日本語能力を伸ばすにはどうしたいいか

Precious One English School では、まず「あなたの日本語力はどのくらいですか?」を必ずチェックさせていただきます。なぜなのか?英語を学んでも、自分の母語を超えるほどできるようになることはほぼ不可能だからです。もしも特例があれば教えてください m(_ _)m

 

ゆえに、当然の論理として、日本語力がそもそも低ければ、英語はそこまでが天井で伸び悩み続ける現象が起きるわけです。なので、いつも自分の母語も死ぬまで伸ばしたい!という前提ありきで、英語を学んでいただくことにしております。

 

そこで、どのようにすれば日本語能力を伸ばすことができるのか?が問題になってきます。

 

42レッスンの英語基礎コースでは、ちょいちょいご自分の日本語能力を問われるような場面が散在しています。都度つど、自分に関して振り返りますが、なぜなのか?個人を構成しているのは、母語を介した世界観だからです。日々のクセ、脳の使い方の傾向などもわかり、いろいろなことが統合的にわかってきます。

 

日本語能力を伸ばすためには、簡単なことから開始していただいておりますが、

1.自分に興味を持ち、掘り込むためにいろいろと考えていただく

2.自分が暮らしている環境についても、今以上に深く考えていただく

3.自分が使っている日本語に対してビンカンになっていただく

4.自分の4技能(読み書き・聴く・話す)に関しての振り返りを客観的にしていただく

 

が挙げられますが、これらはあまりに漠然としているでしょうか?これらをひとりでやり続けることができれば、おそらくコーチもスクールも先輩も先生も要らないのかもしれないです。社会動物として生きている中、どのくらい自分のことを好きでいられるのか、生きている場所が好きで楽しいか、などなど、英語を単純に学ぶだけではなく、いっしょに学んでいただきたいと願っており、それをカリキュラムに入れ込みながら、これまで「難しい」と思っていたことは、実際は「日本語でもさほど深くは理解していなかったこと、気づいていなかったこと」もあるんだよ、ということを、わかっていただきながら伸ばして行き続けられる自信を持っていただけるようにしています。

 

細かいことを言えば、枚挙にいとまがありません。自分の日本語・英語のReading Speedはいかほどなのか?どこでどのように同じところを気にかけてしまい停まっているのか?どうして頭の中でイメージが湧かないのか?なぜいちいち頭の中で翻訳してしまっているのか?しかもその翻訳は正しいかどうかも判断できない、などなど、細かいことはレッスン中に行いますが、日本語でも同じことが、さらにもっと細かいところで展開されているかどうか?で、可能性の広がりが決まるわけです。

 

たとえば、日本語で読むスピードが遅ければ、英語でそれを超えることはないですし、どうしてここで停まってしまっているのか?の原因に気づけなければきっともっと停止状態は促進されてしまいますし、継続します。頭の中のイメージが湧いていることと理解の相関関係について把握していたほうが、英語だけではなくさまざまな学びに展開していけます。

 

いくつかの例だけでも、日本語での自分を振り返ることにより、英語だけではなく、さまざまなことが促進されていくわけです。ですので、まずみなさんにしていただけること、していただきたいことは、自分がナニモノなのか、たくさん考えていただきたいということに尽きます!

 

Precious One English School ではそこをあちこちで伸ばしていただくために、心理レッスンを15入れ込んでいます。考えたこともなかった!ということにたくさん出逢っていただくため、角度を変えて、ご自分を知っていただき、誰とどんなタイミングでどこでどんなふうに触れあっているのか?にバンバン応用していただけるようにしています。

人の能力が伸びるとき

ここではタイミングと条件を考えてみます。発達心理学的な考え方をまず前提としてご理解ください。ヒトは必ず「積み重ねの存在」なので、過去の経験から逃れることはできず、それを薄くしたり、奥のほうに閉じ込めたりすることは可能ですが、やはりそこに依然存在していくことは確かです。さらに、もうひとつの条件としては、DNA遺伝子でもらった器量・能力の器があります。これに関しては、多くの人々が諦めモードのほうが強いので、特にネガティブなことを羅列する必要すらないと考えるのですが、生まれながらにいいものを持っていたとしても、生まれたあと、育つ過程でそれが開花しないことも十二分に考えられます。ある刺激がない限り、その才能にはタッチすることすらないかもしれないわけです。逆に、みなさんが考えているDNAの重要度というのは、少し大げさモードになっている気がします。天才か秀才と呼ばれるほどのIQを持つ人々は、自然の摂理的発生頻度なので、全体の2.14%ほどしかいません。天才の中で群を抜いて明らかな人々は、実際には、0.13%しかおらず、ここが天文学的な頭脳を持って生まれた人々です。全人口が77億人だとしたら1000万人程度しかいません。日本の1.268億で考えると、16万5千人に減ります。しかも、ここには学歴を伴うケースなどに確実性はありません。なので、考えることすらしなくていいのでは??と思っちゃいますね(笑)。むしろ、着目点は、「持ち得ているものをまだ学ばないことにより、学び方を習得していないことにより、開花させていない」ことであって、生まれではないわけです。

 

ここまでご理解いただけたら読み進めてくださいませ♫

 

