ブログ

芸能界の不思議

カテゴリー:ブログ

08/22/2007 にアップした文章です。

 

昨日は、生徒さんのうちのひとりに、私がお金をいただいているにも関わらず、達観を教えていただきました。勉強になりました。ありがとう♪彼は、19歳で、音楽のレコーディングその他の機材関係の技術者になろうとしており、日本で専門学校に行くよりは、アメリカで行こうとしている、かなり地道な「手に職派」なのです。英語のセンスも悪くなく、その理由は、日本語の本を年齢の割りにしっかり読んでいることだと、授業後に雑談をし、駅までいっしょに歩いている中でわかってきました。

19年のギャップを埋めるのはしんどい作業だったのですが、すんなり生き延びているかのように見えて、しかし、子どものような好奇心はまだまだ充たされることがなく、授業中にもなぜか質問が出てしまうのよ(笑)。「お金返せ!」と言われないのは、倍以上歳を食っていて、アメリカに長年住んでいたことがあり、英語ができる私に教えられることがある、というのは楽しい事実なのでしょう。Selfというのは、ここでも自分が優位に立てる場合にはよく機能するのだ。私は逆に、これを知ってから、自分が優位に立たない側に廻ることに砕身してきましたが、前途洋洋たる若人の未来は、お世辞でもなんでもなく、そうすることに価値があります。いや、若者ではなくとも、価値ありだからやり続けているんだけれども・・・。

私の長年の謎は、一般大衆気質から出ているもののようで、私はいつまでも自分が一般大衆以下、底辺くらいに居るとどうも思い込んでいる節があるし、その気質というのは生活が変わっても失われていないようなのである。食べ物全般にも言えるのですが、口が貧しいままで、フォアグラもトリュフも特にすんごい好きではなかった・・・。神戸牛も松坂牛も特に食したいとは思わず・・・。庶民派のどこにでもあるもので、かなり満足な自分が、さっぱりしていて、浅ましくなくて好きなのでしょうねぇ・・・←自己防衛本能をまだまだ知的次元でも駆使しているのだ(爆)。

芸能界の謎というのはコレ;一般人と同じような顔つきで芸で能ならば、特に芸能人ではないのではないか?という疑惑・・・・。何度か書いたことがあるのですが、19年のギャップのせいで、やはり強く思うのです。芸や能がある人々ももちろん中にはいるのですが、結局のところ、容姿にしろ顔立ちにしろ、特にカリスマ性があったり、極端に夢の世界から一時期訪れている天女や王子様かもしれない、というような雰囲気をかもし出している人々はそうそういない。

私がものすんごいショックだったのは、時代小説から手をつけたせいで、『水戸黄門』を見てしまったとき。助さん・格さんの殺陣が殺陣とは呼べないシロモノだったこと。それでも、数年経った今、けっこう以前よりは上手になっているらしい・・・。しかもタイトルバックは横書きだしよぉ(笑)。その点、再放送の『暴れん坊将軍』を見ると、やっぱり松平健の殺陣はすごい技術あり。自分を大きく見せる方法やら、臨場感溢れる醸し出しがすごいのだ。逆にびっくりしたのは、東山紀之が『必殺仕事人2007』で見せていた殺陣で、かなり上手だったことにうれしく驚きました。ダンスってやっぱり芸なのねぇ・・・。リズムや間なんかで共通点があるのでしょうね。水戸黄門のほうが、若い人たちより殺陣が上手なのは、ちと見ていて不思議ではあったのだ・・・。

あとは、歌がうまくない人々が歌手という商売をしている事実。なぜなんだろう?アメリカでも一部、うまくない人々が売れていますが、あの余波なのだろうか?憶え易くてカラオケでみんなが楽しく歌える歌が、たくさんたくさん世に出ることが主目的なのだろうか?こうして、着歌や配信技術が向上してきて、やっぱり庶民熱というのはますます加速していくのだろうか?まぁ、私が義務のように聴いていた松任谷由実だって、決して歌唱力があるとは言えぬ・・・のだが・・・・(汗)。

