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紀久美先生へのQ&A~心理学講座編~その57

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Q57.

いわゆるDQN(ドキュンネーム)についてはどう思いますか?

 

A57.

時代が変わっていく中、名前にも物や事、現象などと同じように、流行というものがあって当たり前かとは思います。

ただ、その先駆者となって名前を付けられる方の子どもたちは、少し気の毒に思うこともあります。

親としては先見の明があり、大人になってからも生涯ずっと、いい名前だと温めてくれる♬と願って付けた名前ではあるのでしょうが、少し早すぎていわゆるDQNネームになってしまっているケースが、かなり多く見られるのではないでしょうか?

例えば、Naomiナオミ、という名前は、 https://en.wikipedia.org/wiki/Naomi_(given_name)
そもそもヘブライ語から来ています。辞書にも載っている名前ですし、これが世界中に流布してきたということについては、多くの方が知らないのかもしれません。なぜならば日本ではナオミという名前はとても popular だからです。たくさんの漢字に当てはめることができますし、日本語の音としても、かなり自然な感じがします。

女の子の名前「子」がつく時代も長かったですし、今でも続いています。「美」がつく名前が流行ったこともあります。私の名前も「美」がついています。

国際化に伴い、様々なアイディアでお母さんお父さんたちが色々な名前を考え着くのは悪いことだとは思いません。が、それを生涯使う子どものことも考えて、あまり先走った名前ではない方がいいようには思います。

それほど件数が多いわけではないでしょうが、実際に法律に触れるようなものも過去にはありました。「今でしょ!」の林修先生は、親の学力とDQNネームについて関連性があるのではないかと述べております。

本人が愛着を持てない言葉であれば、この先も裁判などで改名の手続きが行われることはあるかもしれません。ただ、親が生きている間は言えないまま、悩み続ける子たちも相当数いるのかもしれませんね。インターネットのハンドルネームや、アーティスト活動での別名など、自分のアイデンティティを他に昇華させる方法もあるかもしれませんが、やはりあまりにも特異な名前を付けられたら、子どもとしてはつらい人生になるかもしれません。

元々の考え方によるとは思います。子どもの人生は誰のものか?本人のものである、と考えられるかどうかの線引きがあります。願いを込める、希望を込める、愛を込める、という名づけができればいいですが、やはりこれも行き過ぎではなく「中庸」がいいんでしょうね。