ヒトの成長にはささやかですが重要な時間のラグが生まれます。Slight, but significant differences と呼びますが、時間だけではなく、さまざまなユニークさ、特別さ、はここから生まれます。選択肢の数が2つ(コンピューターなどのような二進法)では、「頭がいいー悪い」の2つしかなく、とても窮屈な可能性を小殺ぎとるモノの見方です。ここを十進法・百進法・千進法・万進法などにして、測りの目盛りを増やすことが、ヒトがヒトゆえにできる複雑さを引き受けられる恩恵です。が、簡便や合理を追求する傾向もよいことがありますから、せめてヒトを見るときには、もう少し目盛りの数を増やしてもらえたら、と願うばかりです。

 

標準的なヒトの成長・発達段階の時期というのは、小さい頃は医師や保健師さんなどのアドバイスがあり、親御さんとしては一喜一憂することでしょう。が、そのズレは生涯、必ず辻褄が合うようにはできますので、生物学的・医学的なDisadvantages:不利・損失だけを念頭にまず置いてほしいです。

 

さて、フツーに暮らしている人々がイッタイ人口のどれくらいか?というと、大きなパワーがかけられない限り、おおよそ、68.2%です。フツーよりちょっと頭がいい・ちょっとお金持ち・ちょっときれい、など、人工的後天的パワーがかからない部分は、およそ16%。フツーよりちょっとおバカさん・ちょっと貧乏・ちょっとブス、なども同じく16%ほどです。そうなると全体の96.4%弱ほどになります。

 

ヒトの成長には確かに段階がありますが、そのひとつひとつの段階で「ある程度」は習得できても、やはり生涯それを使いまわしていかねば、忘れてしまうことや実力発揮できていないこともたくさんあります。段階的なことはおそらく生涯で考えると、Erik Eriksonのものがわかりやすいかと思います(ちなみにPrecious One English Schoolでは詳細に理解してもらっております)。https://hoiku-childcare.com/erik-homburger-erikson-hoikushi-shiken/

そして一般的な成長のための条件が環境内にいくらあっても、この段階を踏んだ発達をそれなりに遂げてきていない限り、伸びの大きさ・ジャンプは期待できません。なぜならば持っているポテンシャルは、やはり順番通りに開きやすいものだからです。

 

条件はいくつかあります。

 

1. 自分の考えが最も正しいという前提を捨てていること

2. 他者の話を広く深く聴く準備ができており、さまざまな方法・方向にオープンなこと

3. 変化を恐れないこと

4. 今回の伸びあるいは目標の先にも、キリがないほどの先があることを知っていること

5. 自分の感じ方・考え方を整理し、他者に評価をしてもらう勇気を持つこと

6. 成功するまでのプロセスを楽しめるように工夫を凝らせていること

7. 健康にそれなりに自信があること。特に睡眠時間

8. よい人々・理想像に近い人々に囲まれること

9. 楽観的である自分を常とできること

10. 何度もトライアルしなければならないことに耐えうる時間と心のゆとりがあること

 

と10個に絞ってみました。

 

Precious One English School では、英語レッスンにもこの発達段階を入れ込み、これらの条件を満たすようなレッスンを英語でも展開しています♫

自分を変えるには?

どう変わりたいか?はきちんと見えているでしょうか?ここが大切ですから!何をどう変えたいのか?がはっきりアテがついていない状態では何も始まりません。

 

改めて、本当に変わりたいかどうか?をまず考えてみたほうがいいかと思います。漠然としたChangeというのは、自主的なものではなく、おそらく強制的だったり受動的だったりすることが多いのです。

 

たとえば、繰り返し小さいミスをしてしまう、忘れ物をしてしまう、などの軽く見えて災害級ではないことを変えたいというのであれば、けっこう簡単なのです。認知症になっていない限りは。脳を活性化させるためにできることは、行動修正をするか、自分の認知を変えるか、の2種類に関係ある対策を書き出し、実際に運用できるように組み立てていけばいいわけです。少しハードルが高くなるのは、OO恐怖症と言われる類のものがありますが、それらもプロは割と簡単に導けますし、強さによっては時間がかかるかもしれませんが、変えられないものではありません。

 

まず、大切なのは、本当に変えたいかどうか?でしかないのです。本当に変えたいのであれば、もう50%は成功しています。ここで心と頭に変えたいモードを刻み込むことが大切です。しかも、このときに、本当に変わりたいとならない場合、変わったあとのメリットとデメリットを、実際に書き出してみると効果が上がります。数ももちろんですが、質に対しても評価します。これには、Benjamin Franklinが発案した Pros &Consのシートが役立ちます♬ >https://www.youtube.com/watch?v=IMPxxNDv42M 英語なのですが、youtube には翻訳機能があるので、それで見てください!非常に客観的に見ることができるので、決意が鈍ることなく、踏み出すことが可能になります!

 

子どもの頃から頭の中でこのようなことをしているとは思うのですが、複雑になればなるほど、書き出さないと混乱してきますよね。しかも、これをもう少し項目分けができれば、もっとどうやればいいか?も見えてきます。そして、もしかすると自分が「どのように変わりたい」がもっと洗練されてくるかもしれないわけです。稀に、「やはり変わりたくない」というのもあるかもしれないのでご注意(笑)。

 

さらに、イチバン効くのは、その変わりたい目標をすでに到達している人を探します。その方々とおつきあいすればいいわけです。ヒトは他者を模倣学習するようになっているので、知らない間に学んでいることが多いのです。しかも1対1のときなどは、相手が鏡のようになってくれるので、模倣しやすく、とても自然な形になります。あまりに大勢だと最初のうちは圧迫感があるかもしれません。ひとりだけダメダメだー!と落ち込むことになると困るので、まずは少人数に当たりをつけて♬

 

もしも相談やフランクな話ができる友人がいれば、積極的にそんな話もしてみるといいと思います。ただし、場所とタイミングはしっかり見極めて!