他にも、お笑いでは、「私の友だちのほうがおもしろい」と言いたくなるレベルの人々は、確実に実在しており、それでもTVの仕事がバンバン入っていて、みっともないことやみじめなことをやればいいのか、というような風潮もあり。

どうも、私は、「私にもできること=お金を払ってまで見ることじゃない」というド庶民根性があるようで、やっぱり一芸に秀でた芸能人というのを求めるところがあるんだなぁ・・・。欽ちゃんが24時間TVで70kmのマラソンをしたのに感動した人々は多いと思うのだけれども、アレは私には到底できないので、やはりTVを見てしまう価値ありなのだ。しっかり視聴率男の異名はキープできるし、すごいなぁと思う・・・。

そこで、19歳の彼は、教えてくれた・・・;先生は夢を見すぎですね、イマドキは歌が下手でも、おもしろくなくても、演技ができなくても、要するにプロモーションしやすいかどうか、マーケティングとのタイミングに適ってるか、ですよ。との達観。そうか。私は、夢を見ているのか(笑)。力道山や東京オリンピックの頃に生まれたのだから、やっぱりそれは正しい見解かもしれない・・・。

心理学的側面について、彼はこうも言っていた;自分もああなれるかもしれない、という夢を与えたほうが、マーケットに興味を持つし、首を突っ込むでしょ?ということらしい・・・。うーん、そうなのか・・・。私はやっぱり逆を行くんだよなぁ・・・。私が到底背伸びやジャンプや生まれ変わっても、ああはなれないだろうな、と思える人に憧憬を持ち、追いかけ、興味深々でTVや雑誌を見るほうがおもしろいんじゃないかと・・・。

たとえば、Angelina Jolieを私は大好きなのですが、彼女のようには到底なれないと思う。気持ちはいっしょなんだけれども、無理だということは、容姿の点からすでに歴然。心はいっしょなのよ・・・。結婚なんてわざわざしなくたっていいじゃないか、だとか、子どもは地球の宝、だとか、世界中のまだまだ倖せでない人たちのために献身したい、だとかね・・・。でも、私には彼女ほどの財力はないし、子どもを持つことも諦めてしまっており、到底無理だから、代償してくれているような彼女に、心理的に投射しているところがあります。Mother TeresaやGandhi, Einstein, Darwin, Martin Luther King Jr., Bill Cosby, Mel Gibson,とどんどんリストの名前は増えていくのですが、みんな私ができないようなことを、ちゃーんと体現していてすごいです。芸もあり、能もあり、何より情熱がずっと続いていることがすごい。

日本人でも、好きな人は到底私じゃぁなれそうにない人々なのです。確かに夢を見ているんだろうけれども、自分について夢を見なくなったんだから(計画へと変えていく)、ここくらい夢を見させてもらってもいいんじゃないかなぁとも思うのよ・・・。

芸能界というのは、英語では、Entertainment、Show Businessというのです。だったら、Entertainされないとどうも我慢ならぬのだ。見せてもらわねばどうも我慢ならぬ。ダメですかねぇ・・・。明日、西さんが戻ってきて、今度は1週間いられるようなのですが、彼は、吉永小百合は、牛乳風呂に入っていると信じ込んでいました(笑)。彼も、そうした夢を見ていたのでしょうね・・・。

芸のない、能のない、芸能人反対なのですが、多数決で負けているので、せめてできることは、TVに夢中にならないことくらいでしょうね・・・。しかし、19歳の彼は、しっかりしており、私は久々に「心配しなくてもまったく大丈夫な子」を見た気がします。そもそも母性が少ないので、年下の人たちを心配しないと思われがちなのですが、実際は、日本や世界の未来を背負う人たちみんなを、一様に心配しています。信頼していないのではなくて、祈るような気持ちで。