実際には、『弱肉強食論理』などというものはありえない、というのが私の結論です。社会的に照らし合わせて、どうも好き勝手な解釈をしている人が多いのですが、その基が、「社会ダーウィニズム」を唱えた、Herbert Spencerです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E9%80%B2%E5%8C%96%E8%AB%96

 

社会的意義がなかったとは言えませんが、混同は混同ですね。正しい正しくない・強い弱いという自然界の摂理だけではなく、社会はもっと違うたくさんの複雑な要因で物事の方向性が決まります。自然界の摂理のすべてが通用しないのは(大きく影響していますが)、この複雑多岐に渡る要因のすべてを網羅したもので、法則性を見出せないことにあります。だから、心理学や社会学などは、エセ科学などと呼ばれてしまうわけです(汗)。

 

ひょっとしたら、犯罪者の側、強者の仮面を一時的に被る人々も、どこかでやはり社会的弱者なのかもしれません。

 

もうひとつのアングルとして、この一連の報道で思うのは、何をやっても言っても、親はいろいろなことを言われるのであろうということ。すでに、父親がまともに「定職につけ」と言ったことだけで、「父との確執」と書いている見出しもあるし、会話が少なかったことなどにも言及されており、人の親というのは、本当にたいへんなものなのだと思わされます。24歳にもなった息子が何をやろうと、個人として責任を取れ、取らせろと、私などは思うんですが、どうなんでしょう?私のほうが厳しいのでしょうか?

 

なんだか、広げるだけ広げておいて、解明したり、自分の意見をしっかり言っていない気がしますが、ちと忙しいので、次へのお題として残しておきますね。これ、夕方の空いている時間に書いているのですが、ニュースで新たな情報が次々と出ているようです。まだ、何も確固たることは言えそうにないですし・・・。私が自分に出す宿題になってしまいました・・・(汗)。

 

GW Boot Camp 記 X

5月6日(月)

英語の習慣と時間管理

健康と学習

Determiners:名詞につける冠詞・不定代名詞など数に関するもの

さまざまな疑問文

 

さらに時制を深く堀りこむ

さらに助動詞を深く掘りこむ

さらに前置詞を深く掘りこむ

 

到頭最終日が来てしまいました (・・;) 毎日さほど疲れることもなく、ビールもおいしく、翌日もしっかりと明るいおはようで開始できる日々でした。

 

しつこく、さらいしつこく、継続のコツは、勉強をしている風にしないで、スキマや移動の空いている時間に「習慣」として、ちょちょっと当たり前のこととしてやってしまう体質にする、というのを、Precious One English Schoolでは激励しています。

 

そのために時間管理の「理想形」をご紹介して、達成のための流れやポイントを自分なりに組み立てられるかどうか?を検討してもらう時間を取りました。

 

さらに、健康に関しては「死ぬまで自分で動けるように健康でいることをイメージする」というのを、みなさんの総意のもと、展開していきました。

 

determiners: 【文法】 限定詞常に名詞の前に置かれる機能語で,冠詞形容詞的用法指示および不定代名詞代名詞および名詞の所有格などをいう》.

 

文法の世界で、これをまとめてやっているスクールは少ないです。名詞には距離感がある、とPrecious One English School では説明しています。

 

さらに、さまざまな疑問文を網羅しました。5W1H+2H(Whose/which)を含み、どんなふうに疑問文が効果的に使えるのか?など、英語らしい表現も学びました。

 

結局、日本人の弱い文法は、

1.Determiners を含む、名詞の単複と冠詞

2.前置詞

3.時制

4.助動詞

だという結論が出たGW Boot Camp 10日間でした。

 

が!本当によかったことは、やろうと思えば、10日間くらい、朝から夕方まで授業は受けられるということ。大人になって、「そんなの無理だー!」と思った人でも、やり遂げられたことにより、何か裡側にあるものが、確実に変わったことを実感できることです。

 

自習に来る確率も増えていますし、チャットワークもおしゃべりが軽くなってきました。

 

やればやっただけ結果が出るようにすることは可能です。次回は、お盆のお休み時を予定していますが、うーん、私も少しは休みたい気持ちもあります(笑)。

 

年末年始も予定したいですが、まだ見えておりません。幾日かはやろうとしています。

 

アンケートを別ページに載せておきましたので、ご興味がある方はこちらから。