 

プロのカウンセラーを思い切って訪ねてみる手もありますよ♪

 

私個人も、英語スクールをやりつつも、日々、生徒さんからさまざまな相談事を聴いています。割と簡単に応えてコンパクトにまとめてしまう傾向はあります。なぜならばカウンセリングセッションではないので(笑)。とはいえ、けっこうきっかけとしてはいいみたいですので、英語に興味があれば、心理レッスンもしっかり行っているPrecious One English Schoolの無料体験にお申込みください <(_ _)>

気分転換

気分転換にイチバン即効性があるのは、Location:場所を変える、ということです。行き詰まり状態から抜け出したいのは当然で、停滞している気・心・血流・ホルモン・脳内伝達物質などなどを変化させるために、最も簡単なのは、「移動せよ!」です。

 

なので、行き詰まりがとっても不快&深い場合に、ヒトは非日常の旅を求めます。

 

が!それにはまとまった時間やお金が必要なので、日々の生活にはなかなか応用できない 😿 😢 

 

なので、家から出る、職場の定位置から出る、などが最も簡単な方法です。スマホやPC前から移動するだけで、かなりな成果が上がります。知っていてもできないって??(笑)

 

他にも意外な方法はけっこうたくさんあります。けれども、そもそもそのストレスがどの程度の大きさなのか?を見極めない限り、実際問題としては、気分は変わりません(笑)。自分がどの程度のストレスをうけているかまず診断。

 

http://kokoro.mhlw.go.jp/check/ フルタイムでお仕事をしていてストレスが職場で多い方におススメ

https://www.jes.ne.jp/self-check/stress.html 実際に心身症にまで発展するほどのストレスかどうかを診断します

 

 

ストレスがそもそも高いと、体質に変わっていきます。なので、気分転換というステージではないと思うんですよ (・・;) 自分が何によりストレスを受け続けているのか理解したら、今度は、軽いストレス対策。

 

軽いストレスであれば、非日常を求める、ということが、日常生活の中でできているか?が問うべきところです。

小旅行:旅行が無理ならば、近所の探索に出かけたり、いつもは行かないスーパーに行ったり、歩いていない道で家まで帰ったり、など、ゆとりを持たせてみるといいです。

子どもの頃好きだったことを思い出してやってみる:誰でもひとつやふたつはあると思うのでぜひ♫ 私は最近はナンクロというパズルをまだやっており、たまにペン字をしたり、動物観察や石蹴りなどはたまにやってます(笑)。

外食!普段外食している人には逆パターンで、料理を作ってみる、となりますが、非日常なので自分では作らない料理にしてくださいね!

お風呂にゆったり浸かる:これも普段からやっている人は逆で、シャワーにして、熱→冷などで実験的なことをしてみる、などに応用させます。

普段見ない・読まない映画や本を読む

初恋の人やなつかしい人を検索してみる→ もしもご縁があったら会えるかどうかまで様子見をしてみる(笑)。ストーカーにはなりませんように m(_ _)m

タイムカプセルを作ってみる:1年後・3年後・5年後・10年後・15年後・20年後などバージョのをたくさん作るとかなりおもしろいです。私もやってます(笑)。暇なのか、私??(・・;)

部屋の模様替えをする:片付けとなるとすごぉく気が重いんですが、先に家具やらその他を移動してしまうだけで、けっこう気分は明るくなります。カーテンを変えてしまったり、シーツの色を変えるとプランするだけでドキドキします(笑)。

100万円あったら何を買うかリストを作る:いや、実際はそんなゆとりはないんですが、考えるだけでワクワクするので、ぜひともやってみてください。気分は相当晴れます。

時間や予算を算出したあとで、旅行のプランを立てる:本当に行けるバージョンと、まったく夢のバージョンを作ってみるといいです♫

 

とまぁ、枚挙に暇がないんですが、けっこう気分転換はできます。他にもハーブティーを常備しておくとか、健康ランドに行くとか、即効性があるものもたくさんあります!気分転換の発想力、大切ですよーう!

学校英語の落とし穴

落とし穴はぼこぼこ何個もあります(笑)。

1.4技能を前提にした英語を学んでいない→ その代わり、文法や語彙に妙に力を入れている

2.Active:動的学習が少なく、Static:静的学習が圧倒的に多い

3.文法だけではなく、学んでいることが全体のどこに位置しているのか、俯瞰的に理解できるような仕組みになっていない

4.さまざまな品詞・文法を学ぶが、統括的にReviewを実施していないため、取りこぼしがたくさんある

5.多聴・多読により目標が達成できることが前提

 

この5つがメインですが、細部に渡ればもっとたくさんあります。さらに、心理的なサポートになるさまざまな押さえがなく、やる気は減退し、待ち望む感はなかなか生まれませんよね。学校を卒業して独学するにせよ、この「すっかり刷り込まれてしまった学習スタイル」を「原型」としている方が多いので、おそらく伸びはなかなか感じられず、英語難民が続出したり、そもそも6年間で1250時間ほど学んだ成果が出ません。

 

びっくり!ですよね?

