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子どもの使い

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05/09/2007 にアップした文章です。

ダウンタウンが相当前からやっている『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで』という番組、帰国してもまだやっていたので感動いたしました・・・。私が父の看病のために帰国したときに、「へぇ、ダウンタウンも冠番組持っているんだな」と思っていたのですが、深夜だったので、「そうか、欽ちゃん(萩本欽一)のようにはいかないんだなぁ(8時台や9時台に毎日すべてのチャンネルを網羅してやっていた)」などと思っていたのです。が、今回戻ってきたら、なんだか大御所の次くらいのランクまで上がっている感があり、(大御所の上は文化遺産のようにもう枯れていて出ていない人たちということで・・・)。

今日はあれから発想をもらったのかどうか、まだちょっとわかっていません。ただ、ふと心に思い浮かんだ言葉がコレだったので、書きながら繋げてみます>もっと計画的な文章書けよな、と言われても、返す言葉もございません・・・(汗)。今、たいへんにイライラしていることがあります。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%80%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%82%A6%E3%83%B3%E3%81%AE%E3%82%AC%E3%82%AD%E3%81%AE%E4%BD%BF%E3%81%84%E3%82%84%E3%81%82%E3%82%89%E3%81%B8%E3%82%93%E3%81%A7!! 長いのだけれども、客観的な情報です。
http://www.ntv.co.jp/gaki/

使い:(1)使うこと。使う人。他の語と複合して用いる。(2)用足しのために外出すること。(3)用足しのために人をさしむけること。また、その人。使者。(4)神仏の使者とされる動物。つかわしめ。(5)召し使い。そばめ。妾。

今日も申込書やら銀行口座うんぬんやら予約やらも含め、英語でビシバシといろいろやっていたのですが、元の情報を日本語で、社内の部署から調達せねばならぬ・・・。そこが曲者なのよ・・・。

(あ、曲者って人だけを指すのかしら?うーん、やはりほぼ人を指すみたいだ・・・。
曲者:(1)賊・敵などあやしい者。(2)一筋縄ではいかない人。ひとくせある人。(3)油断のならないもの。気の許せないもの。えたいの知れないもの。(4)なみではない人。(5)妙手。異能の人。(6)ばけもの。怪物。)

別に対象が人じゃなくたっていいじゃないか!とコレにも抗議したくもあるのですが・・・。でもここからは離れるよ・・・。

「○×ができるだけ早く欲しいのですが、いつになりますでしょうか?お願いいたします」と質問および依頼した場合、「もう相手方(よそ業者など)に出してはあるんですけれども」だとかいう答えはまったく的確じゃないでしょ・・・。子どもじゃないんだから、そういう答えはないでしょ、と、思うのです。英語であれば、Whenを聞いているのに、明後日の方向に向いた答えなのだよね・・・。責任回避なのかい・・・、と。さらに、依頼したことについて、当然のごとく触れてくれない・・・。いったん受けたことについても逃げているわけです。で、二度目のやりとりが、「2週間くらいかかりそうです」と、これもまたガキの使い第二弾なのですよ。「では、あなたの部署はいつ!依頼したの?」「2週間というのは全工程に2週間なの?それとも今から2週間なの?」そして、今度こそはちゃんと受けてくれるのだろうか?と、不安は拭えないまま、「こうしてコーポレートライフは営まれているのね・・・・・・・・・・・・・・」などと実感しているわけなのです。

こういう社内のメールや電話のやり取りって、仕事をとても遅らせているのは歴然です。しかも同じところに、海外送金の際のインフォメーションを聞いたのですが、どうしてすぐ出てこないのだろう?町工場でもなければ、父ちゃん母ちゃんビジネスレベルではなく、摩天楼の中の大きなビルのワンフロアを占領している規模の会社が、どうしてSWIFT Codeも出してこられないのかが不思議だし、正式な英語の会社名や口座名なども、言われずともつけてこないのかが不思議・・・。

西さんは、私をとっ捕まえて「絶対のないこの世で、きくみはゼッタイにひとつの会社で他人にこき使われて働くことはできない」と言い切ります。特に、今もこき使われているとは思っていないですし、この程度の理不尽など当たり前だと思っていますが、「この状態を改善する前向きさ」は失ってはいかんと思うので、不平・不満レベルではなく、抵抗はするのだけれども、それが繰り返されていくと、他人の目からはどうも「反抗分子」だとか「従順から何マイルも離れたところにいる面倒なやつ」と思われてしまうのだろうか?

今朝の新聞に、子どもたちは小学校高学年になっても「支持」という漢字が書けない割合が多すぎるなどとありましたが、いくつまでに何を、というのは目安であって、絶対値ではありません。いろいろな人がこれもBlogに感想を書いていますが、文句が多いし、嘆きが多い。私もついこのあいだ日本語力について書いたばかりなので、このお題をメインにするのは避けたのだった…。(ちなみにコレ:
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20070508k0000m040091000c.html これと朝日を比べてみて♪わかりやすさが同じニュースなのに違う…。http://www.asahi.com/national/update/0507/TKY200705070281.html
しかも、彼らはまだ子どもだからいいのよぉ。小学校6年で漢字がロクに書けずとも、義務教育だってあと3年もあるし、高校まで行く気があれば6年あるし、大学まで終わらせる気持ちがあれば、10年あるじゃーないですか。学校に通い続けている限りは、日本語で他の教科を習うにしろ、漢字を含めた日本語ができなければスムーズには理解へと繋がらない。なので、気づく。

けれども大人なんだよね、問題は。「任天堂DSやってるんですよ!」って言いつつ、クイズ番組で間違えている人たちいるよね(笑)。なぜDSやってもダメなのか考えてみたほうがいいかもしれない。ある程度のボキャブラリーもなく、漢字の象形文字の仕組みや法則性などを知らない人が、自分の手で書き取りをしないまま、時間をあまりかけずに目だけで脳に直結させようと甘いことを考えていると、やっぱり案の定記憶に留まらない。効率もその後よくない。

そういうステップを万事で踏んでいると、何かをやるのに(特に仕事で)、「子どもの使い」になっちゃう確率が高いのではないかと思うのだ。そして、それはたいへんに周囲にいる大人をイライラさせることである。しかも生産性を低くすることだし・・・。いつまでも子どもでいたい気持ちはわかるけどさぁ・・・。ChildlikeとChildishの違いはここに出るのだ。

やっぱり西さんは大当たりだよね・・・。私はコーポレートライフに埋もれて生き続けてはいけない・・・。