 

たとえ脳細胞がまだ発達中だったとしても、この膨大な時間をもう少し効率的に使ってほしかった、とあなたは思いませんか?よくある広告が、「成功した人の体験談」です。彼らが一生懸命、この上記の5つのプロセスを経て、英語講師や英語関連の仕事に就いていたり、仕事で英語を使えるレベルになっていたりする場合、英語ができない人たちは、それにやたらと納得せねばならない。

 

これは、フェアじゃないんです。

 

なぜならば、生まれた環境や育ったプロセスにより、ヒトのタイプは多様化してきます。その中で「コツコツ努力するのが得意でどんなに時間が掛かっても続けられる人」「そもそも頭の回転が速く短期的に物事を習得する人」以外には、かなり難しいやり方だからです。けれども、多くの学校・システム・教科・教える側は、この理想形を作り上げることを「是」としています。

 

ダイエットでもさまざまなやり方があるじゃないですか。基礎代謝が個体によって違いますし、分解酵素も平均的なアジア人・日本人の傾向があってもやはり差があります。運動でも得意不得意はありますしね。毎日食べているものやその好き嫌いも違います。

 

ヒトとしての生命体の持つ本質的な特徴を生かし、その上で学習に対してタックルしているという状態に日本の教育そのものがなっているかどうか?考えてみたことがあるでしょうか?社会問題としてしょっちゅう取り上げられ、ゆとり世代で円周率が3になったことすらありますが、まだ、概ね日本の教育システムを信じている方々は多いです。基本が不動とした前提で作り上げられており、もう後戻りはできないから、という発想から生まれています。

 

そうした基本のズレが、あらゆる場面でズレを引き起こします。Precious One English Schoolでは、心理レッスンでこのズレについてご自分でさまざま考えていただいております。自分にピッタリとマッチした学び方を、ひとりでも多くの方が習得してくださることを心から祈るばかりです。

英語に向かう望ましい姿勢とは?

Precious One English School では、フツーの英語スクールとは違い、15の心理レッスンを入れ込んでいます。なぜならば!認知をぜひとも変えていただきたく、その後、しっかり行動も変えていただきたいためです。認知としてはわかった。でも心が納得しない。だから行動に移せない、という方々のために、グループで刺激をし合ったり、追い打ちをかけるためのプログラム構成にしてあったり(笑)、行動に移す機会についていろいろ考えてはいるのですが、強制することだけはしたくない、と思っているわけなのです。(・・;)

 

望ましいという姿勢など、本当にあるのか?と、私個人はたいへんに懐疑的です。私自身がとてもふざけた子どもだった→そのまま大人になった→そしてさらに老いてきた、という状態で、さして変わりがないのです。大人になる前から、相当に自分が好きなことには集中して熱くなってこられたし、そうでない「やるべきこと」もとりあえずこなしたからこそ、ご飯が食べられたし、学校にも行けた感があります(笑)。まぁ、実際にご飯を抜かれたことなどしょっちゅうあったんですけどね(笑)。最低限のやるべきことから、自分に課したやるべきことが増えていき、ようやくまともになった感はありますが、学ぶ姿勢に関してはさほど変わりはないのです。

 

英語に向かおうが、家族に向かおうが、恋や愛、社会正義に向かおうが、基本的に姿勢はあまり変わりません。

 

とにかく、自分が健康である状態を常に心がけること。

 

でなければ、いざというときに100%を発揮できないじゃーないですか!とにかくこれが大前提ですね♫ なので、私は今でもスクワットやプランクをやる日々です。忙しくてスキップしちゃったりもしますが (・・;)

 

これがGivenの場合、英語の場合は、日本語が基本になっている概念を一旦横に置いておくのが、最初のステージでの心構えです!なぜならば、言語というものは、文化に根付くニーズや重要ポイント、人々の関わり方などによって使い方が違うからなのです。英語と日本語は、対局と言っていいほどに違いがあり、それゆえ、日本人は英語がなかなかうまくならないわけです。それゆえ、Precious One English School では、丁寧に心理レッスンを15展開していきます。考え方の基礎がこれほどまでに違うものなのか!とびっくりしていただき、なるべく幅を持てるようになっていただき、英語のときは英語の常識を中心に、日本語のときには日本語の常識を中心に、発言&書いてみたり、受け手の場合も聴いてみたり読んでみたり、と、意識しないとなかなか難しいのです。

 

それゆえ、多くの場合、「英語がマスターできる人はどういう人?」と尋ねられたときには、「素直な人」と答えています。もちろん、これでは大雑把すぎますよ(笑)。が、違いを受け容れられる器が必要になります。一度受け容れ、咀嚼・解析し、自分にマッチしたものを選び、試行錯誤していく態度が、英語学習にはたいへんに望ましいと思います。

 

ありがちなフレーズやセンテンスを丸暗記しているようでは、根本的に間違ってしまっているわけです。あれ、足りない・・・??という壁にぶつからないままで英語が話せると錯覚している方がおられますが、それは違う・・・。(・・;) 聴いている側である Nativesや第二言語として英語を話している方々に、大いに負担をかけているわけです。

 

その道程や時間が長くなるかどうか?は、この「日本語の常識を一旦横に置いてみる」ができるかどうか?に掛かっています。ぜひともこの「日本語と英語の違い」について考えてみてください。それを教えていないスクールはかなりあやしいと思います♫

 

やる気が停滞・・・そんなときは?

やる気が停滞しているな?と感じたときに、まず明らかに最初にチェックしたほうがいいのは、健康状態です。英語スクールなのに(笑) Precious One English Schoolでは、心理レッスンで健康の項目を大きく取っていますし、脳の成長をますます促すためのレッスンを展開しています。

 

健康の不備がある場合、どんなに時流に求められていても、動くことは無理ですし、度合によっては可能に見えても、実際には作業や動作に入っても加速度がつかないので、空回りしている気分に落とされます。どのように体調をチェックしてきたのか?という方法論も問題ではありますが、健康な状態である、というのを甘く見ている方が多いですよね。病院に行くレベルではなければ健康とするケースが多いように見られます。

 

WHO:世界健康機構では健康を次のように定義しなおしました>平成10年。
「健康」の定義を「完全な肉体的(physical)、精神的(mental)、Spiritual及び社会的(social)福祉のDynamicな状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない。」

 

ブラック企業ではなくとも、残業が続きすぎたり、家族との会話が弾まないことによりすれ違いが起きていたり、安らげる風景を長期間見られていないなどなど、さまざまな要因が考えられます。

 

まずは健康チェックを!ここ、ひどく重要です。

それが整っていることを大前提にしてここから話していくと・・・。

 

ひとつには、そもそもやる気を上げる必要があるか?という観点がありますよね?私は自然なヤツなので、フツフツとやる気が湧いてくるまで、好きなことをしまくり、飽きるのを待てるタイプです。みなさんはいかがでしょうか?そうなるとたとえば英語であれば、1週間も2週間も空いてしまい、結局ストップ・脱落傾向にありますか?だとしたら、これはいい対策ではないです(笑)。せっかく始めたものをなんの覚悟も意識もなく諦めるというのは、もったいない!

 

もうひとつは、脳に働きかけるという方法がおそらく効果的です。行動修正Behaviorismという観点と、Cognitivism認知修正をかけるという観点の2つが効果的なのですが、これに「社会学的観点を入れて個人差が出るところ」と言えるのです。

 

行動修正の場合は、生命体としての宿命・業に働きかけてしまえるので、いやいやながらも「とにかくやってみる」というので、やり始めてしまえばそれなりに進む、という感じですね。さらに、休憩時間と行動時間のメリハリをつけるために「タイマーをつける」「今できる他のことをやる」「音楽を聴く」「身体を動かす」「歌う」「ヨガやストレッチをする」などがあります。

 

単純に、行動が先にありき、その後に感情というヒトのメカニズムに当てはまるものとそうでないものがあるので、行動をしてみてもやる気が出ない場合は、次に行きます(笑)。

 

認知を変えてみるトライとしては、「自分の将来の目標を書き出してみる」「やりたくない理由を詳細に書き出す」「集中して今すぐできそうなことを書き出してみる」というのをやってみて、それに沿ってやる気が充実してきたかどうか測りつつやる、というのがあります。できることから、ってことですね。

 

社会的要素を加えてみると、「誰かにやることを宣言してしまう」「それに関することを友人や家族と話す」「誰かのやらねばならぬことを手伝うことに集中する→なんでこんなことやってんだ?自分のことをやろう!となる」「同じ目標や目的を持つヒトを探して仲間になって実現していく」なんてこともできます。

 

いかがですか?私は、ゆったり休んで遊ぶ派です(笑)。

まずListeningから学ぶことがMUST

 英語だけではなく、どんな母国語であってもヒトは必ずListeningから学びますよね?第2言語であっても、必ずListeningから学んでいただくことがMUSTです。第2言語だからといって、文法や語彙から学ぶ必要性を強調するのは違うと思いませんか?

 

どんな国に生まれ育ったとしても、ヒトは必ず母国語をListeningから学びます。お母さんの胎内にいるときには、まだ脳細胞が発達していないため、聴覚神経もあまり綿密には繋がっていないのでまだHearingになるかならないか?と段階ですが、生まれる前にはきちんとListeningしていることは証明されています。

 

ゆえに、最初に発達した能力を生きていくために、言語でもしっかり使っていく方向性にしていくのがベストではないか?という推論は成り立ちませんか?その後、ヒトは片言で拾った語彙を次々と表現していくようになります。必要なことから耳で拾って、その後、それを再現しようと口にします。

 

それでは確かに効率は悪いのです。だからこそ、赤ちゃんではない脳の場合、Listeningを意識的にしていくことで、音も拾えて、語彙も拾えて、意味も推測できて、肝心要の理解まで到達するようなListeningの方法を先に学ぶことができれば、英語学習そのものがうんと短くなるはずなのです。

 

語彙を暗記し、文法をしっかり根付かせるよりは、耳から入り体感に落とせたものを、日本語に訳すことなく(いくばくか脳内でチェックしたり、対訳してしまったり、辞書をほんの少し使うことはいいとしても)、文法通りの論理性を頭で理解して繰り返し根性で学び練習問題を学ぶよりは、脳内に染み付いている「あれ?これじゃない」「あ!こうじゃんね」というほうが、信用に値します。

 

それが証拠に、私たち自身も、日本語の語彙は、小学校3年生まで辞書を引くことすら学びませんでした。同様に、日本語の文法もその前後に開始しましたが、日本語を自由に話せて聴けて、読み書きもさほど不自由のない場合、この文法がイッタイ何をしてくれるのだ?と不思議にすら感じることが多かったことかと思います。

 

なぜならば、小学校3年生の時点で、すでに日本語は話せているわけです。当然、聴けてもおり、読み書きを促進させられることにうんざりしているわけです。が、それがないと他の教科も学べませんし、将来的にもっと複雑なことを理解するために、と義務教育とその後の高等教育の準備をしていくわけです。

 

では、伺います。

 

聴き方

 

を正式に学んだ記憶はあるでしょうか?

 

多聴をしろ、ただひたすら聴け、というのが常になっているように感じており、いろいろ探したのですが、ナンセンスな Shadowing・Dictationが効果があるというもっともらしいことを述べる記事もオンライン上では多数見られ、とにかく多聴以外のことがないのです。

 

多聴する前に、「どのように」に触れていないことが、たいへんに効率が悪く、不思議です。子どもの頃の記憶はみなさんにはさほどないはずで、どのように日本語が聴けるようになったのか?を、できれば再現できることが望ましいのですが、なかなか難しいため、Precious One English School の生徒さんたちには、オリジナルカリキュラムで、それに近い、大人がやっても追いつくであろうことを必ず学んでいただいております。

 

今、日本語でご自分が何をどのように聴いているのか、しっかり検証したことがあるでしょうか?耳鼻科に行くのもありといえばアリです。が、それだけでは「認知」している部分はわからず、単なる耳の機能だけがクリアになるだけですね。

 

心理学的には、Self-Serving Biasと呼ぶのですが、ヒトは生きている場所で最大限、自分が生き延びることができるように進化してきました。今もそのプロセスは続いています。環境により、不必要なものは退化しますし、必要なものは進化していきます。それらがうまく行かない場合もままあり、環境が提示するさまざまな物事が混沌としているため、身体特に脳がその判断をミスすることもあるわけです。

 

Self-serving bias: people’s tendency to attribute positive outcomes to personal factors, but attribute negative outcomes to external factors. In other words, “If it’s a success, it’s because of me. If it’s a failure, it’s because of someone or something else.”成功を当人の内面的または個人的要因に帰属させ、失敗を制御不能な状況的要因に帰属させること。

 

ところが、これは当然事実とは異なっている場合が多いわけです。それゆえ、認知的には、「聴いていない」「見ていない」「知らない」とする現象が起きやすいわけですね。だから他者や環境のせいにできるわけです。ゆえに、この自然についてしまっているBiasを知ることで、自分が「聴いていないと主張したり、感じたりしていることも、実際は音として流れているのだ」ということだけでも、せめてわかってもらえれば、学習のその後の成果には、驚くべきほどの差が生まれます。

 

物事には順番があります。それは、赤ちゃんのトイレットトレーニングに喩えられるのですが、筋肉がついていない赤ちゃんは自分で自在に排泄行為を定められた場所ではできないわけです。そもそも筋肉が備わっていないかもしれませんし、あったとしてもその筋肉への力の入れ方がわからないし、場所を変えられる意味もわからなければ、達成感も学んでいなければ、意思もなく、不快でしかないわけです。多聴というのは、これらのような不明瞭さがたくさんつきまとい、どうしていいかわからない「真っ暗闇のトンネル」を歩かせているだけなのではないか?と、私などは思ってしまうわけです。

 

Listeningというのは段階的なものです。まず、日本語でできないことはできない!音の聞き分けを日本語でできていなければ、英語では数倍か数十倍に難しくなりますから、この「真っ暗闇のトンネル」はもっと長くなってしまうわけです。どの程度の音が日本語で聴けるのか?を検証し、どのように聴けばいいのかという徹底的な方法論を知識として身につけて、方向性を見定め、その後、「ある程度の量を聴かなくてはいけないのだろうな」と自分で受け入れ、その後それに対してコミットし、自分の英語耳の進化に対して、「どこに立っているのか」がわかったほうがいいですよね?

 

「真っ暗闇のトンネル」ではなく、あちら側が見えているロープウェイや、大橋や、自分の運転する車のほうが快適です。

 

それが今の日本人に緊急に必要なことだと、私個人は強く思っています。

 

時間数と結果は必ずしも比例しない

はっきり断言させてください。勉強時間と結果は比例いたしません。もしも、「いやいや、比例してる!」と主張なさるのであれば、それは、当たり前のことです。そんなにやってもできなければ、ある意味絶望的です (・・;) 「あるいは、やっていないからできないんだよな・・・」 とボヤくのも、やはりどこか違います。

Practice makes perfect とは言うものの、それは違うだろう、というのが私のテイクです。何度も何時間もやらねばならぬ、ということは、やり方が間違っていないか?という疑問。

私が特に優秀な子ではなかったのは、小学校2年生の三学期から3年生の一学期にかけてやった、九九でいかに苦労したか、でわかります。あの当時、両親は私を死ぬほどバカな子だと、「わかってたけど・・・」と揶揄しながらも、非常に落ち込んでいました(笑)。当時の私は、遊びを工夫するのにとても忙しく、九九に情熱が持てなかっただけなのです(笑)。まずいな、と思った3年生で、かなりな短期間でマスターしましたので、今でも七の段の苦労については、身体に染みついております(笑)。

そんな私でも、自転車も、漢字も、バイクも車もヘリコプターも、航空法規や気象学や航空力学も、心理学も、移民史も、数学各種も、人類学も、すごく苦労した覚えはないのです。英語も同じです。渡米した8か月後には、ヘリコプターに乗り始めていましたので、楽しい苦労しかした憶えはないし、面白いプロセスしか、踏んだ記憶はないのです。

たとえば、TOEICにしても英検にしても、何度も何度も受けている人たちがいて、思ったスコアや合格ができないままで、時間をただ過ごしているかのような結果になってしまったら、それはとてもひどいダメージではないですか??

まぁ、そもそもTOEICや英検が必要なのか?という大前提にも疑問がありますけど(笑)。

この人は、アメフトの歴史に残るすごい人なんですが、スポーツが根性や努力だと言い張る人々には、目からウロコかもしれません。

Vince Lambardi アメリカンフットボール プレイヤー・コーチ

完全なる練習が完全を作る、ということですから、単なる繰り返しは Big NOーNOなのです。コツコツと努力する、というのが大好きな日本人は、その努力の多寡によって、ヒトを評価する傾向が強くあります。ある分野での天才を、「特別視」する傾向があるようです。

この人は、プレイヤーがいい指導者とは限らない神話を崩しており、いい指導者で、しかもごく短時間にすごい進歩を遂げた記録を持つ人です。

私は本当の意味での天才は、ごくごく少ない比率でしか存在しないと考えています。天才の特徴や性格 けれども、分野ごとに鋭い人たちは存外たくさんいるものです。その数や質について、細かく言及しても意味はないのですが、天才ではなくとも、あそこまでは行ける!到達はする!ということが申し上げたいわけです。

私自身が奇跡のような存在だと、自分では自負しています。特に勉強した記憶などないですし(笑)、ド貧乏だったので、イマドキのように塾に通わせてもらえたわけでもなく、友だちが行っている塾で聴講させてもらったことがあるくらいです。自転車もバイクも料理もヘリコプターも英語も、そんなに時間を掛けたわけではなく、うまくいかない方法を消去していき、うまく行く方法をどんどんと採用しただけに過ぎませんし、そのためには、自分の身体:五感をフルに使い切ってきたのだろうと思うのです。

私は天才ではないです。奇跡的なことが重なり、よいように出来上がってしまった秀才くらいではあると思います。天才ほどこだわりは少ないですし、一般的な秀才ほど勉強量が多くありません。が、ここが狙い目なんじゃないかと思うわけです。

ある程度やって、結果が出ないことに関して、あっさりきっぱり止めることができないのはなぜなのか?を、そもそも考えてみたほうがいい。

小学校6年のときの私の身長は146㎝しかありませんでした。ほぼ平均でした。現代では低いほうです。12歳女子の平均身長 けれども、24歳まで168㎝まで伸びました。この理由は今もってよくわかりませんが(笑)。父も162㎝しかなかったですし、母も154㎝しかなく、なぜに??と今でも考えていて、隔世遺伝以外はないんだろうと・・・。母方の親族はみな小さく、父方は祖父のみが大きかったですが、伯父や叔父は父よりは高かった程度です。

先天的な部分を開拓するために、後天的な部分を生かしきりながら、トライアルを続けた結果、特に苦労や努力を人数倍したわけでもないのに、なんだかとても楽しくラクに生きているわけです。

∴ 時間数と結果は必ずしも比例しない、ということだけは言えるのです。たくさんやってできるのであれば、それはやっぱり方法論としてさほど優れたものではないことを続けているのでしょう。

そうした不思議を重ねて、アメリカで本当にびっくりすることに、東大よりもいい大学に入れてしまい、卒業できてしまったので、気をよくして、ますます日々勉学は続けているところです。

  • ある分野で成功したことを、次に応用するための力
  • 心持ちや考え方の調整と進化
  • そもそもの五感、体力、自分の本来持っている力の見極めとその伸び率への理解

などが、本来必要なこと、ではないでしょうか?

その上で、時間数を重ねることや量そのものをたくさんこなすのではなく、短い時間で失敗しない成功へのトライをやることが大切で、そのために既存のダメ出しや、自分を客観的に見る力などをつけるべきだと思わずにいられません。

そのため、Precious One English Schoolでは、それらに焦点をスライドしつつ、それを英語で応用できるように、というオリジナルカリキュラムを展開しています。

Precious One English School は4技能の底に「Grammar・Vocabulary」があるという説明をしています。ゆえに、英語基礎コースの42レッスンでは、4技能をまんべんなく上げていくために、現実的に構成されており、途中、独学のためのPracticeセッションなども含め、Grammarの歪みを直したり、Vocabularyについてもしっかり学んでもらい、認知を変えていただいたり、心理レッスンで;時間管理・コミュニケーションスキル・自己の深堀り・動機付け・独学準備・健康について科学する、などを入れ込んでいます。

お試ししたい方は、無料で体験レッスンをいたしますので、お申込みください!時間数が少しでも減り、必ず結果になる自分にマッチした方法を探せますように、全力でサポートします!

英語を教える側の義務

義務や権利の話をすると難しくなりますが、とりあえず、義務については明記。

 

義務:法律上または道徳上、人や団体がしなくてはならない、また、してはならないこと。

必要性:そのものが、どれだけ必要であるかの度合い。

 

心理学的には、Self-Control 自己統制感というコンセプトがしっかりと身について発達しているかどうか?が問われます。

 

Self-control:the ability to subdue our impulses in order to achieve longer-term goals.

誘惑や衝動に直面した際に、自己意思感情思考行動を抑制すること[2][3]。直接的な外的強制力がない場面で自発的に自己の行動を統制する行動プロセス。

 

強制感がなければやらない、という場面や場合、相手やタイミングは多いのかもしれませんが、このSelf-controlが低い人間が、他者を統べたり、教える側に回ることは、たいへんに危険なことです。

 

Self-control は、長期的な利益を追求し、近辺にある短期的な誘惑や衝動に抗うことができるスキル・能力が積み重ねられた結果で、スパイなどには必須です(笑)。あ、スパイだけじゃないけども、まぁ、試される機会が多いという意味で(笑)。

 

目の前にあるものに手を伸ばすこと、さらにそれが「オトク」だったら、抗うことはたいへんに難しいのです。けれども、そこで踏ん張ることができるかどうか?が試されていき、蓄積することによって、このスキル・能力は上がっていきます。

 

英語業界を広く眺めてみると、教えることによって収入を得ている人口はどんどん増えてきました。生徒さんが損をしない、サービスに見合った以上のお金を取らない、わかりにくいシステムを持たない、というのが、昨今ではそろそろと根付いてきているものの、ここにさらに「教える成果を保証する」という当たり前がまだ付加されていないままのような気がしていますし、もう一面としては、「ドキドキワクワクしない」「楽しくない」学習時間のほうが、ずっと多いのではないか?という疑惑もあります。また後半で振れますが、「してはいけないこと」に関しては、もっとグレーなのではないか?と考えています。

 

損に関しても、時間的・経済的などさまざまな側面があるにせよ、これまでの「当然」が緩すぎたような気もしているのです。

 

英語を教えるという生業を選び、自分で心理レッスンも含めたカリキュラムを作っている目的は、この自分にも厳しい状態を、自然に環境内に作っておきたいという心持もあるのです。うーん、またここで少しずつ、自分の立場のハードルを上げているような気もしますが、受けて立つべきだと思うので続けていきます(笑)。

 

英語学習支援業界における歴史は、みなさんが体感している通りです。多聴・多読が多く、暗記を明らかに、あるいは暗に推進しており、よくあるフレーズやセンテンスを使えば通じるなどとしていて、長くスクーリングに費やしてもらい、継続的にお金をもらうことを、業界としては促進してきました。さらに、安価な新しい視点でのサービスも増えましたが、本来の学習のメカニズムから見てみると、かなり疑問で成果が出ないものが多いです。

 

実際に、根本的に、認知(考え方)や生活そのもの、環境や取り巻く人々や物事を、積極的に変えていけば、英語学習は割と短い期間で独学に移行できます。意志が弱いので、もう少し、というオプションがあったにせよ、2年以上、英語学習にお金をかける必要などない!と、私個人は結論を出しています。

 

そして、それをPrecious One English Schoolの生徒さんには、無料体験レッスン時にお伝えしています。

 

それもまた、教える側の義務だと考えるからです。

 

英語では、この義務・必要性についての助動詞が4種類あります。

 

must

should

have to

had better

 

この差について、道徳で特に習うわけでもないのですが、Nativesは知的であればあるほど、かなり厳密に使います。Precious One English School では、実感も含め、助動詞は概念や使う頻度、場合、相手などを含め、英語の本質に沿ってレッスンを重ねています。さもなければ、文法的に正しい英語を並べることはできても、書いたり話したりすることに不自由がなくなっても、コミュニケーション・知的相互理解というところまでは達しないからです。

 

これらをしっかりと教えることができない英語講師は、おそらく義務を履行していないことになるわけです。だって、義務や必要性について、ですから(笑)。ということは、中高で英語を教えている英語の先生のほとんどは、少なくともこれまでは、かなりダメダメだったということです。Precious One English School に通って、レッスン時に「初めて知ったー!」という生徒さんが9割以上ですから (・・;) 

 

そうした意味で、法律上ではないですが、道徳上でもないのでしょうが、「払った対価・費やした時間」に対しての義務は、果たしていない気がしていますし、必要性まで広げていくと、この助動詞の概念を伝えていないわけです。これらの違いはコミュニケーション上、非常に大切ですから。

 

さらに、「してはいけないこと」もいくつかあると思います。長くスクールに通ってもらうためにしてしまっている傾向は強く感じています。そりゃー、スクールにとっては、集客の苦労もなく、継続的に支払いをしてもらえて、いい状態でしょうが、生徒さんにとっては、成果が上がっていない状態が続くか、じわじわとした遅い右肩上がりの状態を、甘んじて受けねばならぬ状態を作っているわけです。

 

これは、してはならないこと、と私個人は考えています。学びは生涯続きます。が、誰かに対価を支払い、決められた時間にどっぷりとやらねばならぬ期間を、「強制的に」作り出した中で、何かを教えることなど、「弱みにつけこんでいる」と思えてなりません。来ることが楽しく、いつも新たな発見があり、確実に成長している感が提供できなくなったら、Let go 旅立たせて差し上げるのが正しい選択だと思うのです。しかも、スクーリングを解消するときには、ひとりで立派に英語を生活の中に取り入れている状態になった、ということだと、本人が選んだことだということを尊重していかねば、と私個人はいつも考えています。

 

たとえ、それらが身についていなかったとしても、経済的・時間管理的な問題であれば、ひきとめても仕方ないと思うのです。

 

英語がまだ習得できていない生徒さんが、さまざま不安になるときに、「あなたはまだまだ私どもが必要なのだよ」と示唆するようなことも、してはいけないことだと考えており、パワーを使うことがなきよう、Precious One English School では、心理レッスンに「そういう人は愚かである」と展開しています。

 

そうした意味では、英語を教える側の義務を履行しているスクーリングを、日々提供していくのはかなり難しいのですが、それはとてもチャレンジングでやりがいのあることです。小学校5年生から70代の方まで、Precious One English Schoolには生徒さんがいらっしゃいますが、胸を張って、みなさんが成長している姿が見られることを誇りにしていきたいと思っています。

 

致し方ないケースがあったときには、本当に落ち込みますが、それもすべて受け容れ、二度と起きないようにと肝に銘じる瞬間でもあります。

 

みなさまの英語学習法が、みなさまにぴったりしたものであること。英語をマスターして、苦労なく使えるようになること。英語が話せて人生が驚くほどポジティブに変わっていくこと。とにかく英語で心がさらに充たされること。祈っております <(_ _)>